9話 侍従武官と侍女、同衾す
次の日の朝。
ずきずきとする頭の痛みにレオは意識を浮上させた。
うう、と呻き、横たわったまま手を額にあてる。
ちょっと身じろぎしただけで酒臭い。自分が酒樽につかっている気分にもなっていた。
そしてようやく気づく。
二日酔いだ、これ、と。
頭いたい、と寝返りを打ち、はあ、と息を漏らす。
ゆっくりと目を開くと、室内はすでに明るい。そのぼんやりとした光さえ、目に刺さって頭に痛みを起こさせる。
たまらんな、もう、とつぶやいて。
絶句した。
なぜなら。
隣に女が寝ていたからだ。
見知らぬ女ではない。
マリーだ。
黒いつややかな髪をおろし、長いまつげを伏せ。
なにより細い肩紐の下着しか身に着けていない。
反射的にレオはシーツをまくり上げる。自分だって、パンツ以外身に着けていない。
二日酔いなど吹っ飛んで、がばりと上半身を起こした。
部屋を見回す。
どこだここは、と恐慌状態になった。
見慣れない窓、見慣れない調度品。
一瞬木賃宿かなにかかと思ったが、それにしては品が良すぎる。
床にはじゅうたんも敷いてあり、ベッドの下には自分の軍靴やズボン、軍服などが脱ぎ捨てられてある。
「レオ卿、お目覚めに?」
「ひい!」
レオは思わずシーツをたぐりよせ、立ち上がる。ベッドの上で足場が悪いせいか、一瞬たたらを踏む。支えようとしたのか、上半身を起こしたマリーが手を伸ばした。
自分がシーツを引っ張ったせいで、彼女の身体は丸見えだ。
細くしなやかな腕や、ペチパンツから伸びるすらりとした足。なにより、スリップの襟ぐりから見える、ふくよかな胸の谷間。
「責任はとる!」
レオはベッドに仁王立ちし、宣言した。
「結婚しよう、マリー嬢!」
そんなレオをマリーはぽかんと見上げていた。
レオが倒れないように手を添えようとした微妙な姿勢で一時停止し、無言で自分を見つめていたが。
急に笑い出す。
「……マリー嬢?」
「まずは座られては?」
促され、レオは我に返る。
適切な距離を置くために、ベッドの端っこに移動し、ついでに自分が大半を使用しているシーツをマリーに返す。というか、マリーをシーツでぐるぐる巻きにした。
「昨晩のこと、どこまで覚えておられるんです?」
肩からシーツを羽織った、というか巻き付けた状態でマリーが尋ねる。
「さくばん」
レオはつぶやく。マリーが続けた。
「あなたと私はダンスを踊って。そのあと舞踏会が終わって。セオドア殿下とあなたがレイチェル姫を屋敷まで送って……」
「あ!」
声を上げてから、待ち構えていたような頭痛に顔をゆがめる。二日酔いだ。
そう。
あのとき、レイチェルが言ったのだ。
『そういえばマリーが、レオ殿に飲み比べを申し出たそうですわね』と。
セオドアが『そうなのかい』とレオに言い、レオがそうだと返事をすると、セオドアが言ったのだ。
『面白そうだ。いまここでやろうじゃないか』と。
レイチェルがころころと笑い、『マリーは強いですよ?』と言うので、セオドアも『レオだって』と応じた。
そして、酒比べが始まった。
セオドアとレイチェルも、見ているだけはつまらないから、と一緒に飲んでいたような……。そうだ、レオとマリーを肴にして、飲んでいた。はっきりと思い出した。
で。
「……酔いつぶれたのか、俺」
両手で顔を覆い、がっくりと肩を落とす。マリーの軽やかな笑い声が頭の上を通り過ぎて行った。
「殿方にしては強い方でしたよ? 姫君もほめておられました」
「というか、それでなんでここに、俺と君が⁉」
負けたことにショックを受けていたが、よく考えればそんなことは些末なことだ。
なぜ未婚の男女が、ともに半裸でベッドにいるのだ!
「あなた、かなりの酩酊状態で。もう動かすのも面倒くさいので、セオドア殿下には別の迎えを頼み、あなたはここに寝かせることにしたのです」
「ということは、ここはレイチェル姫の屋敷か⁉」
「ええ。セオドア殿下より『ゆっくり休んでから出勤するように』と言伝が」
「だが、なんで君が俺の隣に寝てるんだ⁉」
「本当に覚えてないんですねぇ」
マリーはあきれている。
「なんとかかんとかあなたをここに寝かせたら、寒い寒いと言い出したんですよ」
「……は?」
「酒のせいで脱水を起こすのは困ると思って、水を飲ませたんですが。飲ませすぎたのか、寒い寒いと」
「………」
なんか、うっすらと覚えている。
確かにものすごく寒かった。
「それであなた、私を抱き枕にして」
「……う」
「え、吐かないでくださいよ?」
「……大丈夫だ」
「そしたら今度は、『暑い暑い』って言いだして」
「………」
「勝手にポイポイ脱ぎ始めて。私にも、『君も暑いだろう。脱げ』と」
ああ、昨日の俺、死ね……。レオは絶望した。
「脱いだらおとなしく眠って。……で、現在です」
マリーは笑い、「さて」とベッドから足をおろした。
シーツにくるまれ、まるで万聖祭のシーツお化け状態で立ち上がる。
「私は隣室で着替えますから、あなたは……」
「というか、結婚しよう!」
レオは立ち上がり、力強く申し出た。マリーは怪訝そうに眉根を寄せる。
「特になにもなかったのですから。責任を感じていただくことは……」
「いや、これは責任問題だ! セオドア殿下の前で失態をおかしたあげく、レイチェル姫の屋敷で二日酔いなど!」
「別にいいんじゃないですか? 酒の席のことですし」
「君、あれだろう! 自分より強い相手が好みなのだろう⁉ 俺は君に武芸で……」
「酒では負けましたよね?」
ならばもう一度勝負と言いかけたが、どう考えても、このうわばみに勝てそうにない。
「私の世間体を考えてくださっているのなら、別に大丈夫ですよ?」
マリーが苦笑いするが、レオはきっぱりと首を横に振った。
「いや、体面とかそういうのではなく……。その、昨晩のことはきっかけのひとつだったのかもしれないが。その、もし君がいやではなければ、俺と結婚してくれないか」
「それ、本気で言ってます?」
きょとんと自分を見るマリーに、レオは頭を掻いた。
「君はいままで出会ったことのないタイプの女性だ。気になるし、一緒にいて気楽でもある。もし君がよければどうだろう。まずは、結婚を前提に真剣に俺との関係を考えてくれないだろうか」
「……うーん」
マリーは小首をかしげてレオを見る。
そして、くすりと笑った。
「パンツ一枚の男性にそう言われてもね」
「これは失礼!」
レオは慌てて床にぶちまけられた軍服に手を伸ばす。
必死にズボンを履き、シャツを頭からかぶっていたら、ふたたび軽やかな笑い声が鼓膜をくすぐる。
「まあ、いいですよ。結婚を前提に、まずはお互いをよく知ることから始める、というのなら」
レオは顔を彼女に向ける。
いつもはきっちりと結い上げられた髪がおろされ、なんだかいつもより幼く見える彼女は、無防備に笑う。
「私もあなたのこと、嫌いではないですから」
「そうか」
ベルトを掴んだまま、ホッとレオは安堵の息を漏らす。その顔を見て、マリーがさらに笑った。
「ただ、服を着てもう一度素面のときにプロポーズしてください。あなたが本気ならね」
もちろんだ、とレオは言い、同時に詫びた。




