99.教授が来た理由
「俺の元に届いた連絡は警察から、岡田教授が亡くなったというものだった」
オーナーは言った。
「親族がいないということで、岡田教授が定期的に連絡を取っていた俺のところに連絡がきて、遺骨を引き取ってほしいと言われてね。そんなことを言われてもとは思ったが、他にいないなら仕方ないと遺骨を引き取りに行って。その時に、遺品の中にこのノートがなかったか聞いたんだ。生前、岡田教授から見せてもらっていたから、根音村に関する情報もメモってるんじゃないかと思ってね。でも、死臭が酷かったため全て処分したと言われて。つまり俺は、根音村の情報は得られていなかったし、このノートを手に入れていたとしても特別な情報は得られなかったのだと分かった」
オーナーは再び背もたれに体を預けた。
「だから俺に、先生の助手を訪ねるよう仕向けたの?」
五十嵐は言った。
するとオーナーが顔をしかめた。
「仕向けたというか、お前が何か他に情報はないのかと聞いてきたから、教授の助手の佐伯さんという人が根音村出身だという話を伝えたんだ」
五十嵐は指を鳴らした。
「その情報がきっかけで、俺は片目を失ったんだ。そういう意味でも、オーナーは俺を世話する責任がある」
「働くとして、ここで何するつもりだ?」
「何か。オーナーの秘書とか?」
「梶原君がいる」
オーナーはそう言って朱里さんを見た。
「私は秘書業務は兼務でやってるの。他の仕事もあるし、そろそろ解放してほしいわ。専任の秘書を置いた方がいいと思いますよ。五十嵐くんはオルダに詳しいし、即戦力になる」
朱里さんは言った。
「ほら~」
五十嵐がオーナーに向かって言った。
オーナーはハアと大きなため息をついて「分かったよ」と言った。
「あと、オーナー。これ、今回の必要経費」
五十嵐は根音村役場の大川さんから渡された請求書をオーナーの前に置いた。
「なんだ、これ」
とオーナーは紙を手にした。
「オレの入院費用」
五十嵐が答えた。
「大した成果もなく金だけかかって。せめて大物のオルダの一つや二つ見つけて来いよ」
「オーナーが、大物オルダが無い場所に俺を派遣したんだろう」
五十嵐の反論に俺も乗ってみた。
「大物オルダがあれば、オレが持ってきてる」
オーナーは再びハアと大きなため息をついて「分かった分かった」と言った。
五十嵐はニヤリと笑った。
「なあ、オーナー」
オレはうなだれているオーナーに訊きたいことがあった。
「なんだ?」
「オーナーは岡田教授といつから知り合いなんだ?」
オーナーは顔を上げてオレを見た。
「いつからだっけな。4~5年前だと思うが」
「その時には岡田教授の片目は既に義眼だった?」
「ああ、その通りだ」
「オーナーに岡田教授を紹介した人は誰なんですか?」
「いない」
「いない?」
「教授がある日突然うちのギャラリーの方にやってきたのさ」
オーナーのギャラリーは、銀座の細めの路地を入ったところにあり、いわゆる一般的な絵画や美術品を展示販売している。オルダに関しては全く展示していない。
「どこかから、うちでオルダを扱っていると聞いたらしく、オルダについて教えてくれと来たんだよ。俺はオルダを扱っているだけで詳しいわけではないと一度は断ったんだが、何度も何度も足を運ばれて」
「確かにオルダで儲けることしか考えてなくて、オルダ自体には詳しくはないな」
「お前、失礼だな。教授はギャラリーにオルダはいないと気づいてはいたようで、オルダはどこで扱っているのかという風に話を変えてきてね。俺はここの話をしたわけだ。その流れで見学にでも来てくださいと招待したんだが、そこで教授がオルダと契約を結んでいることに気づいた」
「共鳴したんだ」
「頭が割れそうな顔をしていたよ。その時くらいから、ここに定期的にやってきて、オークションにかけられる前のオルダを見たりしていたんだが、色々な実験をしたいとか言い出してね。自分で探しに行けばいいものの面倒だったのか分からないが、大した値がつかないだろう石を譲ってくれと言ってきて、実験結果を共有してもらうという条件で譲るようになった」
「どんなことを共有してもらったの?」
「このノートだよ」
オーナーは和綴じノートをポンポンと叩いた。
「実験結果をこのノートに書いて、俺に見せる。それだけだ。たいした情報はない。お湯をかけても、凍らせてもオルダは死なないとか。それくらいは俺でも知ってた。冬の新潟や富山でも、夏の高知でもオルダは元気に暮らしている。だから、そりゃそうだろ、と思いながらノートを見たもんだ」
確かにそのようなことが書いてあった。
「このノートにオルダが住んでいたことは知らなかった。いつからいたのかも分からない」
「教授の契約していたオルダはこのノートではないの?」
「普通に石だ。ヒスイではないが」
「畑谷のオルダはオークション会場のオルダと共鳴しなかった。だから、このオルダは会場のオルダと既に挨拶済みということになる。つまり、教授が契約していたオルダなのではと思ったんだが」
「どうなっているのか俺には分からん。少なくとも、出品するオルダと挨拶させていたのは石だった」
オーナーははっきりと断言した。畑谷がノートを出品する石に付けていた時も普通に驚いていたから、オーナーの前で教授がノートを石に付けていたことはないのだろうと思う。
「教授は色々な実験はしていたようだ。オルダを別の石に移動させることはできるのかとか、石をオルダのサイズよりも小さくしたらどうなるのかとか。その一環で、もしかしたら教授が何らかの方法でオルダをノートに移したのかもしれない。しかしそれは、少なくとも根音村に行った後のことだと思う。もし、行く前の話だったら、俺は教授から聞いているはずだから」




