第9話:上級幹部クロカワの甘い罠と、石の処刑場
俺が正門の鉄扉を蹴り破ろうと助走をつけた、まさにその時だった。
要塞の高い壁の上――高さ十メートルほどある2階の石の回廊の手すり沿いに、黒い鎧と黒い兜を身につけた『十五人の大人の人間たち』がずらりと姿を現したのだ。
俺の長いゴブリンの耳は、その中心に立つ顔に傷のある四十代ほどの首領の男が、手にした『声を大きくするラッパ』を使う前に、部下たちへ向かって低く囁く声をしっかりと捉えていた。
「おい、見たか今の……? あの緑色の小さな化け物、バール一本で外のゾンビ五十匹と大型三匹をミンチにしやがったぞ。しかもあのメガネのガキの命令に飼い犬みたいに忠実に従ってやがる。トラックごと『第2荷捌き室』の密室へ誘い込め! 後ろの鉄扉を閉めて閉じ込めたら、上から全員でメガネのガキを蜂の巣にして殺し、緑の化け物は両足を撃ち抜いて生け捕りにするぞ!」
俺はそれを聞いて黄色い目を細め、上の十五人の男たちに【捕食鑑定】を発動した。
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【種族:人間(武装占拠グループ首領:クロカワ)――レベル:5】
【装備:連射式・黒鉄長杖(5.56ミリ)/防弾黒鎧】
【精神状態:冷酷な打算・欺瞞・極度の強欲】
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俺の視線が、奴らの強欲に歪んだ顔から、十五人全員が胸の前に構えている『異様な魔導具』へと移った。
それは、街道の三人組やハルトが持っている「短い黒鉄の杖」ではなかった。
上の十五人の黒鎧の男たちが両手で抱えていたのは、俺の背丈の半分以上もある『巨大な黒鉄の長杖』だったのだ!
その腹の下には曲がった黒い弾の箱が突き刺さり、杖の上には赤いガラスの目玉が怪しく光っている!
俺の背筋に、氷水のような悪寒が走った。
(な、なんだあの黒鉄の長杖は……!? さっきの雑兵が持っていた短杖の『五倍』は長いぞ!! 前世のエルドリアでも、魔導師が持つ杖が長くてゴツければゴツいほど、そいつが放つ黒魔法の威力と階級は跳ね上がった! つまり、このSSランクダンジョンを占拠しているレベル5の黒鎧の十五人は、大杖を操る『魔王軍の精鋭・上級幹部部隊』に違いねえ!!)
すると上の首領クロカワは、『声を大きくするラッパ』を口に当て、まるで優しい父親のような猫撫で声を作って広場全体に呼びかけた。
『――待て待て、そこの二人! 門を壊す必要はない、俺たちは味方だ!! 正門のゾンビを片付けてくれて本当に助かったよ、若き英雄くん! 今すぐ横の「第2搬入口」の鉄扉を開けるから、トラックごと中へ入ってくれ! 中では君の小さな相棒のために、出来立ての最高級ミルクチョコレートを山ほど用意して待っているぞ!』
「あ、工場の警備隊の人たちだ!」
遠い場所にいてさっきのヒソヒソ話が聞こえなかったハルトは、パァッと顔を輝かせ、黒鉄の短杖を腰に戻して手を振った。
「聞いたかい、ゴブ!? すごく良い人たちだ、僕たちにお礼として出来立てのミルクチョコレートを山ほど用意してくれているって! さあ、トラックに乗って中へ入ろう!」
ゴゴゴゴゴ……と重苦しい音が響き、正門の横にある分厚い『鉄の吊り扉』がゆっくりとせり上がって、白い光に照らされた石の部屋が口を開けた。
俺は首の毛を針のように逆立て、荷馬車に乗ろうとするハルトのズボンの裾を片手でガッと引っ掴むと、上の男たちを指差して必死に威嚇の唸り声を上げた。
「グルルル……ゴブッ! グガ、ゴブゴブ!!(待て鞄持ち、入るんじゃねえ! 俺様の長い耳には全部聞こえたぞ、あいつらは人間のフリをした『魔王軍の上級幹部部隊』だ! あの長い黒弾の杖を見ろ、石の部屋に閉じ込めててめえを殺す気だぞ!!)」
だが、人間の言葉が話せない俺の必死の警告は、ハルトにはまったく逆に伝わってしまった。
「こらこら、ゴブったら。さっき高速道路の悪い人たちに撃たれたからって、制服を着た警備員の人たちまで怖がっちゃダメだよ!」
ハルトはくすぐったそうに笑いながら俺の緑色の頭を優しく撫でた。
「僕を守ろうとして警戒してくれているのは嬉しいけど、この人たちは味方だから大丈夫! 主人である僕を信じて、美味しいチョコレートをもらいに行こう!」
ハルトはそう言って舵の席に飛び乗り、俺を隣の席へと手招きした。
(く、くそったれえええっ!! 俺様の鞄持ち、黒弾魔法の才能は天才的なのに、人間の耳が短すぎるせいで敵の作戦が聞こえてねえ!!)
だが、ハルト一人で突っ込ませるわけにはいかない。このレベル3のモヤシ人間が死ねば、俺様の【従魔契約(経験値4倍ボーナス)】も消滅してしまうのだ!
俺は『鉤爪付きの鉄の棍棒』を強く握りしめ、全身のレベル27の筋肉を極限まで張り詰めさせながら隣の席に飛び乗った。
白い鉄の荷馬車がゆっくりと前進し、鉄の吊り扉の下をくぐり抜けて石の部屋の内部へと進入する。
そこは窓一つない巨大な灰色の石の四角い部屋だった。壁の上部、高さ十メートルの位置には、部屋をぐるりと取り囲むように『鉄格子の回廊』が張り巡らされている。
そして当然ながら――部屋のどこを見渡しても、秘宝の箱など一つも置かれてはいなかった。
俺たちの白い鉄の荷馬車の後ろの車輪が、入り口の線を完全に越えた、その瞬間。
――ガシャアアアアアアアンッ!! ドォォォンッ!!
俺たちの背後で、重さ三トンはある分厚い『鉄の吊り扉』が断頭台のように落下し、石の床を揺らして唯一の退路を完全に封鎖した!
「えっ……!? ど、どうして後ろのシャッターを閉めたんですか!?」
ハルトが異変に気づき、密室のど真ん中で荷馬車を急停止させた。
次の瞬間。
高さ十メートルの頭上の鉄格子回廊に、十五人の黒鎧の男たちが一斉に姿を現し――暗い空間を十五本の『赤い呪いの光糸』が切り裂いて、ハルトの眉間と、俺の胸板へとピタリと重なった。
――ガシャッ! チャキッ!!
十五本の『黒鉄の長杖』が同時に構えられる冷たい金属音が、石の処刑場に反響する。
そして頭上から、先ほどまでの優しげな声とは似ても似つかない、首領クロカワの冷酷で下卑た笑い声がラッパを通して降り注いだ。
『ようこそ屠殺場へ、おめでたいバカども! 総員、まずは運転席のメガネのガキを蜂の巣にして殺せ! そして緑の化け物は、5・56ミリ徹甲弾で両足を粉々に吹き飛ばして生け捕りにしろ――撃てェッ!!』




