第30話:親友の盾になった丸腰のハルトと、ゴブリンの誇り!
『グハハハハハハハッ!! 見苦しい、実に滑稽な見世物だな!!』
壇上から魔王ヴァルガロスが一歩ずつ階段を降りてくると、その右手に全長三メートルもの禍々しい『黒雷の大剣』が顕現した。
『やはり我が睨んだ通りだ! あの奇妙な菓子が切れれば、貴様はさっき沼地でゾルゴンに撃たれた時と同じ、腹ペコの無力な小鬼に過ぎん! そしてそこの人間も鉄玩具の弾が尽きたようだな! まずはその邪魔な人間の虫けらから真っ二つにしてくれる!!』
魔王ヴァルガロスが大剣を片手で軽く振り抜くと、床を抉りながら迫る巨大な『黒い雷の斬撃波』が、丸腰のハルトの胸板へ向かって音速で飛来した!
武器を失ったレベル25のハルトには、レベル80の魔王の一撃を避けることなど到底できない!
(チッ、クソッタレがァッ!! いくら今やチョコ一つ出せねえ役立たずの荷物に成り下がったとはいえ、このメガネが死んだら【従魔契約】の逆流の呪いで俺様まで道連れになっちまうだろうが!!)
「グガアアアアアアアッ!!」
俺は空腹で震える両足に鞭打ってハルトの前へと飛び出すと、片足でハルトの尻を蹴飛ばして横へ突き飛ばし、愛用の『鉤爪付きの鉄の棍棒』を胸の前に十字に構えて、魔王の黒雷の斬撃を正面から受け止めた!
――ズガアアアアアアアアアンッ!!!!
凄まじい衝撃に、俺の百三十五センチの軽い体は黒曜石の床を十メートルも後ろへと押し滑らされた!
胃袋の中に秘宝のカロリーが1ミリも残っていないせいで【小鬼王の極厚皮】も【自動治癒】も働かず、俺の両腕と胸板が深く切り裂かれて濃い緑色の血がブシャッ!と床に飛び散り、俺はたまらず片膝を石床についた!
「ゴ、ゴブウッ……グガァッ……!!(い、痛え……! クソッ、沼地の時も今も、俺様が腹ペコで力が出ねえ時ばっかり狙いやがって、この卑怯者の魔王め……! 腹の中にチョコが一欠片でもあれば、てめえなんか一撃でミンチにしてやるのに……!!)」
鉄の棍棒を杖にして立ち上がろうとしたが、極度の空腹で視界がチカチカと霞み、膝がガクガクと震えて力が入らない。
『終わりだ、思い上がった小鬼め』
いつの間にか俺の目の前五歩の距離まで迫っていた身長三メートルの魔王ヴァルガロスが、俺の小さな頭蓋骨を真っ二つに叩き割ろうと、黒雷の大剣を両手で頭上高く振りかぶった。
『素直にゾルゴンの鉄靴を舐めていれば、泥水くらいはすすらせてやったものを。塵へと還れ!!』
今の腹ペコの俺には、棍棒を振り上げる力も、横に跳ぶ力も残っていなかった。
俺は奥歯を噛み締めて衝撃に備えた。
だが――魔王の大剣が振り下ろされる、そのコンマ一秒前だった。
――タタタッ……ドンッ!!
誰かが俺の横を駆け抜け、片膝をつく百三十五センチの俺のすぐ目の前に飛び出すと、なんと『丸腰のまま両腕を大きく広げて』、俺を背後に庇うように魔王の真正面に立ち塞がったのだ!
俺は黄色い目を大きく見開いた。
俺の目の前にあったのは、俺がさっき「役立たずの荷物」と罵ったばかりの鞄持ち――ハルトの背中だった。
ハルトの手には武器一つない。
レベル80の魔王の殺気を正面から浴びて、ハルトの両膝は今にも折れそうなほどガクガクと激しく震えていたが、それでも彼の両足は石の床をしっかりと踏みしめ、一歩たりとも退かなかった。
「ゴ、ゴブッ!? グガ、ゴブゴブ!?(な、何やってんだてめえ、バカ鞄持ち!? そこをどけ、てめえはたったのレベル25で丸腰なんだぞ! そんな柔らかい人間の体であの大剣を食らったら、一撃で真っ二つになって死ぬぞ!!)」
するとハルトは、肩越しに俺の方を少しだけ振り返った。
煤で汚れた目のガラス(メガネ)の奥から大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちていたが、その顔には、今まで見た中で一番誇らしげで真っ直ぐな笑顔が浮かんでいた。
「逃げるんだ、ゴブ!!」
ハルトは広げた両腕を下ろすことなく、喉が裂けんばかりの大声で叫んだ。
「僕を置いて、君だけでも逃げてくれ、僕の最高の親友よ!! 僕は弾もチョコも全部なくして、文字も読めない『ただの役立たずの足手まとい』になっちゃったのに……それでも君は今、僕なんかを守るために魔王の剣の前に飛び出して、その緑の血を流してくれたんだね!!」
ハルトは迫りくる死の恐怖を振り払うように奥歯を噛み締め、魔王の大剣を自分の胸で受け止める覚悟で足を踏ん張った。
「だったら今度は、僕が君の『盾』になる番だ!! 僕がこの体で、三秒でも五秒でも魔王の剣を止めてみせる! ゴブはただお腹が空いて力が出ないだけだって、僕は一番よく知ってるんだ! だから今のうちに城の外へ逃げて、何でもいいから食べてお腹をいっぱいにするんだ! お腹がいっぱいになった君なら無敵だから、きっとまた戻ってきてこの魔王に勝てる! だから今は生きてくれ、僕のかけがえのない親友おおおおおっ!!」
俺は息を呑み、目の前で震えながら立ち塞がるその人間の小さな背中を凝視した。
(こ……このド阿呆め……!! 自分の柔らかい体じゃ一秒も持たずに死ぬって分かってるくせに、俺様のことを本気で『親友』だと思い込んで、俺様を逃がすために丸腰でレベル80の魔王の剣の前に立ちやがっただと……!?)
『くだらん茶番だ!! ならば望み通り、主従まとめて串刺しにしてくれるわあああっ!!』
魔王ヴァルガロスが嘲笑とともに、黒雷の大剣を丸腰のハルトの脳天へ向かって真っ直ぐに振り下ろした!
その瞬間、俺の小さな緑色の胸の奥で、何かが音を立てて弾けた。
逃げる? 冗談じゃねえ!
たとえ腹ペコで死ぬことになろうが、俺様のために命を投げ出したこの最高にイカれた俺様専属の鞄持ちに、あの魔王の指一本たりとも触れさせてたまるかよ!!
「グガアアアアアアアアアアアアアッ!!(寝言を抜かすんじゃねえぞ、バカ鞄持ちィィッ!! 自分の鞄持ちを一人で見殺しにして逃げる【ゴブリン・ゴッド】様が、どこの世界にいるかボケェェェッ!!)」
俺は空腹で震える百三十五センチの体を限界まで跳躍させ、ハルトの頭のすぐ上へと割り込むと、振り下ろされたレベル80の魔王の黒雷の大剣を、愛用の『鉤爪付きの鉄の棍棒』一本で真正面から受け止めたのだ!!




