6 白波(永漢元年十月)
洛陽北宮の、おそらく宦官が使っていたであろう廃寺で、男達は額を寄せあっていた。
ここは并州から丁原に従って来た兵の宿舎として宛がわれた場所であるが、兵達は賈詡に取り上げられ、引率していた隊長格のみがここに残されている。……いや、呂布は董卓の所に行ってしまったので、それ以外、ということになる。
「もう我々だけで帰ろう。ここに居てもしかたがないだろう」
「いや、奉先に口を聞いてもらって董卓の軍に入れてもらうべきでは?」
つまり、今後の身の振り方について相談していたのである。
宋憲は并州へ戻ろうという意見。侯成は洛陽の軍に編入してもらおうという意見である。
「戻っても胡と白波に荒らされた土地が待っているだけだぞ」
「だが涼州の連中に従って一兵卒に落されたらどうする?」
「奉先に身を寄せればいい。友達なんだ。悪いようにはしないだろ?」
口出しした李粛は呂布に従おうという意見。終わりのない議論を黙って聞いていた高順が、ぼそりと言った。
「建陽様はあまりよい主ではなかった」
唐突な述懐に二人の議論が止まった。
ここに居る全員が丁原、という剛腕に徴発され、無理矢理戦争に投入されて、今が有る。彼らの認識としては士大夫の主従というより、戦闘狂とその奴隷というのに近かった。
「だから奉先に殺されたと聞いても何も思わなかった」
ぼそぼそと高順が続ける。
「だが、今になって恥ずかしく感じている。建陽様が死んでも残念でない程度にしか、忠義を尽くして来なかった、ということだからだ」
高順は立ち上がった。
「俺はこの先、主が誰であろうと自分に恥じない様、忠義を尽くすつもりだ」
唐突に宣言するとそのまま退出してしまった。
発言の真意が掴めない宋憲と侯成が顔を見合わせる。
「今のは洛陽で董卓に属する、という宣言なのか?」
「わからん」
そこにもう一人が声を掛けた。
「董卓の下につくなぞ、とてもではないが耐えられん」
張遼、字は文遠。鴈門郡は馬邑の人である。
「だが、帰るのは論外だ。兵を置いて帰るなぞしたら、故郷の者と顔が合わせられん。あいつらは俺が連れてきたんだぞ」
張遼は丁原の命令で、地元で徴集した兵一千を引き連れ、先行して洛陽に入城していた。その兵の中には故郷の顔見知りも含まれている。張遼が何進の追加の命令で河北で徴集をしている間に何進は殺され、彼らはばらばらに董卓の兵団に編入された。彼らを置いて帰るなど考えもつかなかった。
「では方針は決まったな」
侯成の意見に宋憲は合意したが、
「先に帰った張楊の奴がうらやましくはある」
そう負け惜しみを言った。
***
その張楊はとまどっていた。
張楊、字は稚叔、并州は北辺の雲中の人である。
都にも近くなった所で丁原の命で単身故郷雲中へ戻らされた。丁原の命は雲中で徴兵を実施し、その兵で丁原が留守にした并州の治安を維持せよ、というものであった。
(無茶だ)
そうは思ったが、丁原の命令に背くのは恐ろしい。千名の兵を得て白波賊の痕跡を追いかけながら兵を南下させた。
とまどう理由はただ一つ。その白波賊に遭遇しないのである。
略奪された県や里はある。だが彼らは立ち去った後なのである。はぐれた野盗などを狩りながら、ついに上黨郡までたどり着いた。
そう、たどり着いてしまったのだ。上黨郡は司隷との州境にある。
(この向こうは河東だぞ?)
そうなったらさすがに自分の手の出せる場所ではない。
(いや、まあいいか。親父なり奉先なりがなんとかするだろう)
張楊は、丁原の命をとりあえず全う出来たことに安堵を覚えた。彼は未だ丁原の死を知らなかったのである。
***
洛陽のある河南尹に隣接する河東郡に白波賊が侵入した。その報は洛陽の人々を驚かさなかった。白波賊が河東郡を寇するのはこれが初めてではないからだ。
だが、董卓には無視できない話であった。賈詡を呼び出すと命令した。
「河東の白波賊、なんとかしてこい」
「無理です」
賈詡は即答した。そして董卓の機嫌がこれ以上悪化しないよう、急いで続けた。
「白波賊は号して十万余り。話十分の一だとしても万を超える勢力です。我々の兵は五千と少々。それを全部を連れて行けるわけでもない。勝ち目はありません」
董卓は首を横に振った。
「それでも、だ。文和。なにも手を打たない、というわけにはいかんのだ」
董卓の顔が苦渋に歪んだ。
「俺は河東太守だったんだぞ。手を差し伸べねば悪評になる」
(また士大夫ごっこか)
賈詡はため息を飲み込んだ。
「……ひと当てして引くなら、なんとか。兵を二千ください。将は李傕か郭汜をお願いします」
董卓配下で一番戦さ慣れした二人を候補に挙げた。
「将は牛輔だ」
拒絶された。
牛輔は大した将才はないし、かなり癖のある人物である。だが董卓の婿であり、董卓にとって半数に近い兵を与えるのに必要な信頼だけは持っていた。
「では二人を先鋒にお願いします」
賈詡は今度はため息を飲み込まなかった。
***
「通れ」
片言の漢語で胡人の攴胡赤児が顎をしゃくった。その横柄さに賈詡は閉口した。
牛輔は臆病者で、いつも屈強な胡人の護衛に囲まれている。
来客はまず人相見に会わせ、無害と判断できない限り会ってくれない。それも毎回である。今回は筮竹の音までした。
天幕の中には先程会った人相見の他、八卦見が増えていた。顔にいくつも傷のある男だった。
「出陣をお願いします。でなければもっと兵の分派を」
この臆病な男は、河東に入るや進軍を拒否し、停止した。李傕と郭汜を先行させ、戦わせようというのである。なのに手持ち兵力の半数、千しか与えない。反乱が怖いのである。
牛輔は兵符を握り締め、いやいやをした。
はっきり言って二千でも賊の大軍を相手には戦えない。
だが、相手が山賊の連合という弱点を衝き、分散している時を狙い、手薄な拠点へ奇襲をかける。これが賈詡の計画だった。しかし千ではそれもどうか……。
賈詡の懸念は当たった。
国境際で小さな村を占拠していた白波の一部隊に李傕と郭汜は襲いかかった。
さすがに二人の指揮は確実で、奇襲もあってほとんど一方的に白波を殲滅した。
しかし千では水も漏らさぬ包囲はできず、伝令兵が本隊に向かうことを止められなかった。部隊は白波の本隊に捕捉され、帰路に匈奴兵の急襲を受けることとなった。
部隊は壊滅し、四散した。
かくて、洛陽に兵は少なく、西に皇甫嵩の三万。東に不穏な士大夫達。奔走の友の思い描いた形勢は最高の形で成ろうとしていたのである。
(了)




