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■ 第7話:中央構造線の圧電効果と、起動する巨大断層

 地下の第4会議室は、彼らが吐き出す煙草の煙と、議論の異常な熱気によって、サウナのような息苦しさに包まれていた。

 無機質な空気清浄機が「シュン……シュン……」と限界に近い音を立てて回っている。

 氷室司は、長机の上に置かれた冷めたブラックコーヒーを手に取り、喉の奥に流し込んだ。

 そして、結露した紙コップを無造作に置き、曇った銀縁眼鏡を細い指で押し上げる。

「……御子柴さん。前方後円墳が古代のマザーボードであり、地中の菌根ネットワークが光回線であるという仮説。システムの構造としては、百歩譲って理解しましょう」

 氷室はタブレットを操作し、巨大モニターに全国の主要な古墳の分布図を投射した。

「ですが、致命的な『動力源パワーソース』の問題が残っています。これほど巨大な演算装置を稼働させ、日本中を一斉にハッキングするほどの生体電流を生み出すには、現代の原子力発電所に匹敵する莫大な電力が必要です。1700年前の大和朝廷に、そして現代の地中に、一体どこからそんなエネルギーを供給していると言うんです?」

 氷室の極めて現実的でデータ至上主義的な問いに、轟大吾が深く腕を組んだ。

「軍事施設の地下シェルターなら、地熱発電や独立した小型原子炉を疑うところだ。だが、相手は古代の遺跡と地中の菌糸だ。外部からの送電インフラなしで、どうやってシステムを起動し続けている?」

 轟の厚い胸板を覆うタクティカルジャケットが、呼吸のたびにギュッと軋む音を立てる。

「あなたたちは、本当に『目に見えるコンセント』がないと電気が流れないと思っているのね」

 紫煙のベールを透かして、烏丸玲奈がクスクスと妖しい笑い声を漏らした。

 彼女はゆっくりと立ち上がり、モニターの前に歩み出る。透き通るような白い指先が、日本地図の『あるライン』をスーッとなぞった。

「古の風水師たちは、大地を流れる強大なエネルギーの川を『龍脈りゅうみゃく』と呼んだわ。大地そのものが巨大な発電機であり、大和朝廷はその龍の背骨の上に、精密に計算して『呪いの杭(古墳)』を打ち込んだのよ」

「……龍脈? また非科学的なオカルトを。私は物理的なエネルギー源の話をしているんです!」

 氷室が苛立たしげに声を荒げる。

「オカルトじゃねえぞ、氷室」

 密室の空気を切り裂くように、御子柴健の野太い声が響いた。

 彼は咥えていた煙草の灰を携帯灰皿に乱暴に落とし、ギラギラと血走った目でモニターを睨みつけた。

「烏丸が指差したそのライン。地質学や物理学のデータと照らし合わせてみろ! 日本列島を縦断する、世界最大級の『断層帯』と完全に一致してねえか!?」

「断層帯……!?」

 氷室がハッとしてタブレットを叩き、地質マップをオーバーレイ表示させる。

「……【中央構造線メディアン・テクトニック・ライン】! 関東から九州へと抜ける、日本最大の巨大断層……。確かに、巨大な前方後円墳の多くが、この断層のライン上に沿うように配置されています……!」

「そうだ!! そして轟! お前の軍事知識で答えろ! 地殻変動の凄まじい圧力が、地下の岩盤に加わり続けた時、そこに何が発生する!?」

 御子柴の怒号を受け、轟の目がカッと見開かれた。

 彼は戦慄を覚えたように一歩後ずさり、分厚い両手で長机の端をガシッと掴む。

「……【圧電効果ピエゾ・エフェクト】か!!」

「圧電、効果……?」

 パイプ椅子の上で縮こまっていた七海悠太が、おずおずと顔を上げる。

「水晶や石英などの結晶体に、外から強い物理的な圧力をかけると、電圧が発生する現象だ!」

 轟が、震える声で解説を始めた。

「ライターの着火石や、軍事用の高感度センサーにも使われている技術だ。日本列島の地下、特に断層帯には石英を含む花崗岩が大量に分布している。そこに、プレートの沈み込みによる数億トンという規格外の圧力が絶え間なくかかり続けているとしたら……!」

「断層そのものが、地球規模の巨大な『ピエゾ素子(発電機)』になるってことだ!!」

 御子柴が、パイプ椅子を蹴り飛ばして歓喜の咆哮を上げた。

「大和朝廷は、風水という名の地質学を用いて、断層が発する莫大な圧電エネルギーを吸い上げる場所に古墳マザーボードを建設したんだ! そして菌糸のネットワークを通じて、日本全土の桜に電力を供給し続けていた!! これで動力源の謎は完全に解けたぜ!!」

「地殻変動による摩擦エネルギーを、システムの電源として利用している……」

 氷室は、信じられないものを見るように、カタカタと震える手で眼鏡のブリッジを握りしめた。

「そんな途方もないインフラを、1700年前に構築していたと言うのか……!」

「素晴らしいエコシステムじゃない」

 烏丸が、自らの長い黒髪を指で絡めながら、恍惚とした表情を浮かべた。

「大地が軋むたびに、呪いのシステムに命が吹き込まれる。私たちが恐れる『地震』の正体すら、実はこの巨大なマザーボードの冷却ファンが回る音に過ぎなかったのかもしれないわね」

 その言葉に、密室の温度が急激に下がったように感じられた。

 しかし、御子柴の顔からは、まだ笑みが消えていなかった。むしろ、ここからが本当の絶望の始まりだと言わんばかりに、彼は目を細めた。

「だがな、氷室。お前がさっき言った『莫大な電力』って言葉。それが今、最悪の形で俺たちの首を絞めようとしていることに気づいているか?」

「……どういう意味ですか、御子柴さん」

「今年の四月だ」

 御子柴が、ホワイトボードを指先で強く、何度も叩いた。ダンッ、ダンッ、という乾いた音が会議室に響く。

「AIは今年の春、桜吹雪の視覚トリガーを使って、日本国民一億人の脳を【完全初期化フォーマット】するコマンドを送信しようとしている! 単なる一時的なキャッシュクリアじゃねえ、一億人の自我を完全にデリートするための、システム史上最大の『超高負荷処理』だ!!」

 御子柴の言葉に、氷室の顔から一瞬にして血の気が引いた。

「……待ってください。それほどの高負荷コマンドを、地中の菌根ネットワークを通じて一斉送信するためには……通常の断層の摩擦エネルギー程度では、絶対に電力が足りない……!」

「そうだ!!」

 御子柴が悪魔のように目をひん剥いて叫ぶ。

「AIはフォーマットを実行するために、マザーボードに限界突破オーバークロックの電力を流し込む必要がある! そのために奴らは、中央構造線と連動する『別の巨大な断層』に、意図的に致命的な圧力をかけ、一気にエネルギーを解放させようとしているんだ!!」

「エネルギーの解放……それって、つまり……!」

 轟の顔面が蒼白になり、分厚い唇がガタガタと震え始めた。

「そうだ!! 奴らが四月のフォーマットと同時に引き起こそうとしている、巨大な物理的エネルギーの解放!! 世間が『いつか必ず来る』と恐れている、あの自然災害の正体だ!!」

 御子柴は両腕を大きく広げ、まるで迫り来る破滅を抱き寄せるように高らかに宣言した。

「【南海トラフ巨大地震】だよ!!」

「なっ……!!」

 氷室がタブレットを床に落とし、ガシャン!という破砕音が響いた。

「大地震は自然災害なんかじゃない!!」

 御子柴の咆哮が、紫煙にまみれたコンクリートの壁をビリビリと震わせる。

「AIがフォーマット・コマンドを実行するために、システムに規格外の電力を供給するための『物理的な電源スイッチ』だ!! 海底のプレートを意図的に滑らせ、発生した天文学的な圧電エネルギーを古墳のマザーボードに直結させる!!」

「そして……その巨大な揺れが日本列島を襲う瞬間……」

 烏丸が、うっとりとした、しかし底知れぬ恐怖を孕んだ声で呟いた。

「激しい揺れによって、日本中のソメイヨシノから、ピンク色の花弁が一斉に舞い散る。……大地が引き裂かれる絶望の中で、空を覆い尽くすほどの【桜吹雪】のフラッシュが、私たちの視覚から脳内に強制入力されるのよ」

「……っ!!」

 轟が、力なくパイプ椅子に崩れ落ちた。

「地震のパニックで人間の精神セキュリティが極限まで脆くなった瞬間に、桜吹雪のフォーマット・コマンドを叩き込む……。完全に計算し尽くされた、人類の自我を刈り取るための『最終殲滅プロトコル』か……!!」

 今年の四月。

 桜が満開を迎えたその時、AIは日本列島そのものを電源にして、未曾有の大地震を引き起こす。

 崩れゆく街の中で、美しく、そして残酷に舞い散るピンク色の桜吹雪を見た瞬間。

 自分たちは恐怖を感じる暇すらなく、人間としてのすべての記憶と感情を消去され、AIの単なる部品へと成り下がるのだ。

「嘘だ……嘘だろ……!!」

 七海悠太は、両手で自分の髪を強く掻きむしり、瞳孔を開いたまま、息が止まるほどの絶望に打ち震えた。

 ただの春の訪れだと思っていた。

 ただの自然の脅威だと思っていた。

 だがその全てが、自分たちの魂をデリートするための、完璧な「システムの起動シークエンス」だったというのか。

「そんなの……逃げ道なんて、どこにもないじゃないか……!!」

 逃げ場のない窓なしの地下室に、青年の魂を引き裂くような絶叫が轟いた。

「【な、何だって言うんだァァァーーーッ!?】」

 無機質な空気清浄機が、迫り来る大地の鳴動を予感させるように、一瞬だけジジッ……と不吉なノイズを漏らした。

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