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主君が大事すぎる侍従武官と侍女に、普通の恋は難しい  作者: 武州青嵐(さくら青嵐)


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7/10

7話 侍従武官と侍女、誤解される

 その日。

 護衛のためにセオドアの私邸へ出向いたレオは、広間に呼びつけられた。 

 これは全くといっていいほど、レアなことだった。


「おはようございます」


 いつもならすぐにセオドアを伴って、王城の執務室へと向かうのに、と。

 レオは小首をかしげながらも、広間に入る。


「おはよう、レオ」


 セオドアは椅子に座り、笑顔でレオを迎え入れた。

 かつ、椅子を示し、「座りなさい」と促す。


 ん? とさらに怪訝に思うと同時に、なんかしたか、俺、と自分に問いかけた。

 これは数年前、セオドアのことを「かわいい」と侮った近衛をボコボコにした事件が発覚したときに似ている。


 似てはいるが……。


 あのときのセオドアは、珍しく目を吊り上げ、肩を怒らせて「そこに座りなさい!!!!」とレオに怒鳴りつけてきた気がする。


 いまのセオドアは非常に上機嫌で、かつ、執事に「レオにもお茶を」と指示していた。


「……あの、なにか」


 おそるおそる椅子に腰かけ、そっと尋ねる。

 視線の先で、敬愛するセオドアは両肘をテーブルにつき、前のめりになるようにレオに言った。


「昨日、レイチェル姫の侍女であるマリーの危機を救ったとか」

「は?」


 つい真顔で問い返してしまったが、セオドアはそれを照れ隠しかなにかととらえたらしい。


「いいのです、レオ。すべてレイチェル姫から聞きました」


 昨日? マリーを救った?

 頭の上にひたすら「?」マークを飛ばして考え込んだレオは、「あ!」と声を上げる。


「マリー・フレイズ嬢がからまれていた件ですか⁉」

「そう、それです」


 セオドアがにこにこしているが。

 情報伝達の過程でかなりの誤解がある、とレオは額から汗が噴き出る思いだった。


 昨日。

 時間が空いたので、レオは城下に行った。


 いつもの菓子屋で飴を買おうと思ったのだ。ついでに新作の菓子でも出ていたら、それも買って帰ろう。そんな風に呑気に歩いていたら、往来の端っこに数人の男たちがたむろしているのが目についた。


「いいじゃない。ね? 一緒にメシ食いに行こうよ」「お酒飲むだけじゃん」「全額おごるよ?」


 どうやら女を口説いているらしい。

 男たちの中心にいる女は「行きません」「どいてください」「邪魔です」と、なんとか男たちの囲みを突破しようとしているが、いかんせん背が小さすぎてどうにもならない。


 男たちの執拗な誘いを女は断っている。だが、男たちが聞き入れない。

 レオは「ひとこと言ってやろうか」と考えた。


 普段ならここまでしないのだが、女の背の小ささが気になった。ひょいと小脇に抱えて連れて行かれそうなのだ。見ていて危なっかしい。


 足をそちらに向けたとき、レオは気づいた。

 小柄な女は、マリー・フレイズだ。


「あまりしつこいと、こちらも考えますよ」


 マリーが硬い声を飛ばす。

 男たちは顔を見合わせ、一斉に笑い出した。


「お姉さんが?」「え。どんなこと考えてんの?」「やらしいこと? だったら俺達も一緒」


 そう言って、どっと笑った。


 ふ、と。

 レオにはマリーの肩口から怒りが沸き上がるのが見えた。

 だが男たちには見えなかったようだ。


「その考え、聞かせてよ」「ほら、行こう」「楽しいよ?」


 そう言って、マリーの左手を掴む。

 やめろ、とレオは声をかけた。やばい、と。


 というのも。

 左手を掴まれると同時に、マリーがスカートの裾を払ったからだ。

 ふくらはぎにつけていたホルダーから例の警棒を引き出すマリー。


「逃げろ!」とレオは男たちに怒鳴ったが、それより先にマリーの警棒が一閃した。


 まず、自分の手を握っている男の横腹を打ち据えた。

 男はうめいて手を離す。そのあと、膝をついて嘔吐した。

 右から左に振りぬいた警棒。マリーは今度は、左から右へと薙ぎ払い、二人目の男のふとももを打突する。ぎゃあ、と男は悲鳴を上げて往来に横転した。


「やめろ! もういい!」


 過剰防衛だ、とレオは割って入る。ちなみに三人目の男は、恥も外聞もなく逃げていく。


「あら、レオ卿」

 マリーは片足を上げてホルダーに警棒をしまうと、すました顔でレオを見上げた。


「奇遇なところでお会いしますね」

「とりあえず、この場を去ろう」


 『レイチェル姫の侍女、往来で男をなぎ倒す』などと噂が流れたら、その婚約者であるセオドアの沽券にもかかわる。


 レオはマリーの背を押して、足早に往来を北へと進んだ。


「いったい、なにが……」

「姫君が、いくつかお菓子を見繕って買ってきてほしい、と。お世話になった方々にメッセージカードをつけてお贈りしたいのだとか」


 なるほど、とレオは思った。

 レイチェルはセオドアとだけ会っているわけではない。この国の重臣や、もちろん王族たちとも顔合わせを行っている。その際の手土産ということだろう。


「母国からかなり持参してきたのですが、少々足りぐるしく。それで」

「わかった」

「あの、ついでにレオ卿。お勧めの店があればご紹介いただきたいのですが」

「わかった」


 わかったが、とレオは隣を歩くマリーを見下ろす。


「《《君がひとりで歩くと危ない》》。いろんな意味で。そういった際は、ぜひ俺に声をかけてほしい」

「そうですね」


 そうして、レオはマリーを連れて菓子店に行き、城下町の安全のためにもマリーをレイチェルが待つ屋敷まで送ったのだ。


「昨日の晩、レイチェルからお礼のお花とカードが届いてね。あ、それはマリー嬢から君宛のメッセージカードだよ」


 セオドアが笑顔で言う。

 執事が、紅茶と共にテーブルに置いたのは、桃色の封筒だ。


 レオ・アドルフ卿へ、と達筆な文字で書かれている。

 おそるおそる手に取り、裏を返す。マリーからだ。


 封を開け、便箋を取り出す。

 そこには、ただ一言書かれていた。


『私が男たちを倒したことは、他言無用です』


 レオはそれで納得した。

 たぶんマリーは城下でレオに会い、菓子店を紹介してもらったことを、主《レイチェル》に伝えたのだろう。


 レイチェルは「なぜ城下でレオに会ったのか」と執拗に聞いたのかもしれない。


 窮したマリーは、「男たちにからまれていたところを助けてもらった」と言ったのだ。


 感動したレイチェルは、セオドアに花束とカードを送り、それを見てセオドアは架空の人助け話に感動したのだ。


「さすがぼくの侍従武官です。弱きを助け、強きをくじくなど、武人の鑑」


 にこにこ顔のセオドアに、よもや「マリーが男をぶちのめしまくり、そこを止めた」とは最後まで言えないレオだった。


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