7話 侍従武官と侍女、誤解される
その日。
護衛のためにセオドアの私邸へ出向いたレオは、広間に呼びつけられた。
これは全くといっていいほど、レアなことだった。
「おはようございます」
いつもならすぐにセオドアを伴って、王城の執務室へと向かうのに、と。
レオは小首をかしげながらも、広間に入る。
「おはよう、レオ」
セオドアは椅子に座り、笑顔でレオを迎え入れた。
かつ、椅子を示し、「座りなさい」と促す。
ん? とさらに怪訝に思うと同時に、なんかしたか、俺、と自分に問いかけた。
これは数年前、セオドアのことを「かわいい」と侮った近衛をボコボコにした事件が発覚したときに似ている。
似てはいるが……。
あのときのセオドアは、珍しく目を吊り上げ、肩を怒らせて「そこに座りなさい!!!!」とレオに怒鳴りつけてきた気がする。
いまのセオドアは非常に上機嫌で、かつ、執事に「レオにもお茶を」と指示していた。
「……あの、なにか」
おそるおそる椅子に腰かけ、そっと尋ねる。
視線の先で、敬愛するセオドアは両肘をテーブルにつき、前のめりになるようにレオに言った。
「昨日、レイチェル姫の侍女であるマリーの危機を救ったとか」
「は?」
つい真顔で問い返してしまったが、セオドアはそれを照れ隠しかなにかととらえたらしい。
「いいのです、レオ。すべてレイチェル姫から聞きました」
昨日? マリーを救った?
頭の上にひたすら「?」マークを飛ばして考え込んだレオは、「あ!」と声を上げる。
「マリー・フレイズ嬢がからまれていた件ですか⁉」
「そう、それです」
セオドアがにこにこしているが。
情報伝達の過程でかなりの誤解がある、とレオは額から汗が噴き出る思いだった。
昨日。
時間が空いたので、レオは城下に行った。
いつもの菓子屋で飴を買おうと思ったのだ。ついでに新作の菓子でも出ていたら、それも買って帰ろう。そんな風に呑気に歩いていたら、往来の端っこに数人の男たちがたむろしているのが目についた。
「いいじゃない。ね? 一緒にメシ食いに行こうよ」「お酒飲むだけじゃん」「全額おごるよ?」
どうやら女を口説いているらしい。
男たちの中心にいる女は「行きません」「どいてください」「邪魔です」と、なんとか男たちの囲みを突破しようとしているが、いかんせん背が小さすぎてどうにもならない。
男たちの執拗な誘いを女は断っている。だが、男たちが聞き入れない。
レオは「ひとこと言ってやろうか」と考えた。
普段ならここまでしないのだが、女の背の小ささが気になった。ひょいと小脇に抱えて連れて行かれそうなのだ。見ていて危なっかしい。
足をそちらに向けたとき、レオは気づいた。
小柄な女は、マリー・フレイズだ。
「あまりしつこいと、こちらも考えますよ」
マリーが硬い声を飛ばす。
男たちは顔を見合わせ、一斉に笑い出した。
「お姉さんが?」「え。どんなこと考えてんの?」「やらしいこと? だったら俺達も一緒」
そう言って、どっと笑った。
ふ、と。
レオにはマリーの肩口から怒りが沸き上がるのが見えた。
だが男たちには見えなかったようだ。
「その考え、聞かせてよ」「ほら、行こう」「楽しいよ?」
そう言って、マリーの左手を掴む。
やめろ、とレオは声をかけた。やばい、と。
というのも。
左手を掴まれると同時に、マリーがスカートの裾を払ったからだ。
ふくらはぎにつけていたホルダーから例の警棒を引き出すマリー。
「逃げろ!」とレオは男たちに怒鳴ったが、それより先にマリーの警棒が一閃した。
まず、自分の手を握っている男の横腹を打ち据えた。
男はうめいて手を離す。そのあと、膝をついて嘔吐した。
右から左に振りぬいた警棒。マリーは今度は、左から右へと薙ぎ払い、二人目の男のふとももを打突する。ぎゃあ、と男は悲鳴を上げて往来に横転した。
「やめろ! もういい!」
過剰防衛だ、とレオは割って入る。ちなみに三人目の男は、恥も外聞もなく逃げていく。
「あら、レオ卿」
マリーは片足を上げてホルダーに警棒をしまうと、すました顔でレオを見上げた。
「奇遇なところでお会いしますね」
「とりあえず、この場を去ろう」
『レイチェル姫の侍女、往来で男をなぎ倒す』などと噂が流れたら、その婚約者であるセオドアの沽券にもかかわる。
レオはマリーの背を押して、足早に往来を北へと進んだ。
「いったい、なにが……」
「姫君が、いくつかお菓子を見繕って買ってきてほしい、と。お世話になった方々にメッセージカードをつけてお贈りしたいのだとか」
なるほど、とレオは思った。
レイチェルはセオドアとだけ会っているわけではない。この国の重臣や、もちろん王族たちとも顔合わせを行っている。その際の手土産ということだろう。
「母国からかなり持参してきたのですが、少々足りぐるしく。それで」
「わかった」
「あの、ついでにレオ卿。お勧めの店があればご紹介いただきたいのですが」
「わかった」
わかったが、とレオは隣を歩くマリーを見下ろす。
「《《君がひとりで歩くと危ない》》。いろんな意味で。そういった際は、ぜひ俺に声をかけてほしい」
「そうですね」
そうして、レオはマリーを連れて菓子店に行き、城下町の安全のためにもマリーをレイチェルが待つ屋敷まで送ったのだ。
「昨日の晩、レイチェルからお礼のお花とカードが届いてね。あ、それはマリー嬢から君宛のメッセージカードだよ」
セオドアが笑顔で言う。
執事が、紅茶と共にテーブルに置いたのは、桃色の封筒だ。
レオ・アドルフ卿へ、と達筆な文字で書かれている。
おそるおそる手に取り、裏を返す。マリーからだ。
封を開け、便箋を取り出す。
そこには、ただ一言書かれていた。
『私が男たちを倒したことは、他言無用です』
レオはそれで納得した。
たぶんマリーは城下でレオに会い、菓子店を紹介してもらったことを、主に伝えたのだろう。
レイチェルは「なぜ城下でレオに会ったのか」と執拗に聞いたのかもしれない。
窮したマリーは、「男たちにからまれていたところを助けてもらった」と言ったのだ。
感動したレイチェルは、セオドアに花束とカードを送り、それを見てセオドアは架空の人助け話に感動したのだ。
「さすがぼくの侍従武官です。弱きを助け、強きをくじくなど、武人の鑑」
にこにこ顔のセオドアに、よもや「マリーが男をぶちのめしまくり、そこを止めた」とは最後まで言えないレオだった。




