100.契約
オーナーは本当に何も知らなそうだった。
「オーナーと佐々木家との関係は?」
和綴じノートをペラペラと捲る手を止めてオーナーは答えた。
「付き合いが始まったのは先代で、俺が継いだ時には取引していたから詳しい経緯は知らないが、宝石の仲介業をしていた佐々木さんがたまたま入手したヒスイに虫がいることを見つけ、そのヒスイに付加価値を付けて高く販売したいと考えたらしく、美術品オークションを定期的に開催していたうちに相談に来たのが始まりらしい」
「つまり、佐々木さんがきっかけで、このオルダオークションが開催されるようになったということ?」
「お得意様だけを招待する特別なオークションという位置づけにして、1980年代から1990年代のバブルの頃は銀座のクラブを貸切って、そこでオークションを開催していた。それでも儲けが十分に出るくらい豪快な値段をつけてくれた。その時の佐々木さんとの契約で落札額を折半するということになって、それが今のオルダハンターとの契約に繋がっている」
「そのあとここに移ったの?」
オレの代わりに五十嵐が訊いた。
「オルダオークションの常連にこのビルの建設に関わっている人がいて、ここにオークション会場を作らないかと持ち掛けられて、地下2階に割安価格で入れてもらうことになった」
オーナーは朱里さんを見た。
「その後、美術品オークションでオークショニアを務めてもらっていた梶原君にも手伝ってもらうようになった」
「そうよ。だから、私はオーナーの秘書役までやってる余力はないの」
「まかせろ。今後は俺が引き受けてやる」
朱里さんの言葉に、五十嵐が堂々と乗っかった。
「おいおい、話を勝手に進めるな。配置は俺が決める」
オーナーは二人のノリを遮った。
「佐々木さんと岡田教授の関係は?」
「さあ。岡田教授がうちに来たのは佐々木さんが亡くなった後だ」
「俺や五十嵐の他に佐々木さんあるいは佐々木娘さんの紹介という体でオルダハンターになった人はいるの?」
「娘の方は五十嵐だけだ」
「ってことは、佐々木さんの方にはいるの?」
「今、うちと取引しているオルダハンターは殆どが佐々木さんの紹介から始まっている」
「始まっている?」
「今取引しているオルダハンターは佐々木さんとの接点がない人も多いが、遡れば佐々木さんに繋がる。例えば、佐々木さんの紹介でオルダハンターになったお前が、その…畑谷君?を紹介してくるというような。畑谷君は佐々木さんと接点はないが、お前を通したら佐々木さんに繋がるだろう」
「ああ」
「でも、お前らのように過去の記憶を無くしているハンターは他にいない」
オーナーから聞けた話はこれくらいだった。
畑谷はオルダハンターとして正式に契約を結ぶことになり、契約書を交わした後、
「出品したいときは、事前に連絡を入れるように」
とオーナーは自分の名刺を畑谷に渡した。
畑谷と五十嵐とは、ここで別れることになった。
五十嵐は入社するならば履歴書を出さないといけないということで、コンビニに履歴書を買いに向かった。
オレと畑谷は駐車場まで共に戻った。
車に乗せている荷物を引き取って、電車で帰ろうと思ったのだが、
「送るっすよ」
と畑谷が言うので、甘えることにした。
「家、どこなんすか?」
畑谷が車のカーナビ画面を表示させながら訊いてきた。
「神田」
「隣じゃないっすか…」
「オレ運転しねーし、ここから帰るのに便利なのがベストだから」
駐車場を出て、オレの家に車を走らせる。遅くとも5分程度で着くだろう。
「明日からまたオルダ探しっすか?」
「いや、しばらく遊ぶよ。前回のオークションで結構儲かったし」
「そーなんすか。オルダ探しに同行したかったすけど」
「お前、店あるだろ」
「姉貴に任せるっす。オルダ探す方が儲かりそうっす」
「今回たまたま大きい石に値段がついただけで、1か月探し回って香川さんから貰った程度の石しか見つからない場合もあるんだぞ」
「そうっすよねえ」
「店でオルダ来るの待ってる方が効率的では?」
「それも一理あるっすね」
そんな話をしているうちに自宅マンションに到着した。
「まあ、探しに行きたくなったら連絡しろよ。暫く暇してるから、付き合ってやってもいいぞ」
車を降り際にオレは言った。
「分かったっす」
「じゃあ、今回は色々とありがとう。畑谷君のおかげで、色々と助かった」
「お役に立てて何よりっす。では、失礼するっす」
オレの荷物を下ろし終え、畑谷は自宅に戻っていった。
その時だった。朱里さんからメッセージが入った。
『ヤバい。すぐ戻れる?』
「どうした?」




