アステライトの過去 七年前 戦闘・陰謀・奸計
最後の一匹の魔物に剣を突き立てたのは、フォーレスタ自身だった。
霧散する魔素が、ほんのわずかな空気の流れに乗って流れていく。
それを目で追う。
全員が満身創痍。
だが、動ける手足はちゃんと胴体にくっついていることは僥倖だ。もちろん、首の上に頭もしっかり乗っている。
たった七人で、数えるのも馬鹿らしい数の魔物との戦闘を戦い抜き、勝ったのだと確かに感じられた。
気が緩んでしまったのだろう、わずかな血と汗が、汚れを含んで顎先から伝い落ちて魔素に還った魔物が残した魔石の上に落ちるのを見て、フォーレスタは声を出して笑い出した。
つられて、歴戦を越えてきたはずの近衛騎士たちも笑い出す。
あまりの激戦を生き延びたという高揚感、戦闘が終わったという解放感。
高ぶった戦意が一瞬で冷静に戻るわけがない。そんなことができる戦士は、よほどの強者でも稀だ。
自分たちの身体が薄っすらと発光しだした。
ダンジョンを踏破した証に、一定時間を過ぎると入り口に強制的に戻されるダンジョン固有の魔法の発動だと分かる。
だが、いくらなんでも発動が早すぎる。
王太子を暗殺するのに、ダンジョン内で大量の魔物を用意した。
だが、もしも王太子がそれらを倒しきってダンジョンを踏破したら?
そんなことは起こらない、なんて考える者は、罠なんて最初から仕掛けたりしない。
「フォーレスタ!!」
怒気を込めて叫ぶと、あまりの俺の形相にフォーレスタもハッとなった様子だった。
改めて剣を握り直すフォーレスタの手が、握力を失いかけていて震えている。
俺なら、少なくとも二重以上の罠をかける。
終わった、やり遂げた、助かった、そんなことを思って気を抜いた者の背後を突くほうが、暗殺はやりやすく、また絶望へ落とすのは容易い。
思わず、フォーレスタの前へ身を呈していた。
ドッ、と背中に矢が刺さる衝撃があった。
「チィ…ッ!!」
憎々しげに誰かが舌打ちをした声音を確かに聞いた。
その闇へ、己の剣を全力で投擲した。
遠く闇の中で、愛用の剣が誰かの、どこかの肉を貫いた音を聞く。
そうして、俺たちはダンジョンの魔法で地上へと排出された。
外は闇だった。
とっくに夜になっていたのだ。
そこは王国軍管理のダンジョンの入り口ではなく、夜の闇に沈んだ、どこかの境界の森の中だった。
「アステライト!!!!」
フォーレスタが身体を支えてくれる。
俺の背に突き刺さった矢に気づいたからだ。
「鎧のおかげで…、そう深くない…っ、矢羽の方だけ折っておいてくれ…っ」
駆け寄ってきた近衛騎士の一人が彼も握力の怪しい手で矢を折ってくれる。
全員がすぐにひとかたまりになり、暗闇に目を凝らす。
夜の境界の森を、血まみれで出歩こうなんて物好きがいるわけが無い。
すぐに、木々の向こう、草の隙間、石の向こうに、魔物の目が光る。
「ここにも、魔物…っ!!」
憎々しげに誰かが口にする。
いくら境界の森の中でも、一定量以上の魔物が固まって生息していることはほぼ無い。
ましてや、様々な種類の魔物がダンジョンの中の吹き溜まりでもない森の中にひしめいているなど、異常事態でしかない。
「ここは…、ここは、故郷の村の側です!! ウォルフィンリードの境界の森、最東!! エルトフォード領に隣接しております!! エルトフォード領内にさえ入れば、魔女の影響で魔物は引くはず」
「場所が分かれば上等!!」
飛びかかってきた魔物をまず一体、近衛騎士が見事に切り伏せた。
その身体が魔素に変わる。
風に流れて魔素が消える。
それだけで、ダンジョンの吹き溜まりでいつ終わるかわからない戦闘を繰り返すよりずっとマシだった。
次々と飛びかかってくる魔物を切り捨てる。
近衛騎士たちの動きも鈍い。
これでは、このままでは、……終わりは見えている。
「王太子付き近衛騎士たちよ、腹ぁ括れぇ!!」
吠えた声に、近衛たちはビリッと肩を震わせた。
「殿は任された!! お前らは王太子殿下を連れ、エルトフォード領へ走れ!! 振り向くな、行け!!」
一人の近衛騎士から剣を受け取り、退路を行く彼らの背を守る。
「馬鹿な、アステライト!!」
「行け、フォーレスタ!! 死んだら、殺すからな!!」
あまりにも矛盾した脅しを背後の親友に叫んで、ニヤッと笑う。
「殿下っ!!」
「フォーレスタ様!!」
近衛騎士は一丸となり、俺を残せないとこの場にとどまりかけたフォーレスタを守って退路を走り出す。
「ステラ、死ぬな!! 絶対だ、アステライト!! 死んだら殺すからなあぁ…っ!!」
遠ざかっていくフォーレスタの涙声の叫びを聞いて、剣を握り直す。
無数に光る魔物の目の輝きに、笑い出しながら地を蹴った。
剣はとうに折れていた。
それでも戦いを止めるなんてワケがないだろう?
ウォルフィンリードの姓を持ち、戦士を名乗る者は、その肉体こそが武器。
爪も牙も持たぬ生き物のはずなのに、爪も牙も持つかのような、拳、蹴り、技の数々。
無手ですら、戦いに臨む。
それは騎士や剣士というよりも、闘士、そして拳士だ。
こちらへ向かって来た魔物の首を捻り、闇に潜む魔物に投げつける。
魔素と血臭だけが満ちていた。
戦闘を始めたときから満身創痍だったはずの、死にかけの人間に襲いかかったと思っていたはずなのに、怪我を負っても負っても、死なないどころか、倒れも、地に膝をつきさえしないのはなぜか、と魔物たちは思ったのかもしれない。
そして細い月が明け方に近い夜空に昇って、闇夜にほんのわずかな光が灯った。
暗闇を見通す魔物の目には、血まみれの人間の姿がよく見えた。
片目は血と怪我で完全に塞がっている。
鎧も半壊、片足はどう見ても引きずっている。
なのに、拳は握られ、敵を見据える青い瞳の鋭さは一向に衰えず、それどころか時が経てば経つだけ、冷徹な光が宿っていった。
呼吸とともに、血を浴び、赤黒く汚れた金髪が波打つよう。
自分たちが相手にしているのは、人間ではない。
狩り、屠り貪るために襲っていたものは、逆に魔物を屠り、狩る獣だった。
あれは狼だ。
群れに、仲間に手を出されたと怒っている、手負いの狼だ。
……なんと面倒くさいものに襲いかかってしまったものか。
一匹、また一匹と気配を消していく。
まるで朝の訪れにこそ、逃げていくように。
それでもと飛びかかってくる魔物を屠りながら、後退していく。
いつしか、襲いかかってくる魔物の姿はなくなっていた。
朝はすぐそこまで来ていた。
アステライト・ウォルフィンリード
フォーレスタ・アスラン
近衛騎士の皆々




