3話 侍従武官と侍女、ののしりあう
五日後。
王城の一室にて、レオとマリーは罵りあっていた。
「なにが格技ですか! 茶番! はっきり言って、茶番!」
マリーの言葉に、「はあ⁉」とレオが色めきだった。
「なにをどう見てそう思うのか! 殿下の立派な演武をご覧にならなかったのか⁉ それともあれか、貴嬢のところは血なまぐさい真剣勝負ばかりで、演武などという優美かつ洗練された様式美は存在しないとか!」
「ありますよ、演武ぐらい! ですが私はあれを演武とは呼ばない! あれはお遊戯!」
「口を慎め!」
「いや、演武はまだいいですよ。目をつむりましょう。あれはあれで、そういうものだと思いましょう。実際、姫君は手を叩いて喜んでおられましたから」
「ならよかったではないか!」
レオも練兵場に警備の目を光らせながら、観覧席のレイチェルとマリーを見ていたが。
レイチェルはいままでで一番いきいきしていたような気がする。
セオドアの一挙手一投足を見守り、ハラハラとし、そして拍手喝さいを送っていた。
「だけどあの試合稽古はいけない! いただけない!」
びしりと指摘され、レオは、ぐぬぬぬぬと奥歯を噛む。わかっているだけに、そこを突かれると痛い。
「なんですか、あれは! ヒーローごっこですか、殿下の!」
「あ、あれは相手役が悪いのだ! 殿下が悪いわけではない!」
レオも試合稽古を見ていただけに、胸が苦しい。
セオドアには直属の剣技師範がいる。レオが教えているわけではない。
ただ、請われてときどきセオドアの練習相手になっているので、技量もそこそこわかってはいる。
今日。演武が終了した後、試合稽古をしたのだ。
試合を想定した練習で、審判をつけて模擬剣で行う。相手が「参った」といえばそこで終了。
殿下の相手として選ばれたのは、レオでもてこずるような猛者ばかり。
え、大丈夫か、殿下、とレオは思った。思ったがすぐに、いや、殿下は成長なさったのだ、と思い直した。自分の知らないうちに、剣の腕をメキメキ上げたのだろう、と。
だからレイチェル姫と同じぐらい、ワクワクして試合稽古を見守ったのだが。
今回の試合相手、忖度が過ぎた……。
セオドアに隙ができても打ち込まず、なんなら相手が隙を提供する始末。
「剣が当たっていないのに吹っ飛んでいく様を見たときは、驚きを通り越して笑いましたよ!」
「あ、あれは……! 殿下の気合で吹き飛ばしたのだ! 剣気だ!」
「へー……」
腕を組み、白い目で睥睨され、レオは肩をそびやかした。いつまでも劣勢に立っているわけにはいかない。このあたりで殿下のためにも反撃せねば!
「それを言うなら、レイチェル姫のヴァイオリンはなんと言い訳するのだ!」
「ひ、姫のヴァイオリンがなんですか⁉ 素晴らしかったでしょう!」
あきらかにマリーの目が泳ぐ。レオは追撃した。
「あれ、弾いてたか⁉」
「弾いてましたー!」
「ほぼ、聴こえんぞ⁉」
「繊細な弓遣いがわからないとは、この国の文化がしれますね!」
「聴こえないと意味ないだろ!」
「聴こえましたー!」
「言っちゃなんだが、本当に得意か⁉ ピアノのほうがいけるんじゃないのか⁉」
「ピアノなんて、押せば鳴る楽器! 姫はもう2歳でマスターなさいました!」
「嘘つけ!」
「嘘じゃないですー!」
そう。
セオドアの格技を見学したあと、衣装と場所を変え、今度はレイチェルのヴァイオリン演奏会となったのだ。
会場はレイチェルにあてがわれた屋敷。王城内にあるこじんまりとしたものだ。
侍従長からは、『ついでに生活等も見てきてくれ。手狭であるなら別邸を用意しよう』と言われたが、レイチェルとマリー、それから数人のメイドが暮らすだけだから特に問題はないようだ。
その広間。
用意された椅子にレオはセオドアを座らせ、自身はその背後に控える。
真向かいには、ピアノがあった。
驚いたことにピアノに座ったのはマリー。そのあと、レイチェルがヴァイオリンを持って登場。格技を披露したセオドアが衣装を変えたのはわかるが、彼女も衣装を変えていた。
セオドアは彼女に拍手を送り、肩と顎でヴァイオリンを支え、弓を構えるレイチェルに「がんばって」と応援までした。
その成長にレオは涙し、そして心でカウントする。いまのところ、セオドアがレイチェルに声掛けしたのは「ごきげんよう」「ありがとう」「うれしいよ」の3つ。それからいまの「がんばって」を加えて4つだ。語彙が増えている。やはり我が主は日々成長なさる。素晴らしい。
ピアノのマリーと視線を合わせ、そして演奏が始まるのだが……。
「どう考えても、間違えたとき、貴嬢がピアノの音を大きくして誤魔化したよな⁉」
「なんのことだか! つい感情が高ぶって指に力がはいったのです!」
あくまでしらを切りとおすつもりだが、珍しくマリーの額に汗がにじんでいるのをレオは見逃さなかった。
「よくもあれで殿下の前に出ようとおもったものだ」
ひどいとまでは言わないが、素人同然の腕前。おまけに、自信がないパートになると、ほぼほほぼ無音。囁き音声になってしまう。
それをごまかすかのように鳴り響くピアノ。励ますセオドアの手拍子。
なんの発表会なんだか、とレオは頭を抱えた。
「あれこそが茶番!」
「ですが殿下は我が姫に多大な拍手を贈りましたけど⁉ なんなら花束もいただきましたー!!!!」
そうなのだ。
レオからすれば、レイチェル姫ではなく、マリーのピアノ発表会だったのだが、セオドアは大変感銘を受けたらしい。
スタンディングオベーションをし、レイチェルは頬を染めてその拍手を浴びていた。
そのうえ、呆然と立ち尽くすレオに耳打ちしたのだ。
『ぼくが彼女と話している間に、花束を用意して来て』と。
レオはすぐさま庭師の元に走り、一緒になって庭の花をブチブチ摘み取った。それを麻縄でぐるぐる巻いて即席花束として駆け戻る。
広間では、セオドアとレイチェルが会話をしていた。
『とてもお上手でした』『いえ、そんな』『お国でもこのような演奏会を?』『家族にはよく披露していました』
そんなたわいのない会話のようだったし、なんなら表情も口調もぎこちなかったが。
それでもレオの「声掛けカウント」がもう必要ないほど、ふたりはちゃんと会話をしていたのだ。
レオがそっとセオドアに花束を差し出すと、彼はそれを未来の婚約者に捧げた。
『とても素晴らしい演奏でした。感動しました』と告げて。
殿下、成長した―――――――!
もちろん、レオは軍服の袖を涙で濡らした。




