第10話:黒弾の暴風雨と、二刀流の『大魔導師』ハルト
――ダダダダダダダダダダッ!!
頭上の高い鉄格子の回廊に並んだ十五人の黒鎧の男たちが、手にした『黒鉄の長杖』の先端から、一斉にオレンジ色の禍々(まがまが)しい炎を噴き出させた。
次の瞬間、四角い石の密室全体を揺るがすほどの『雷鳴の嵐』が炸裂した。
街道の雑兵どもが持っていた短い杖とは、音の重さも魔力の禍々しさも次元が違う。長杖から絶え間なく吐き出される連続雷鳴に、俺の長い耳はキィィィン!と悲鳴を上げた。
――パァンッ! ガシャアアアンッ! バキバキッ!!
俺たちが乗っていた『白い鉄の荷馬車』の前方の透明な氷の板(窓ガラス)が一瞬で粉々に砕け散り、車体の鉄板に目に見えない無数の『黒弾』が突き刺さって火花を散らした!
(く、くそったれがァッ!!)
俺の黄色い目が驚愕に見開かれ、ゴブリンとしての生存本能が警鐘を乱打した。
隣で荷馬車の舵を握っている俺様の鞄持ち――ハルトは、たったの『レベル3』しかない柔らかい人間だ!
あの上級黒魔法の弾丸が一発でもハルトの頭に当たれば、スイカのように弾け飛んで死んでしまう! この鞄持ちが死ねば、俺様に秘宝の場所を教える案内役も、『経験値4倍の契約』もすべて消えてなくなるのだ!
「グガアアアアアッ!!」
俺はコンマ一秒も迷わなかった。
左手でハルトの襟首をガッと引っ掴むと、右肩で鉄の荷馬車の横扉を蹴り破り、ハルトを引きずり出すようにして石の床へと飛び降りた!
その直後、さっきまでハルトの頭があった座席の背もたれが、無数の黒弾によってボロ雑巾のように引き裂かれた。
「ゴ、ゴブッ!?」とハルトが石の床を転がりながら息を呑む。
――キンッ! ビシィッ! ギャリッ!
頭上から降り注ぐ見えない黒弾の雨が、俺たちの足元の石床をえぐって青い火花を散らす。
俺は右手に握った愛用の『鉤爪付きの鉄の棍棒』の平らな先端を、荷馬車の後ろの分厚い鉄扉の蝶番にねじ込むと、『レベル27(筋力90)』の怪力を一気に爆発させた!
――メキョッ! バキィィィンッ!!
俺は荷馬車の分厚い鉄扉を力任せにむしり取ると、それを巨大な『鉄の盾』として俺たちの頭上に掲げ、ハルトを自分の小さな背中の後ろへと押し隠した。
その直後、本当の地獄が頭上から降り注いだ。
――ガガガガガガンッ!! ドゴォッ! ズガガガガッ!!
何百発という見えない黒弾の嵐が、俺の掲げる鉄扉の盾を大槌のように激しく叩きつけ、俺の足が石の床をズズズッと後ろへ押し滑らされた。
(な、なんて威力だ……!! これが魔王軍の上級幹部どもが放つ『長杖の黒弾魔法』なのかよ!?)
俺は緑色の歯茎から血が滲むほど奥歯を噛み締めた。
さっき街道の雑兵が放った黒弾は、俺の筋肉に当たっても表面で潰れるだけだった。
だが、今頭上から降ってきている上級黒弾は、回転しながら鋼鉄すら食い破る『貫通の呪い』が込められていた!
――ズパァンッ! グサァッ!!
鉄扉の盾の端を突き破った三発の黒弾と、石の床で跳ね返った一発の黒弾が、盾の隙間から俺の肉体へと襲いかかった。
焼けた鉄の杭を打ち込まれたような激痛が、俺の体を四箇所同時に貫いた!
一発が右肩の肉をえぐり、一発が左の脇腹を深く裂き、残る二発が俺の左太ももの硬い筋肉を突き破って骨の近くまで食い込んだ!
「ゴ、ゴブウッ……!!」
この世界に転生してから初めて、俺の口と傷口から濃い緑色の血がブシャッ!と噴き出し、灰色の石床を濡らした。
左足の力が抜け、俺は重い鉄扉の盾を支えたまま片膝を床についた。
《警告! 高威力の貫通攻撃により深刻なダメージを受けました!》
《体内の供物の備蓄が『0』のため、自動治癒が機能しません!》
《現在のHP:95% ➔ 68% ➔ 42%!!》
(い、痛え……! クソッ、骨が軋むほど痛えぞ!!)
肺が焼けるように熱い。腹の中に神の秘宝が一欠片も残っていないせいで、傷口から魔力と生命力がどんどん抜け落ちていき、視界がチカチカと明滅し始めた。
もし俺一人だけなら、敏捷90の脚力で壁を走り回って黒弾の雨を避けることもできただろう。だが、背後にいる足の遅いハルトを守るためには、俺がこの場に踏みとどまって『肉の盾』になり続けるしかなかったのだ!
『はっはっはっは! 見ろ、緑色の血を吐いて膝をつきやがったぞ!』
頭上の回廊から、首領の男――クロカワの勝ち誇った声が響き渡る。
『いくら化け物でも、5・56ミリ徹甲弾を食らえばただの肉塊だ! 後ろのガキを庇って一歩も動けねえぞ! このまま盾ごとハチの巣にして、大口径の散弾で両足を吹き飛ばせ!』
俺のすぐ後ろで、ハルトは自分の靴を濡らす俺の緑色の血を見つめ、顔を真っ青にして震えていた。
だが、そのメガネの奥の瞳に浮かんでいたのは、死への恐怖ではなく――自分の無力さに対する激しい悔し涙だった。
「ゴブ……! 僕なんかを庇ったせいで、そんなに血を流して……!!」
ハルトは声を振り絞って叫んだ。
「僕のせいだ……! ゴブは門の外で、あいつらが嘘をついているって最初から気づいて僕を止めてくれたのに! 僕がゴブの警告を無視したせいでこんな罠にはまったのに……それでも君は、僕を見捨てずに盾になってくれるのか!?」
「グルルル……ゴブッ! グガァッ!!(つべこべ泣き言を喚いてないで頭を下げてろ、バカ鞄持ち!! 今てめえの頭が吹き飛んだら、誰が俺様を『秘宝の大釜』まで案内するんだ!?)」
ハルトは袖で乱暴に涙を拭い去った。
(僕の甘さのせいで、たった一人の大切な相棒を死なせてたまるか……!)
ハルトの右手の甲で、金色の【従魔契約】の紋章が熱く脈打った。
(ゴブが僕の『盾』になって血を流しているなら、主人である僕がゴブの『槍』になるんだ!!)
俺が止めるより早く、ハルトは腰の帯から『二本の短い黒鉄の杖(38口径リボルバー拳銃)』を同時に引き抜くと、俺の小さな緑色の体の両脇からバッ!と身を乗り出し、高さ十メートルの頭上の回廊へ向かって二本の杖を突きつけた!
「僕のゴブを、これ以上傷つけるなあああああっ!!」
――ズガァンッ! ズガァンッ! ズガァンッ! ズガァンッ!!
ハルトは両手の短杖から、決死の覚悟で黒弾を乱射した!
頭上の回廊にいた魔王軍の幹部どもは、俺たちが防戦一方で反撃してこないと思い込み、手すりから無防備に身を乗り出して下を覗き込んでいた。
ハルトが下から放った決死の黒弾のうち、二発が上の男たちの右腕と兜の面に直撃し、さらに残りの二発が、首領クロカワが手に持っていた『声を大きくするラッパ(拡声器)』を木っ端微塵に吹き飛ばしたのだ!
「ぎゃあっ!? 下からガキが撃ってきたぞ!」
「うわあっ、頭を下げろ、柱の陰に隠れろ!!」
下からの思わぬ反撃に驚き、頭上の十五人の男たちが一斉に手すりから飛び退いて物陰に身を隠したため――降り注いでいた黒弾の嵐が、ほんの三秒間だけピタリと止んだ!
《契約主『ハルト』の援護攻撃により、敵の集中砲火が中断されました!》
俺は血走った黄色い目を大きく見開き、両手に煙を吐く二本の短杖を握って肩で息をしているハルトを見上げた。
(こ……このイカれた鞄持ちめ……!!)
傷ついた俺の長い耳が、戦友に対する純粋な畏敬の念でブルッと震えた。
(十五人もの魔王軍上級幹部による黒魔法の集中砲火を浴びながら、気絶するどころか二本の魔導杖を両手に持って『二刀流の黒弾連射』をやり返し、奴ら全員に尻尾を巻いて隠れさせやがっただと……!? なんという度胸だ、こいつはただの魔導師じゃねえ、本物の『大魔導師』の器だぜ!!)




