102.佐々木ビル
オレたちは銀座駅から地下道を通って東銀座に向かうことにした。
「迷路みたいっすね。今どこ歩いてるか全然分からないっす」
「慣れないと迷うよな」
慣れた道なので、オレはサクサクと進んでいく。やがて、東銀座のA7出口が見えてきた。
「あの出口を出ればすぐだ」
「了解っす」
オレたちはA7出口の階段を昇り、表通りに出てすぐの角を右に曲がった。デパートが並ぶ華やかな通りから一転、そこは少し古めのこじんまりとした雑居ビルが並ぶ。1階は小さな飲食店が多い。
オーナーに書いてもらった小さなメモだとそろそろなのだが…
「あれじゃないっすか?」
白いタイル張りの5階建ての雑居ビルを指した。周辺のビルよりも少しばかり大きく、外観も綺麗に見える。一階はダイニングバーのようでシャッターが閉まっている。その隣に2階以上へ行くための入り口があり、その表にインフォメーションサインが掲げられ、一番上に「佐々木ビル」とある。1階がダイニングバー、2階が居酒屋、3階が美容室、4階と5階が佐々木氏の住居のようで「佐々木」とだけ書かれている。
「この1階が昔は宝石店だったんすかね? 何か覚えあるっすか?」
「いやあ、全然。店が変わって外観が様変わりしちゃったのかも」
オレたちはエレベーターに乗り込み、4階で降りることにした。というよりも、エレベーターは5階のボタンはあるものの、押せないようだった。
エレベーターのドアが開くと、目の前に住居のような扉があった。表札には「佐々木」とある。
オレはインターフォンを鳴らした。反応がない。もう1度鳴らす。しかし、やはり反応がない。
「留守かな」
「留守っぽいっすね」
オレたちは帰ろうと、エレベーターの下に降りるボタンを押した。いつの間にかエレベーターは1階に降りていたようである。
エレベーターの表示が2階、3階と変わり、4階になった。ドアが開いたので乗り込もうとしたところ、中から銀座三越の紙袋を持った高齢女性が降りて来た。
女性はオレたちを怪訝そうに見て、
「どちら様? うちに御用ですか?」
と言った。
「あの…」
オレが答えようとすると、
「どこかでお会いしたことありますね」
と女性が言った。
同時に、オレもその女性に覚えがあるような気がした。見た目と、その声と、会ったことがあるように思った。
オレは、ペンダントを外して、女性に見せた。
「オレ、ご主人に代わってこのオルダと契約をした戸塚と言います」
女性は驚いた顔をした。オレのことを思い出したようだ。
「あの時はありがとうございました」
女性はオレに頭を下げた。
この「ありがとうございました」はどういう意味なのだろう。
香川さんから聞いた話だと、佐々木氏が契約解除を行って倒れ、眠り続ける状態に陥っていたところ、娘さんが記憶喪失になっていたオレに佐々木氏のオルダと契約を結ばせたことで佐々木氏は眠りから覚めたということだった。
自分の夫の代わりにオルダと契約をして、夫を眠りから覚ましてくれたということに対しての「ありがとうございました」なのだろうか?
「中にお入りください」
女性は家の扉を開けて、オレたちを招き入れた。
室内はとても簡素だが、置いているテーブルもソファーもそれぞれが高級そうな一品に見える。オレたちは、使い込んでいそうだがメンテナンスがしっかりされていそうな本革の横長ソファーに腰を掛けた。
「座り心地が違うっす。高級な感じがするっす」
畑谷は少し興奮気味にオレに小声で言った。
女性は冷たいお茶を入れたグラスを運んできて、オレたちの前に置いた。そのグラスも薄く模様が彫られた高級そうなものだった。
女性は横長ソファーの隣に配置された一人掛けソファーに腰を掛けた。
「本日はどのようなご用件でお越しになられたのですか?」
「突然押しかけて申し訳ありません。ご存知とは存じますが、オレは今オルダハンターをしておりまして」
「はい、存じております」
「最近の話なのですが、オレ、オルダハンターになる以前の記憶がないことに気づきまして、警察に捜査いただいたところ、8年前にスノボの事故で逆行性健忘になり、それ以前の記憶を失ったということでした。また、オルダハンターになったきっかけも思い出せなかったのですが、どうやら佐々木先生というオレの担当医によって、彼女の父親の代わりに」
オレはペンダントトップのオルダを女性に見せた。
「このオルダと契約することになって、その後今のオーナーに紹介してもらって、オレはオルダハンターになったらしいということでした。その佐々木先生のお父様が、こちらにお住まいだったと聞きまして」
「契約した時のことを覚えてらっしゃらない?」
「はい、残念ながら。なので、少しでも何かを思い出すきっかけが掴めればという想いで、本日訪ねさせていただきました。このビルの外観を見たのですが、全然記憶がなく、何も思い出せず。でも、オレ、この石を女性から貰ったような気がしていて、先ほど奥様にお会いして、その声を聞きまして、奥様からこの石をいただいたのではないかと」
女性は頷いていた。
「その記憶は正しいです。その石をあなた、戸塚さんにお渡ししたのは私です。このビルの外観を見て何も思い出せないのは無理もありません。このビルでお渡ししたのではありませんので」




