第23話:地上四十メートルの急襲と、黄金に染まる救済の空
研究所の扉の前では、ハルトが煙を吐く長杖を構えたまま、ポカンと口を開けて立ち尽くしていた。
(い、一万トンの貨物船の巨大な錨と鎖を素手で海から引き抜いて、ムチみたいに振り回してミサイル四発とレベル25の変異種五十体を一撃で全滅させちゃった……!?)
ハルトは目のガラス(メガネ)の奥の瞳をキラキラと輝かせ、感動に胸を震わせた。
(しかも、爆発したミサイルの破片が一つも研究所や僕に当たらないように、わざわざ海の方へ弾き返してくれたんだ! 人類の希望である特効薬を守るためなら、船の錨すら武器にしてしまうなんて……なんて気高くて優しい守護精霊なんだ、ゴブは!!)
一方、高さ三十メートルの空に浮かぶ双頭鉄竜の中では、魔王クロサキが血の気の引いた顔で目を剥いていた。
『ば、馬鹿なあああああっ!? 重さ三十トンの貨物船の錨鎖をヌンチャクみたいに振り回して、対艦ミサイル4発を叩き落としただと!? な、なんだあの緑色の悪魔は!! 高度を上げろ、早く逃げながら30ミリ機関砲と残りのロケット弾を全部撃ち込めえええっ!!』
――ガガガガガガガガガガガガッ!!
空飛ぶ鉄竜の顎の下についた三連の回転杖から、俺の頭よりも太い炎が噴き出し、一発で戦車の装甲すら貫く『特大の爆裂黒弾(30ミリ榴弾)』の豪雨が甲板の上の俺へと降り注いだ!
(逃がすかよ魔王め! 俺様の秘宝に手を出した罰として、その鉄竜の羽をむしり取って地面に叩き落としてやるぜ!!)
俺が錨の鎖を船の柱に巻きつけて膝を曲げたその時、下の桟橋からハルトが力強い声で叫んだ!
「ゴブ、あいつを逃がすわけにはいかない! 僕が銃でヘリの動きを止めるから、僕たちの『友情の力』で一気に決めるんだ!!」
――ドゴォォォン! ドゴォォォン!!
『レベル15』のハルトが下から放った二発の【特大の黒弾】が、空飛ぶ鉄竜の尻尾についていた『小さな回転羽』の根元を正確に撃ち抜き、鉄竜の巨体が空中でグラリと大きく傾いた!
《契約主『ハルト』の精密射撃により、敵の飛行魔導具の機動力が封じられました!》
「ゴブァァァアアアアアッ!!(ナイス援護だ、俺様の最強の黒魔導師よ!!)」
――ドォォォォンッ!!
俺が甲板の鉄板を踏み抜いて垂直に跳び上がった瞬間、俺の百三十センチの体は緑と赤の砲弾となり、降り注ぐ30ミリ爆裂黒弾の嵐のど真ん中を正面から突き抜けて、高さ四十メートルの空へと一足飛びで舞い上がった!
――キンッ! カンッ! ボフンッ! チャリンッ!!
空中で何十発もの爆裂黒弾が俺の顔面や腹に直撃して火球を上げるが、【小鬼王の極厚皮】と【黒魔法完全支配】の前では、ただの心地よい夜風と変わらない!
俺は黒煙を突き抜け、空中で傾いた双頭鉄竜の『透明な氷の顔面(防弾コックピットガラス)』のど真ん中に、両足でドォン!と仁王立ちで着地してやった!
氷の板一枚を隔てたわずか二十センチ先で、魔王クロサキが裏返った悲鳴を上げた。
『ひ、ひぃぃぃぃっ!? 地、地上から四十メートルの空までジャンプしてヘリの窓に乗ってきただと!? ま、待て化け物、食料でも金でも何でもやるから命だけは――!!』
「ゴブッ! グガ、ゴブゴブ!!(てめえの命なんぞ興味ねえよ、ハルトが気絶するからな! だが俺様の秘宝を海に沈めようとした罪として、てめえもあっちの柱で干し肉になっとけ!!)」
俺は腰から抜いた愛用の『鉤爪付きの鉄の棍棒』の曲がった先端を、鉄竜の分厚い防弾ガラスの隙間にガツン!とねじ込むと、片手で缶詰の蓋を開けるようにベリィッ!と窓ごと引き剥がした!
そして左手で魔王クロサキと操縦士の襟首をまとめて引っ掴んで外へ引きずり出すと、右手の鉄の棍棒で無人になった鉄竜の背中を【暴食の痛撃・極】で真下へ殴り飛ばして遠くの空き地へ墜落させ、俺はクロサキたちを小脇に抱えたまま桟橋へとふわりと着地して、戦車兵たちの横に並べて逆さ吊りにしてやった!
《反乱軍最高司令官『黒崎将軍(Lv.22)』および重攻撃ヘリを完全無力化しました!》
《ロイヤル・ミルクチョコレート契約ボーナス(獲得経験値4倍)が適用されます!》
《レベルアップ! Lv.76 ➔ Lv.79 ➔ 『レベル82』に上昇しました!!(基礎ステータスがすべて750を突破!)》
《共同戦闘により、契約主『ハルト』がレベル15から『レベル18』に上昇しました!》
俺が逆さ吊りにした魔王の足首の縄をキュッと締めてやった――まさにその瞬間だった。
――フゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーッ!!
俺たちの後ろにそびえ立つ白い石の城(国立バイオ研究所)の屋上から、港全体に澄み切った美しい鐘のようなサイレンの音が鳴り響いた!
見上げれば、研究所の屋上の巨大な鉄の扉が左右に大きく開いていた。
そこから何百羽もの『白い鉄の怪鳥(大型散布ドローン)』が一斉に夕空へと飛び立ち、さらに屋上の四本の巨大な煙突から、甘い神の秘宝の香りがする『キラキラと輝く黄金色の霧』が、空高くへ向かって巨大な光の柱のように噴き上がったのだ!
俺様の【腐肉食 Lv.MAX】の聖なるヨダレから培養・精製された人類救済の秘薬――【広域エアロゾル特効薬】だった!
海風に乗ったその黄金色の霧が、横浜港と背後の街並み全体を優しい光のベールのように包み込んでいく。
すると、俺たちの目の前で信じられない光景が起きた。
港の外のフェンスの向こうでうめき声を上げていた何百体ものアンデッドたちが、空から降り注ぐ黄金の霧に触れた瞬間――その体から黒い瘴気の煙がシュウウウッと浄化されるように消え去り、血走っていた目から狂気が消えて、その場に眠るように静かに倒れ込んで完全に無害化されたのだ!
同時に、研究所の屋上のラッパから、白髪の老学者の涙ながらの歓喜の声が横浜港全体に響き渡った!
『――成功だあああああっ!! 小さな皇帝様の抗体から完成したエアロゾル特効薬が、空気中のゾンビウイルスを100パーセント完全に消滅させました!! すでに大型ドローン部隊が日本全国の気流へ特効薬の散布を開始し、さらに世界中の生存者基地へ衛星回線で特効薬の合成データを送信完了しました! 皆さん、悪夢は終わりました! 今日この瞬間、人類はゾンビパンデミックに打ち勝ったのです!!』
「うおおおおおおおおおっ!!」
研究所の窓という窓から白い衣の学者たちが身を乗り出し、割れんばかりの拍手と歓声が夕暮れの空にこだました。
ハルトは石の道の上に膝をつき、黄金色の粒子が舞い散る美しい空を見上げて、メガネの奥から大粒の涙をポロポロとこぼしながら俺の小さな緑色の体を力いっぱい抱きしめた!
「やった……やったよ、ゴブ!! 君と僕の『友情の絆』が、日本だけじゃなく、本当に世界中の人たちを救ったんだ!! ありがとうゴブ、君は人類の歴史上一番偉大な、最高の英雄だよ!!」
俺は泣きじゃくるハルトの頭を「よしよし」と適当に撫でてやりながら、鼻をヒクヒクさせてすぐ目の前の桟橋を見上げていた。
(おう、てめえも後ろからよく撃ったぞ、俺様の優秀な黒魔導師兼鞄持ちよ! だが世界の平和だのなんだのはどうでもいい、白い衣のじいさんどもの仕事が終わったなら、いよいよ俺様が『本当の戦利品』をいただく時間だぜ!!)
俺がヨダレを拭っていると、研究所から飛び出してきた代表の老学者が、金色の小さな魔導箱(開閉リモコン)を手に俺の前へ駆け寄り、俺の頭の『黄金の王冠』に向かって地面に額をこすりつけた!
「気高き小さな皇帝様、そして若き英雄様! 全人類を代表して心より感謝申し上げます! どうぞお約束通り、世界を救ってくださったお礼として、この巨大貨物船に眠るすべての宝をお受け取りください!!」
老学者が金色の箱のボタンを押した。
――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
目の前に停泊する黒鉄の浮遊要塞の甲板で、巨大な四枚の鉄の扉がゆっくりと左右に開け放たれた!
その瞬間、船底から黄金色の光とともに立ち昇ってきたのは、これまで嗅いだどんな秘宝よりも濃密で神々しい、天上の楽園そのものの香りだった!
俺が甲板の手すりまで跳び上がって船底を覗き込むと――なんと王城の広場四つ分はある超巨大な船底の隅から隅まで、金色の皮に包まれた『極上ロイヤル・ミルクチョコレートの山』や『香ばしい木の実入りチョコの巨塔』、さらには温かい『最高級生チョコレートのプール』が、文字通り【一万トン】もの巨大な黄金の山脈となって眠っていたのだ!!
「ゴ、ゴブゥゥゥゥゥーーーーーッ♡♡(これだあああああっ!! これこそが【ゴブリン・エンペラー】様にふさわしい、一万トンの神の秘宝の山だぜえええっ!!)」
俺は黄色い目をハート型に輝かせ、百三十センチの体を丸めて、高さ二十メートルの甲板から一万トンのミルクチョコレートの山脈のど真ん中へと頭から豪快に飛び込んだ!
――ザバアアアアアアアンッ!! バリボリッ、モグモグ、ゴクンッ!!
俺はチョコレートの海の中をモグラのように泳ぎ回りながら、両手と大口をフル稼働させて、世界中の王族のために作られた最高級の神の秘宝を猛烈な勢いで胃袋(魔力炉)へと詰め込みまくった!
《超高純度の神話級供物を大量摂取!!》
《人類救済の偉業ボーナスおよび契約ボーナス(獲得経験値4倍)が最大共鳴!!》
《レベルが限界を超えて急上昇します! Lv.82 ➔ Lv.88 ➔ Lv.94 ➔ ――》
俺の体内で魔力炉が太陽のように燃え上がり、俺のレベルがこの世の理の頂点である『レベル100』の大台へと手をかけた――まさにその瞬間だった。
――ドクンッ!!
突然、俺の緑色の胸のど真ん中が、焼けるように熱く脈打った。
それは前世のエルドリアの沼地で、三日間何も食えず腹ペコだった俺が魔王軍の下働きになるのを断った時、黒い鎧を着た『魔王軍の幹部魔族』から黒鉄の短杖で撃ち込まれた、あの胸の古傷の場所だった!
俺の胸の皮膚の表面に、今まで一度も浮かび上がったことのなかった『黒と黄金が絡み合う古代魔族の紋章』がギラリと浮かび上がり――船の上の空間そのものが、バリバリバリッ!とガラスのように音を立ててひび割れ始めたのだ!




