5話 侍従武官と侍女、肩を落とす
3日後。
ピクニックが終了し、レオとマリーは東屋にいた。
ふたりとも陶器でできた背もたれのない椅子に座り、がっくりとうなだれている。
「成功といえば……成功、だったのだろうか」
「ええ、そうでしょうね。姫君はご機嫌でしたし、そちらの殿下もご満悦の様子」
はあ、と重い吐息を落として、ふたりは同時に顔を上げた。
おや、とレオはまばたきをする。
真向かいに座るマリーの顔が若干赤いからだ。
本日はピクニックということで、セオドア殿下とレイチェル姫はパラソルの下でアフタヌーンティーを楽しんでいたが、マリーはレオたちと一緒に日の下にいた。そのせいで日焼けしたのだろう。
穏やかで過ごしやすい陽気ではあったが、ずっと立ちっぱなしだったし。
疲れているのではないだろうか。
レオは軍服のベルトに通したポーチに手を伸ばす。
「しかし、想像以上に喋りましたね、セオドア殿下」
マリーに言われ、ぴたりとレオは動きを止めた。
「……殿下は、博識であられるからな」
つい声が平坦になる。
「博識といえば聞こえはよろしいでしょうけど。あれはもう、ナードギークでしょう」
「誰が専門バカだ!」
「そこまで言いませんが」
マリーはあきれ、同じく陶製のテーブルに頬杖をついた。そのとき、赤い頬に指先が触れたのだろう。一瞬だけ眉を寄せる。痛いのかもしれない。
「恐ろしいほどの饒舌。いままでの穏やかさはどこに消えたのやら」
レオはゲフンゲフンと咳ばらいをした。
というのも。
ピクニック会場として仕立てた王城の東に到着するや否や、セオドアは目を輝かせてレイチェルに話し始めたのだ。
『見てください、レイチェル姫。これが◇◇です。この隣の可憐な白い花は、○○と言って、葉は薬草にもなるのですよ? それから……』
そう。
レオは知っていた。
セオドアが植物に目がないことに。
話し始めたら止まらず、それに付き合う侍従たちは交代で聞き役に回り、かくいうレオも何度も彼から植物の名前やその性質についてご教示いただいた。
レオは、セオドアの話に耳を傾け、いつまでも聞いている数少ない人間でもあった。
素直にセオドアの話は面白いと思ったし、こんなにいきいきと語る姿をずっと見ていたいとも思っていたからだ。
なにしろ彼は第二王子として、厳しく育てられてきた。
もし王太子に何かあった場合、代わりを務めなくてはならない。そのためにも、王太子に恥ずかしくないふるまいを。
幼いころから兄である王太子と比べられ、同じ振る舞いを求められ。それなのに、王位は継げないという不遇にも耐えてきた。
その彼が唯一、心底楽しんでいるのが野の植物を眺めることだ。そして、セオドアは、この時間を大切に過ごし、非常によい顔をする。
対外的に見せる穏やかで聞き上手な第二王子ではなく、饒舌に熱を込めて、嬉し気に植物について語る。
そんな姿を、将来彼の妻となる女性にも見てほしかった。
そして、セオドアのそんな姿にときめいてほしかったのだが……。
「まさか、女性相手にもあそこまで語るとはなー………」
レオは片手で顔を覆い、うめいた。
なんとなくだが。
場をわきまえてくれるのではないか、とレオは思っていたのだ。
確かに多弁にはなるだろう。だが、配慮し、相手が疲れたら「お茶にしましょうか」と声をかけ、そこからは話題をかえて聞き上手の第二王子になると。
そう思っていたのだが。
「辞典2冊分の情報量を聞いた気分です」
マリーがつぶやく。
そう。
セオドアは、語りに語った。
植物について。
レオだけではなく、マリーもハラハラするぐらい延々と植物について語った。
レイチェルはあきれているのではないか、と思ったのだが。
そこは聞き上手の姫君。
目をあわせてうなずき、時には感嘆の声を上げ、なんなら「あちらの花はよく似ておりますが?」などと質問までした。
「よく耐えていただいた……。まさにその一言です」
レオがうめく。
時間にして1時間以上。2時間にはならなかったと思う。なぜなら、レイチェルが疲れ始めたからだ。
一応、マリーがレイチェルに日傘をさしかけていたのだが、それでも一日の大半を屋内で過ごしてきた深窓の姫君。気分も悪くなるというものだろう。
慌ててレオがセオドアに『休憩をいれましょう! お茶を!』と声掛けし、そこでようやく彼は我に返ったようだ。
『随分としゃべりすぎてしまったようで』とセオドアは顔を赤くして恥いり、レイチェルは『そんなことありません。とても楽しかったです』と笑顔で応じてくれた。
「いえ、それを言うなら……。こちらも、よく嫌がらずに応じてくださったと」
テーブルに突っ伏したのは、マリーだ。
レオはそれを見て、ふたたび苦笑いが漏れる。
というのも。
敷物に座り、お茶やお菓子を楽しんでいたセオドアとレイチェルだったのだが。
『まあ、王子! ご覧になって!』
レイチェルが機敏に立ち上がり、野原にしゃがみこむ。
なんだなんだと、セオドアだけではなくレオも注視した。
彼女がにこにこしながら戻って来ると、合わせた両手を開いて見せる。
ギョッとしたのは、セオドアとレオだ。
『もう冬眠から出てきたのですねぇ。まだ眠いでしょうに』
彼女がいとおしそうに見つめているのは、カエルだった。
「その……あれだ。アマガエルだったし。かわいいものだ」
レオが慰める。あれがウシガエルレベルのでかさなら、セオドアも悲鳴を上げたかもしれない。
「幼い頃から病弱だった姫君は、ずっとベッドで過ごされることが多く……。そのせいか、外のものすべてが愛らしく、いとしくお思いになるようで」
突っ伏したままマリーは続ける。
彼女が言うには、カエルだけではなく、蛇も好きなのだそうだ。もちろん、犬猫、馬など恒温動物も大変お好きである、とか。
「殿下も嫌がらずに、トカゲのプレゼントを受け取られましたし」
レオは口をへの字に曲げた。
レイチェルはアマガエルをかえしてやると、今度はトカゲを目ざとく見つけてつかまえてきた。
そのトカゲ。思わず「お」とセオドアとレオが覗き込むほど、珍しい。
尾が青かったのだ。
『こどものときは、尾が青いのですよ』
レイチェルが教えてくれる。セオドアはいたく感心し、『しばらく眺めていたい』とレオに言うので、金魚鉢を持ってきて、トカゲをいれる。そして、金網で蓋とした。
その金魚鉢を持ち、セオドアは興味深そうに眺める。レイチェルも一緒に覗き込み、ふたりは頬を寄せ合って、にこにこと笑顔で語らっていた。
のだが。
「なんか思ってたのと違うんだよなぁ」
「そうなんですよ……」
レオが腕を組んで首を傾げ、マリーもうめく。
なんかこう。
ピクニック、を楽しんでほしかったのだ。
これでは動植物の観察というか……。なんかこう、ちょっと違うというか……。
「次回のことですが」
「次回があって、本当によかったです」
マリーが顔を上げ、真面目な顔で言うからレオは吹き出した。
「セオドア殿下がお気に入りの俳優が出る演劇があるのです。いかがだろう、と殿下からはうかがっておりますが」
「もちろん、ご一緒させていただきます」
「警備のことについては後日、改めて打ち合わせをするということで」
「そうですね。今日はもう、解散いたしましょう」
マリーが吐息交じりに立ち上がるので、レオも腰を上げた。
「これ」
それでは、と立ち去ろうとするマリーに、レオはポーチから出した飴を突きだした。
「え?」
怪訝そうなマリーに「飴」と言う。
「今日は疲れただろう? しんどいときには、甘いものが一番。個包装されているから汚くない。安心しろ」
おずおずと手を出すマリーの手のひらに、レオは飴玉を落とす。
可愛らしい紙で包まれたそれは、レオのお気に入りでもある。
「……いつもこんなもの、持ち歩いているの?」
「ああ。お互い護衛は、いつ飯が食えるかわからんだろ?」
レオは肩を竦める。非常食だ。糖分が少なくなると、どうにもイライラしたり疲れたりする。レオのイライラ対策でもあった。
「じゃあまた」
レオは自分もひとつ、口に飴を放り込み、歩き出す。
「あの」
声をかけられ、何気なく振り返る。
「ありがとう」
ふわり、と。
微笑むマリーの顔は、やっぱり日に焼けて赤く。
そして、ほんのちょっと、可愛かった。




