第7話:略奪者の『黒弾の魔導具』と、黒魔導師ハルトの覚醒
「す、すげえ……! あの緑色のチビ、バール一本で三十五体のゾンビを二十秒で皆殺しにしやがったぞ……!」
荷馬車の屋根の上にいた三人の男たちが目を剥いて驚き、慌てて後ろの鉄ハシゴから地面へと降りてきた。
そこへ、石橋の階段を駆け下りてきたハルトが、誇らしげな笑顔で歩み寄った。
「みなさん、お怪我はありませんか!? こいつは僕のペットのゴブです! 僕たち、パンデミックを止めるために西の中央製菓工場へ向かっているんですが、もしよろしければそのトラックに乗せていただけないでしょうか?」
ハルトが礼儀正しく頭を下げた、その時だった。
俺は長年の腐肉漁りの習性で、ハシゴから降りてきた三人の男たちに【捕食鑑定】を発動した。
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【種族:人間(武装略奪者)――レベル:2】
【装備:黒鉄の短杖/幅広の蛮刀】
【精神状態:強欲・殺意・略奪準備】
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俺は緑色の眉をピクリとひそめた。
『殺意』だと?
見れば、三人の男たちはアンデッドの死体など見向きもせず、ハルトが背負っている水入りの袋と、俺の三つ目の背負い袋から少しだけはみ出している『金色の箱に入った極上の柔らかい秘宝(生チョコレート)』を、ギラついた目で舐めるように見つめていたのだ!
次の瞬間。
首領格の顎に傷のあるハゲ頭の男が下品な笑い声を上げ、黒革の鎧の内側から『黒くて短い鉄の杖』を引き抜くと、ハルトの顔面へ向けて突きつけた!
二人目の男も腰から同じ黒い鉄の短杖を抜き、三人目の男は血のついた幅広の蛮刀を構えて俺たちを取り囲んだ。
「はっ! 何がトラックに乗せてくれだ、おめでたいメガネ野郎だな!」
ハゲ頭の男が哄笑した。
「その緑色の奇形ザルが何なのかは知らねえが、てめえら、デパートの高級食料と水を二十キロ近く背負ってやがるな! 命が惜しけりゃ、その背中のリュックを全部地面に置いて土下座しろ! さもないと頭を吹き飛ばすぞ!」
「なっ……!? ど、どうしてですか!? 僕たちは今、あなたたちの命を助けたんですよ!?」
ハルトは顔を青ざめさせ、一歩後ろへ下がった。
「うるせえ、崩壊後の世界じゃ武器を持ってる奴が王様なんだよ! おい、そこの緑色の化け物ザル! てめえの背負ってる金色の箱が詰まったリュックも置いていけ!」
俺はハルトの前に立ち塞がるように一歩踏み出し、鉤爪付きの鉄の棍棒を握りしめて喉の奥から低い威嚇の唸り声を上げた。
「グルルル……ゴブッ!!(俺様の案内役と最後の秘宝に指一本でも触れてみろ、両足をへし折ってやるぞレベル2のダニども!)」
「なんだとコラァ!? たかがペットの分際で、これが怖くねえのかこのクソザルがァッ!!」
ハゲ頭の男が『黒くて短い鉄の杖』を俺の胸へと向け変え、すぐ目の前から人差し指を二回引いた。
――ズガァンッ!! ズガァンッ!!
黒い鉄の短杖の先端から『オレンジ色の閃光』が噴き出し、耳をつんざく『雷のような轟音』が周囲を揺らした!
俺の黄色い目が驚愕に見開かれた。
空中に何かが飛んでくる姿は一切見えなかった。だが次の瞬間、目に見えない超高速の塊が俺の左肩の筋肉へと激突した!
――バキィッ!!
「ゴ、ゴブウッ!?」
真っ赤に焼けた鉄槌で殴られたような衝撃に、俺の体が半歩後ろへと押し戻された。
『レベル26(耐久88)』に達した俺の異常な筋肉の硬さのおかげで、その塊は肉を貫通できずにペシャンコに潰れて黒い石の道に転がり落ちたが、それでも左肩の皮が黒く焦げて緑の血が滲み、俺のHPが『5%』削られた!
そして――二発目の見えない弾丸は、俺の右耳をかすめ、俺が背中に背負っていた『三つ目の背負い袋』を貫通して、中に入っていた最後の一箱の『金色の箱の柔らかい秘宝(生チョコレート)』を内側から粉々に吹き飛ばしたのだ!
――ボタッ、ボタボタッ……。
背負い袋の穴から、白い乳と茶色い秘宝が溶け合った神聖な雫が流れ出し、汚い石の地面へとこぼれ落ちた。
「ゴブーーーーッ!!」とハルトが悲鳴を上げる。
「はっはっは! 見たか、いくら化け物でも銃弾を食らえば血が出るんだよ! 次は目玉にぶち込んでやるぜ!」
だが、俺の耳には男の笑い声など届いていなかった。
俺は石像のように固まったまま、自分の足元に転がっている『黒く潰れた小さな鉄の玉』と、男の手にある『白い煙を吐く黒鉄の短杖』、そして自分の背負い袋から血のように流れ落ちる『神の秘宝』を交互に見つめていた。
俺の長い耳が、前世の屈辱と煮えたぎる怒りでワナワナと震え始めた。
(あ、あの雷のような轟音……オレンジ色の閃光……そして音よりも速く飛んでくる、目に見えない黒い弾丸……!!)
俺のゴブリンの脳内において、すべての謎が完璧に繋がった。
(間違いない……あれは前世で腹ペコだった俺様の胸を撃ち抜きやがった、魔王軍幹部の秘術【黒弾の黒魔法】だ!!)
俺は血走った黄色い目で、目の前の三人の人間を睨みつけた。
(そういうことか……! この世界で異常にレベルが上がりやすい理由も、街中がアンデッドだらけなのも全部繋がったぞ! まだ顔も見たことがねえあのケチな『魔王』の野郎、俺様が下働きになるのを断ったのを根に持って、俺様にトドメを刺すために手下どもに【黒弾の魔導具】を配ってこの世界まで追いかけてきやがったんだ!!)
(しかも魔王の手下どもめ、前世で空きっ腹の俺様を卑怯にも黒弾で撃っただけじゃ飽き足らず、この世界で俺様の神聖な秘宝まで撃ち抜きやがったなァァァアアッ!!)
《固有状態【甘党の逆鱗】が発動! 全ステータスが一時的に『2倍』に跳ね上がります!》
「グガアアアアアアアアアアアッ!!」
(絶対に許さねえ!! 前世は腹ペコだったから負けたが、今の俺様は秘宝を食ってレベル26なんだよ! この世界の秘宝を全部食って最強になり、てめえら魔王軍もまだ見ぬ魔王も全員ミンチにしてやるぜえええっ!!)
「な、なんだこいつの鳴き声は!? う、撃て、早く撃ち殺せ――え?」
ハゲ頭の男が指を動かすより先に、俺の姿は消えていた。
瞬きする間に、俺は男の懐の真下に潜り込んでいた。
俺の後ろでは、気弱な鞄持ち(ハルト)が見ている。同じ人間の頭を叩き割ったら、ハルトが驚いて気絶して地図を読めなくなってしまうため、俺は『鉤爪付きの鉄の棍棒』の鋭い爪ではなく、平らな腹の部分を使って下から上へと振り抜いた!
――ガキィィィンッ! バキョッ!!
下からの一撃で、ハゲ頭の男の右手首の骨を砕き、男が握っていた『黒弾の魔導具』を空中へ弾き飛ばす!
さらに返す鉄の棍棒の横薙ぎで、蛮刀を構えていた三人目の男の両脛を打ち据えて地面へ叩き伏せた!
「ぎゃあああああああっ!? う、腕が折れたァッ!!」
だが、俺が二人を同時に沈めて着地した、その瞬間だった。
白い鉄の荷馬車の車輪の陰にいた『二人目の魔王の手下』が、俺の背後にいたハルトの無防備な胸へ向けて、もう一本の『黒鉄の短杖』の先端を突きつけたのだ!
しかも雷鳴のような音を聞きつけて鉄箱の下から這い出してきた二体のアンデッドが、ハルトの足首に後ろからしがみついた!
「くたばれメガネ野郎! てめえが死ねばその化け物も止まるだろ!!」
俺とハルトの間は少し離れている。空中にいた俺は、すぐには飛び込めない!
(まずい! 伏せろ鞄持ちィィッ!!)
「ゴブゥゥゥーッ!!」
俺が絶叫した、その刹那だった。
ハルトの目のガラス(メガネ)の奥の瞳から、怯えの色が消えた。
(いつもゴブに守られてばかりの足手まといじゃダメだ……!)
ハルトの胸の中で、熱い覚悟が弾けた。
(ゴブは僕を守るために銃弾を受けてまで戦ってくれている! 僕はゴブの主人なんだ、僕も一緒に戦ってこの世界を救うんだ!!)
ハルトは足首のアンデッドを力任せに振り払って石の道の上に飛び込むと、先ほど俺がハゲ頭の男の手から弾き飛ばして地面に落ちていた『黒鉄の短杖』を両手で拾い上げた!
ハルトは生まれて一度もそんな魔導具を使ったことはなかったはずだ。
だが、ハルトは震える両手で柄を強く握りしめ、片目を閉じて、その突起を三回連続で引き絞った!
――ズガァンッ! ズガァンッ! ズガァンッ!!
激しい反動でハルトのメガネが鼻からずれ落ちた。
しかし、放たれた一発目と二発目の黒弾は、ハルトの足に噛みつこうとしていた二体のアンデッドの頭蓋骨を正確に吹き飛ばし――三発目の黒弾は、ハルトを撃とうとしていた二人目の手下の右肩を撃ち抜いて、その手から黒鉄の短杖を叩き落としたのだ!
「ぐあああああっ!? か、肩がァッ!!」
《【従魔契約】により、主従の共同戦闘行動が記録されました!》
《契約主『ハルト』が経験値を獲得し、レベル1から『レベル2』に上昇しました!》
道に静寂が戻り、地面に転がる三人の手下どものうめき声だけが響いた。
ハルトは石の道の上に尻餅をついたまま肩で息をし、白い煙の立ち昇る黒鉄の短杖を両手で握りしめていた。
そして俺は――少し離れた場所に立ったまま、文字通り『石化』してハルトを見つめていた。
俺は頭を吹き飛ばされた二体のアンデッドを見、次に肩を押さえて転がる魔王軍の手下を見、最後に白い煙を吐く【黒弾の魔導具】を構えているハルトを見た。
(な……な、なんだと……!?)
俺の緑色の長い耳が、あまりの衝撃にピンッと垂直に立ち上がった。
(このレベル1のモヤシ人間……秘宝のダンジョンを見つける能力だけじゃなく、魔王軍の幹部が使う【黒弾の魔導具】をたった一度見ただけで使い方を完全に理解し、敵から奪い取ってその場で3連射して俺様の背後を守りやがっただと……!?)
俺はゴクリと生唾を飲み込み、ハルトを見る目を百八十度改めた。
(ただのひ弱な地図読みの鞄持ちだと思っていたが……なんてこった、俺様の案内役は、魔王軍の黒魔法すら一瞬で自分のものにする『黒魔法の天才魔導師』だったのか!! こいつが後ろからその黒弾魔法で援護してくれれば、俺様は心置きなく秘宝を食いながら前線で暴れられるじゃねえか!!)
俺が感動に震えながら無言でハルトを見つめていると、ハルトは申し訳なさそうに黒鉄の短杖を下ろして言った。
「ご、ごめんよゴブ……! 僕は道案内だけをする約束だったのに、勝手に銃なんて使っちゃって。でも、僕も君の相棒として、これからはこの銃を使って君の背中を守るよ! 僕も一緒に戦っていいかな?」
俺は大股でハルトの前まで歩み寄ると、小さな緑の拳でハルトの膝をドン!と誇らしげに叩き、彼が持っている二本の黒鉄の短杖を指差して力強く頷いてみせた。
「ゴブッ! グガ、ゴブゴブ!!(何を謝ることがあるか、でかしたぞ俺様の最強の『黒魔導師兼鞄持ち』よ!! その二つの黒弾の魔導具をしっかり持っておけ! 俺様の袋を狙う魔王の手下どもを後ろからバンバン撃ち抜くんだ、俺様が魔王の首まで連れて行ってやるぜ!!)」
ハルトの顔が、パァッと明るい感動に輝いた。
「ありがとう、ゴブ! 君なら僕の気持ちを理解してくれるって信じてたよ! よし、これからは僕の『銃』と、君の『守護精霊の力』を合わせて、日本中のゾンビを一匹残らず浄化していこう!」
こうして、自分のことを「聖なるペットと共に世界を救う選ばれし英雄」だと思い込んだレベル2の人間は、二本の黒鉄の短杖と予備の弾が入った小箱を腰の帯に差し込んだ。
その間に俺は、地面で泣き叫んでいる三人の魔王の手下どもの足首を丈夫な縄で縛り上げ、高い鉄の柱の上からミノムシのように逆さ吊りにしてやった(ハルトが「人間を殺さないなんて、やっぱりゴブは優しいね!」とまた何か勘違いして拍手していたが、単に血で荷馬車が汚れるのが嫌だっただけだ)。
俺が白い鉄の荷馬車の隣の席に飛び乗り、穴の開いた金色の箱から救出した最後の柔らかい秘宝を舐めていると、ハルトが丸い舵の前に座って鉄の荷馬車に命を吹き込んだ。
白い鉄の荷馬車は獣のような唸り声を上げて走り出し、西へと続く石の道をまっすぐに突き進んでいく。
前方の透明な氷の板の向こう、灰色の空の下には、高い塔と石の壁に囲まれた巨大な要塞――『SSランクダンジョン(中央チョコレート工場)』の姿がすでに迫っていた。
俺の黄色い瞳が、獰猛な飢えでギラリと光った。
あの城塞の中には、巨大な大釜いっぱいの神の秘宝が眠っている。もしそこに魔王軍の上級幹部どもが待ち構えているというのなら、飢えでキレたゴブリンと、黒魔法を覚えた鞄持ちの恐ろしさを骨の髄まで思い知らせてやるだけだ。




