表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
光よ、満ちろ  作者: 織 航(しき わたる)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/49

第29話 鎧猪の魔王

「――放て!」


 矢が降る。

 何本もの矢が黒い殻へ当たり、折れ、弾かれた。

 鎧猪は歩みを止めない。


「土壁!」


 術士たちが杖を突く。

 地面が盛り上がり、門の前へ厚い壁を作る。

 鎧猪は速度を落とさなかった。

 黒い牙が土壁へ突き刺さる。

 一瞬だけ止まった。

 けれど次の瞬間、魔法で造られた壁は内側から爆ぜるように崩れた。

 術士の一人が息を呑む。

 膝から崩れ、石板へ手をついた。


「サリア!」


 アニエスが言った。

 サリアが杖を両手で構える。


「土の精霊よ、深く起こし、硬く締め、穿つ一条となりなさい。土の槍、螺旋!」


 鎧猪の足元で地面が裂けた。

 先ほど狼を貫いたものより、はるかに太い岩槍が突き上がる。

 螺旋状に捻れた先端が鎧猪の胸元へ刺さった。

 硬い音がして、岩槍の先端が、砕けた。

 鎧猪の身体がわずかに浮く。

 殻の一枚に亀裂が入る。

 けれど、胸の核までは届いていない。


「もう一度!」


 サリアが杖を構え直す。

 その声は、さっきまでより掠れていた。

 鎧猪が吼えた。

 低い音が壁へぶつかる。

 その声だけで、門の内側にいた人々が一歩下がった。


「門を支えろ!」


 兵士の叫びが飛ぶ。

 それと同時に、鎧猪の巨体が門へ激突した。

 轟音。

 次の瞬間、壁の上にいるのに下から全身へ衝撃が突き抜けた。

 足裏から膝へ。

 膝から腰へ。

 そして、胸へ。

 全身の骨が一瞬だけ鳴った気がした。

 バリバリと木々や石材が砕ける音が響く。頑丈なはずの門が内側へ大きく歪み、砂煙が舞い上がった。

 支え棒を押さえていた男たちの身体が跳ねる。

 一人が手を離し、そのまま背後の石畳へ叩きつけられた。


「運べ! 早く!」


 誰かが走り寄る。

 けれど、倒れた男の腕は変な方向へ曲がっていた。

 目を開けたまま、動かなかった。

 僕は息を止めた。

 今、死んだ。

 ほんの少し前まで、門を支えていた人が。

 僕を見て勇者様と呼んだかもしれない人が。

 鎧猪は、すでに後ろへ下がっていた。

 二度目が来る。


「――私が行く」


 石壁の上に戻ってから静観していたイリアは、また壁の縁へ足をかけた。


「通常の剣では届かない」


 アニエスが止めた。


「――届くかどうかは、斬ってから決める」


 イリアはそのまま下へ飛び降りた。兵士が止める間もなく、イリアは鎧猪のもとへ走った。


「イリアさん!」


 叫んだつもりだった。

 けれど僕の声は、風と轟音に呑まれた。

 鎧猪が門へ向けていた頭をわずかにずらす。

 小さな人影を見た。

 イリアが走る。

 正面からではない。

 牙の外側へ回り込み、鎧猪の前脚へ剣を走らせた。

 刃が、黒い殻の隙間へ入る。

 血に似た黒い液体が散った。

 鎧猪の足が傾いた。

 城壁の上で、歓声が上がる。


「効いた!」


「イリア様が――」


 声が途切れた。

 鎧猪の身体が、ありえない速さで横へ振れた。

 巨大な牙の側面がイリアの剣へぶつかる。

 火花が散る。

 イリアの身体が地面に叩きつけられ、そのまま滑った。背中が石を削るような音を立てる。それでも、彼女はすぐに起き上がった。

 けれど、剣の刃には大きな欠けができていた。


「イリア!」


 サリアが杖を振る。


「風の精霊よ、押し返しなさい!」


 風が鎧猪の顔へ叩きつけられる。

 土埃が舞う。

 鎧猪の追撃が止まる。


「核まで……届かない」


 イリアは壁際まで退き、欠けた刃を構え直した。肩から血が流れている。


「殻の下にもう一枚ある」


 サリアの顔が白くなった。

 アニエスは鎧猪を見ている。

 二度目の突進が、門へ来た。


「押さえろ!」


 兵士たちが叫ぶ。

 轟音。

 支え棒の一本に、はっきりと亀裂が入った。


「次は持ちません!」


 門の下から声が上がる。


「アニエス様! 次で破られます!」


 アニエスは返事をしなかった。

 その手が、ゆっくりと上がる。

 空気が重くなった。

 胸を上から押し潰されるような圧が、城壁の上まで届く。

 鎧猪の前脚が沈んだ。

 地面が大きく窪む。

 黒い殻が軋み、巨体が前へ崩れた。

 兵士たちが息を呑む。


「止まった……」


 誰かが呟いた。

 けれど、アニエスの腕は下がらなかった。

 細い指が震えている。

 鎧猪の胸で、黒い核が脈打った。

 一度。

 二度。

 黒い靄が、殻の隙間から溢れ出す。

 沈んでいた脚がゆっくりと持ち上がる。

 アニエスの頬を、細い赤い筋が伝った。

 血だった。

 無理をしているのか、その術の代償なのかは分からない。


「アニエス……」


 僕は声を漏らした。


「まだだよ」


 彼女は、僕を見ずに言った。

 もう一度、指を握る。

 鎧猪の身体が沈む。

 けれど、今度は地面へ倒れない。

 踏みとどまる。

 黒い核が、アニエスの力を押し返している。


「アニエス様!」


 サリアが叫ぶ。


「これ以上は――」


「分かっている」


 アニエスが手を下ろした。

 その瞬間、鎧猪が顔を上げた。

 怒り狂ったように地面を掻く。

 アニエスでも、倒せなかった。

 門の内側で誰かが泣き出した。

 兵士が怒鳴って黙らせる。

 鎧猪は、ゆっくりと後ろへ下がり始めた。

 次の突進のために。

 アニエスが、サリアを見た。


「核へ通せる?」


「私の魔法では……」


 サリアの唇が震えた。


「殻を割るだけで精一杯です。核まで届く前に、岩が砕けます」


 アニエスが壁下のイリアを見下ろす。


「剣では無理だ」


 イリアは欠けた刃を掲げて見せた。


「ただ、光があれば届くかもしれない」


 その言葉で、空気が止まった。

 僕は、思わず右手を胸の前へ引いた。

 誰も、僕を見ていなかった。

 それなのに、何を考えたのか分かってしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ