101.ギャラリー
『ヤバい。すぐ戻れる?』
畑谷と別れた直後、朱里さんからメッセージが入った。
『どうした?』
オレが返すと、すぐにレスがあった。
『畑谷君が契約書と口座情報の会社保管分を持って帰っちゃったみたい。せっかくだからと思って、五十嵐くんに説明しようと思ったのにモノがなくて…あれ無いとギャラ払えないよ』
『別れたばかりで、今運転中だと思うからすぐに気づかないと思うけど、届けるように連絡入れるよ』
『明日以降の場合はギャラリーに持ってきてと伝えて』
『了解』
オレはすぐさま畑谷にメッセージを送り、その後自宅に戻った。
自宅に戻ってから、根音村から持ち帰った荷物をカバンから出していると、スーツケースの中に畑谷の店の硯が残っていたことに気づいた。畑谷が契約書を持ってくるために東京に出てきたときに返そう。
荷物整理を終え、シャワーを浴び、リビングに戻ると畑谷からメッセージが入っていることに気づいた。
『すんません、気づくの遅れて家に戻っちゃったっす。明日返しに行くっす』
こいつはメッセージでも「~っす」口調なのかと思いながら、硯の件を伝えた。
『スーツケースに硯残ったままだから返したい。ギャラリー行く前に一度オレの家寄ってくれ』
するとレスは早かった。
『ん? 俺、ギャラリーの場所分かんないんで、一緒に行ってくれないと困るっす。その時に返してください』
『ギャラリーのMAP送るよ』
『いいじゃないっすか、付き合ってください。銀座のギャラリーなんて一人で入るの怖いっす』
『気持ちは分かるが…』
『何時オープンっすか?』
『11時だけど、オーナーは14時にならないと来ないぞ』
『じゃあ、13時半くらいに戸塚さん家に迎えに行くっす。下に降りて待っててください』
オレは明日からの計画をなんとなく立てていた。ギャラリーに寄った後、それに付き合ってくれるのを条件に『了解』のスタンプを押した。
その後、オレは明日の準備のため、インターネットで様々な情報を入手し、眠りについた。
翌日、13時半少し前にマンションを出ると、路肩に畑谷の車が停まっていた。トントンと助手席の扉を叩くと、畑谷は気づいてガードレールの切れ目まで車を移動させた。
「何時に家出た?」
と聞きながら、オレは乗り込んだ。
「ん~12時40分くらいっすかね」
「昼は?」
「食ってきたっす」
「オレ、まだなんだ。ちょっとコンビニで買ってくるから待ってて」
と、オレはマンションの1階にあるコンビニで直巻おむずびを適当に2個と500mlのお茶を2本買って、車に戻った。
「食べていい?」
「いいっすよ。でも、ちゃんと道案内はしてくださいね」
「とりあえず、この道真っすぐ進んで。そうすれば日本橋に出る。日本橋に出たら右折」
「了解っす」
車は走り出した。オレはおむすびを頬張りながら道案内をした。ちょうど二個目を食べ終わる頃、日本橋高島屋の前に差し掛かった。
オレはお茶を一口飲んで、
「もうすぐ銀座なんだが、オレ、駐車場分かんないんだよなあ」
「え?」
「オーナーのギャラリーの前は路地だから車停めらんねえし、松屋銀座の駐車場に停めるか」
「俺、銀座のこと全然分からないっすよ」
「ここら辺一通多いから気を付けねえといけないんだが…とりあえず、松屋着いたら左折」
松屋に到着し、左折すると、駐車場の案内があったため無事駐車できた。
オレたちは店の中を抜け、表通りに出た。
「ここから近いんすか?」
「歩いて5-6分」
「そこそこ遠いっすね」
「オレ、近くの駐車場知らねえもん」
道を横断し、予想通り5-6分でギャラリーに到着した。
「マジで路地っすね。こんなとこ人来るんすか?」
「知る人ぞ知るだからいいんだと」
ギャラリーに入ると五十嵐がいた。眼帯が少しお洒落なものに変わっている。五十嵐はオレたちに気づいて、
「契約書持ってきたのか?」
と聞いてきた。
「そうだけど、お前何してんの?」
「OJT」
「OJT?」
「研修。とりあえず今は、現在ギャラリーで扱っている作品を学び中」
「奥、オーナー来てる?」
「いるよ」
オレたちは奥にあるオーナー部屋に向かった。オレの後ろをついてくる畑谷は異様に緊張しているようだった。
オーナー部屋の前に着き、トントンとドアを鳴らした。「はい」という声が聞こえたので、ドアを開けた。そこにはオーナーが座っていた。
秋葉原のオークション会場と違い、こちらのオーナー部屋は一般的にイメージできる社長室という形で、重厚な机と椅子、手前には豪華な応接セット。部屋に飾られた美術品もバランスよく配置されている。お得意様はこの部屋で交渉をするらしい。
「契約書持ってきたのか?」
オーナーは言った。
「あ、はい」
畑谷はそう答え、昨日持ち帰ってしまった契約書と銀行口座登録書の会社控えをオーナーに渡した。
「はい、ちゃんと受け取りました」
オーナーは内容を確認し、言った。
「ねえ、オーナー。この後ちょっと行きたいところがあるんだけど」
オレはオーナーに話しかけた。
「どこに?」
「佐々木さんの家。オーナーは知ってるでしょ?」
「佐々木さんはもう亡くなってるぞ」
「奥さんは?」
「ご存命だ」
「その人に会ってみたくて」
「何で」
「もしかしたら、何か思い出すかもって」
「それは、もし、かつて行っていたらという前提が必要だろう」
「とにかく関連する場所一通り行ってみたいんだ。佐々木さんの家はどこにあるの?」
「東銀座」
「え、近いじゃん」
オーナーは佐々木さんの家の場所を教えてくれた。歌舞伎座の近くであった。
「近いんすか?」
隣の畑谷がボソッと聞いてきた。
「車停めたデパートの近くだよ」
「おお、近い」
こうしてオレたちは、佐々木さんの家に行くことになった。




