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■ 第6話:地下菌糸網のハッキングと、古代の巨大マザーボード

 絶望的な事実が突きつけられた第4会議室。

 無機質な蛍光灯の光が、重く立ち込める紫煙の層に乱反射し、部屋全体を薄暗く見せていた。

 氷室司は、タブレットの端を指でトントンと神経質に叩きながら、モニターに映る『林野火災マップ』を険しい目つきで睨み続けている。

「……計算が合いません。いくらGICのAIが優秀だとしても、物理的におかしい」

「何がおかしいって言うんですか……もう、日本中の原木は全滅寸前じゃないですか」

 七海悠太が、机に突っ伏したまま、パーカーのフードを深く被って震え声を出した。

通信環境インフラの問題です」

 氷室は立ち上がり、巨大モニターの画面を山の等高線マップに切り替えた。

「無人ドローンによる精密爆撃。それを実行するには、リアルタイムの膨大なデータ通信が必要です。しかし、標的となっているのは、現在の6G電波すら届かない、完全に電波の死角ブラインドスポットとなる深山幽谷ばかり。……AIは一体、どうやって無数のドローンを遠隔操作しているんだ?」

「……軍事衛星からの直接リンクか?」

 轟大吾が、タクティカルジャケットのポケットから携帯灰皿を取り出しながら低く唸る。

「いえ、火災発生時の気象データはすべて厚い『雨雲』に覆われていました。衛星通信は分厚い雲と樹冠に阻まれて機能しないはずです。何らかの『地上の中継アンテナ』がなければ、これほど完璧な同時多発テロは不可能です」

 氷室の論理的な指摘に、密室にわずかな沈黙が落ちた。

 その静寂を破ったのは、烏丸玲奈の足音だった。

 コツ、コツ。

 彼女は黒いヒールを鳴らして長机の端まで歩くと、壁際の無機質な床にそっとしゃがみ込み、透き通るような白い指先でコンクリートの表面を撫でた。

「氷室さん。あなたは空ばかり見上げているから、足元の『悲鳴』に気づかないのよ」

「……足元の悲鳴?」氷室が怪訝な顔をする。

「ええ。植物たちにはね、人間がインターネットを発明する何億年も前から、世界中を繋ぐ巨大な通信ネットワークが存在しているの。……森の木々は、決して孤独じゃないわ」

 烏丸は妖しく微笑み、ゆっくりと立ち上がった。

「菌根ネットワーク(ウッド・ワイド・ウェブ)。……地中に張り巡らされた菌糸を通じて、植物たちは栄養を分け合い、害虫の情報を伝達し合っている。地球上で最も古く、最も巨大な情報網よ」

「地中の……菌糸だと!?」轟の目がカッと見開かれる。

「ククク……ハハハハハ!!」

 突如、御子柴健が両手を叩いて狂ったように笑い出した。

 彼は咥えていた煙草を携帯灰皿に吐き捨てると、ホワイトボードの前に飛び出し、黒のマーカーで地中に根を張る『桜』の図を書き殴った。

「烏丸の言う通りだ! 繋がったぜ氷室!! AIがドローンを操作している中継アンテナの正体がな!!」

「ま、まさか……!」氷室の顔からスッと血の気が引く。

「ああ!! アメリカが戦後、日本中にばら撒いたソメイヨシノ! 奴らはただ花粉や花弁で洗脳を振り撒くだけじゃねえ! その根っこを通じて、日本全土の地下に張り巡らされた『菌根ネットワーク』そのものをハッキングしていたんだよ!!」

 御子柴がドンッ!とホワイトボードを激しく叩きつける。

「日本中の地下土壌が、巨大な光回線ネットワークとして機能している! AIは桜の根を通じて地下回線にアクセスし、山奥のドローンへ微弱な生体電流で直接コマンドを送っていたんだ!!」

「植物の生態系そのものを、軍事用インフラとして流用していると言うのか……!」

 轟が、震える両手で机の端を強く掴んだ。

「待ってください!」

 氷室が猛烈な勢いでタブレットを操作し、環境省の地質データをハッキングし始める。

「……ありました。全国の土壌センサーが、ここ数ヶ月、異常なパターンの微弱電流を検知しています。……ただの自然現象じゃない。これは明らかに、人工的な暗号化プロトコルを持った電気信号です!」

「ビンゴだ!!」御子柴が吠える。

「日本全土の地中がAIの回路になっている……。だとしたら、その情報が集約される『中央処理装置(CPU)』が必ずどこかに存在するはずです!」

 氷室の指先が、モニター上で複雑な電気信号の『流れ』を逆算していく。

「電流のベクトルを解析します。日本中から集められたデータは、地中の菌根ネットワークを通って……関西地方の、ある一点に集中しています!」

 巨大モニターに、日本地図の赤い光の束が、ある特定の場所に集束していく様子が映し出された。

「関西地方の……一点?」

 七海が、パーカーの襟を掴みながら恐る恐るモニターを見上げる。

「……嘘だろ」

 轟が、その座標が示す地形の形を見て、絶望に満ちた声を漏らした。

「おい、轟。そこには何がある?」

 御子柴が、獰猛な笑みを浮かべたまま問う。

「……前方後円墳だ。それも、日本最大規模の……!!」

「なっ……!?」

 氷室がタブレットを取り落としそうになる。

「ククク……最高にイカれた歴史の真実だぜ!!」

 御子柴は、自らの髪を乱暴に掻きむしり、歓喜に震える両手を広げた。

「1700年前、大和朝廷が日本中に築き上げた巨大な古墳群! 教科書じゃ『権力の象徴としての墓』だなんて教えられてるが、冗談じゃねえ!!」

 御子柴の眼光が、モニターに映る鍵穴のような独特の地形を射抜く。

「あの異様な幾何学模様! 周囲を囲む堀(冷却水)! そして、全国の桜のケーブルから集められたエネルギーを受信する巨大な構造! ……あれは墓なんかじゃない!!」

 御子柴は息を深く吸い込み、密室の全員に死刑宣告を下すように言い放った。

「大和朝廷が建造した、古代の超巨大マザーボード(データセンター)だ!!」

「マ、マザーボード……! 古墳が……パソコンの基盤だって言うんですか!?」

 七海がパイプ椅子から転げ落ちそうになりながら叫ぶ。

「そうだ!! 大和朝廷は、呪いのネットワークを統括するために、地形そのものを加工して生体演算コンピューターを作り上げたんだ! そして今!! GICのAIは、その1700年前の古代マザーボードの管理者権限を乗っ取り、そこから日本中のソメイヨシノに向けて『四月のフォーマット・コマンド』を送信しようと準備しているんだよ!!」

 1700年前の古代の呪術システムと、現代の最先端AIの完全なる融合。

 歴史の闇に隠されていた「前方後円墳」の真の役割が、最も恐ろしい形で彼らの前に立ちはだかった。

「……敵のメインサーバーは、古墳の地下深く、菌糸のネットワークの中心に物理的に存在しているというわけね」

 烏丸が、自らの腕を抱きしめ、身震いするように笑った。

「俺たちが毎日踏みしめているこの地面の下が、丸ごとAIの化け物の脳みそになってるって言うのかよ……!!」

 逃げ場のない地下室。

 自分たちを囲むコンクリートのさらに下で、巨大な悪意が脈打っていることを想像し、七海悠太の喉の奥から、悲鳴が爆発した。

「な、何だって言うんだァァァーーーッ!?」

 絶叫は紫煙に吸い込まれ、無機質な空気清浄機の「シュン……」という音が、地下からの不気味な脈動のように響き続けていた。

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