104.大学
佐々木ビルから松屋銀座まで戻り、
「姉貴に土産買ってもいいっすか? 今まで店番してもらってたんで、お礼に」
という畑谷のリクエストを受け、デパ地下で松戸にはないというショコラティエでチョコレートを購入し、駐車場に戻った。
車に乗り込み、シートベルトを付けながら畑谷が言った。
「次は高輪の病院に行くっすか?」
「その前に、ちょっと寄ってほしいところがある。方面的には途中にあるはずなんだ」
「どこっすか」
「海洋大学」
「海洋大学?」
畑谷はピンと来ていないようだった。
カーナビに海洋大学を探した。
「品川と越中島にあるっすけど」
「とりあえず品川で」
場所を登録し、駐車場を出て、車を走らせながら畑谷が訊いてきた。
「確かにルート上っすね。なんで海洋大学なんすか?」
「香川さんによると、オレ、この大学行ってたらしい」
「何の勉強してたんすか? 魚とか船とかっすか?」
「食品らしい。そのまま食品メーカーに就職して、営業してたらしい」
「営業?! 全然イメージないっすね」
「オレ自身も驚いた。記憶喪失になった後、その職場に一旦は戻ったらしいが、すぐに辞めたらしい」
「それも覚えてないんすか?」
「覚えてねえんだよなあ。まあ、過去の記憶が無くなってりゃ、大学で学んだことなんて覚えてないし、当然そのメーカーの商品に関する知識だって丸っと無くなってるわけで、その時のオレは耐えられなかったんじゃねえかな」
10分ほどで海洋大学に到着した。正面にあった駐車場に車を停め、キャンパスに向かった。キャンパスに入りがてら、
「何か思い出したっすか。オレ初めてっすよ。海洋大学」
と畑谷が訊いてきた。
「うーん」
はっきりとは思い出せない。
並木道をどんどんと進んでいく。
「次の建物、図書館?」
オレは少し先に見える建物を見た。
畑谷は手前の案内板のようなものが見えたようで、
「あ、図書館っす」
「ということは、この角曲がると奥にグラウンドがあるんだ」
オレたちは曲がり角を入った。その先にはグラウンドが見えた。
「思い出せたっすか」
「いや、何かを思い出したわけではないけど、なんかそんな感じがするって感じだ」
「モヤモヤっとした感じっすか」
「そうだなー」
オレたちは端まで歩いて、そして戻った。
結局、食堂・購買・体育館・教室…なんとなくの場所は合っていた。しかし、その時に自分がどんなことをしていたとか、そういう記憶は全く戻らなかった。
「習慣的なものは、体に染みついてるのかもしれないっすね。日本語話すとか、鍵を開けるとか、家事洗濯とか、そういうのは無意識に出来てたんすもんね」
「そういうことかもな」
「定期的に散歩とかに来れば、何か思い出すかもしれないっすね」
駐車場に戻って、次の目的地・高輪の病院を設定しながら、
「出身大学に来てもこの程度なら、一度しか訪れたことのない病院行っても何も思い出せないかもな」
オレは思わず言った。
「ま、とりあえず行ってみましょ」
畑谷はそう言って、車を出した。
10分弱で病院に到着した。地下駐車場に入った瞬間、
「あ、来たことある気がする」
「マジっすか」
「地下に入る感じ…」
駐車場は満車に近く、空きを探すのに苦労したが、無事駐車できた。
エレベーターに乗って、1階ロビーに出た。
「あ…」
オレは思わず声を出した。
「思い出したっすか」
「来たことある気がする。はっきりとは覚えてないが、この丸い感じ…見覚えがある」
「まあ、1度しか来てないなら、ボワンという記憶なのも分かるっす。俺もそうっす」
「でも、畑谷君が言う通り、記憶が無くなる前に訪れていた場所を訪れるのは、何かを思い出すきっかけになりそうだな」
結局のところ、劇的に思い出すようなことはなかった。
車に戻り、シートベルトを締めながら言った。
「今日は付き合わせて悪かったな」
「いや、初めて行く場所ばかりだったから楽しかったっす」
「これから帰るんだろ?」
「その予定っす」
「あのさ、岡田教授の住んでた団地、連れてってくんね?」
国立に住んでた岡田教授が松戸に引っ越した理由、そこが気になっていた。
「いいっすよ」
畑谷はカーナビを「自宅に帰る」に設定し、駐車場を出た。




