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俺解釈三国志  作者: じる
十六話 盟を結ぶ(永漢元年十一月/189)
201/205

1 奇士

 張超は常識の人である。


 いや、正確に言えば、兄である張邈が非常識なだけで、張超はいたって普通の人である。だから、分、というものを弁えていた。


 張超は自分が政治の人ではない事を知っていた。実のところ兄も仁侠的篤志家であって政治家肌の人物ではないが、それを補うだけの学があった。だが張超にはそれはない。


 だから、自分が廣陵太守に任命されたのを、驚くと同時に戸惑っていた。自分の無能と無力を弁えていた。無理だ、そう思った。だから太守になるにあたってその業務を地元の有能な者に丸投げすることにしたのである。


 この時期、廣陵には有能な人物が野に隠れていた。陳矯《ちんきょう》、徐宣《じょせん》、張紘《ちょうこう》と言った士大夫たちである。だがその中で張超が招聘したのは臧洪《ぞうこう》であった。


 臧洪、字は子源《しげん》。かつて會稽妖賊の許昌を討伐した臧旻の子である。


 たくましく立派な男である。体はもちろんたくましいが、顔さえもたくましく立派なのである。あきらかに常人と違う。そういう空気を漂わせている男である。


 常識人の張超にとって、優秀だが常識的な士大夫では自分を補ってくれない様に思えた。だから臧洪、という一世の奇士を選んだのである。


 彼は張超の命を受けると精力的に太守の代行を行なった。それは理にかなっていて評判のよいものだったので張超は安心して全てを任せた。

 もし世界が安定していて優しかったなら、任期の三年の間、張超は安楽な暮らしをしていたに違いない。だが、そうはならなかった。


 張超が着任して、三ヶ月も経っていない頃の事である。太守の房で順調に時間を費す張超の前に臧洪が参上した。


「明府《たいしゅ》」

「子源、俺に出来る事か?とりあえず話は聞くぞ」


 言っては見たが、臧洪に出来ない事が自分に出来ると張超は思っていない。


 だが今日の臧洪は少し様子が違っていた。


 臧洪はその恵まれた体格でのしのしと、いつもよりずっと近い距離に迫って来た。


「明府は朝廷より歴世の恩を受け、ご兄弟で大郡を預かっておいでです」


 臧洪は兄、張邈が陳留の太守になっていた事を知ったらしい。張超は兄との間に少々隔意があり、わざわざ臧洪にそんな事を教えていなかったのである。


「今、王室は危機に瀕しており賊臣は未だに梟首されておりません。天下の正義を重んじる士は今こそ恩に報い命を懸ける時です」


 目が爛々と光っている。臧洪の、張超へ見せたことの無い姿だった。

 

「今、郡境は安定し吏民は富んでいます。陣触れの太鼓を撃ち鳴らせば二万の兵が得られましょう。これを以て国賊を誅除すれば天下に率先し大いなる義を示すことができます」


(こんな情熱的な男だったのか)


 臧洪の熱に当てられ、のぼせた意識で張超は考えた。確かに董卓のしたことは家臣の分を超えている。皇帝を廃位し、皇太后を殺したのはなおさらだ。だが、いままで「自分がそれを討伐する」という事は考えなかった。


 張超はあらためて言葉にした。


「討伐……する?」


 確認の為である。臧洪はすかさず頷いた。


「董卓を、俺が?」


 また頷く。いつのまにか臧洪の顔が目前に迫っていた。


「こんな辺境から?」

「陳留からなら指呼の先です」

「兄上を説得しろというのか?」


 張超はもちろん、臧洪も奔走の友の画策は知らない。だが兗州を中心に「心有る」士大夫に入れ替わっている事には気付いていた。そして彼らを説得すれば一軍が編成できることも。それには張超の兄、張邈の協力は必須条件である。


 張超は常識人である。少し考えてから答えた。


「二万も連れて移動したら大騒ぎだろう?無理だ」


 それだけの兵力で徐州を横断し豫州をも横断し兗州を突破し司隷に接近するなど勅命でもないと不可能である。まずは徐州牧の陶謙と戦いになるだろう。


 だが臧洪の目は揺るがなかった。それを確認したので張超は続けた。


「俺とお前とでこっそり行こう。留守を隠蔽できるか?」


 臧洪は大きく頷いた。


 張超が、他の三人でなく大志を秘めたこの男を選んだ事で──歴史は前倒しに転がり出した。


***


 辞令の竹簡にはこう記されていた。


 驍騎校尉《ぎょうきこうい》。


 それが選部尚書から割り当てられた曹操の新役職である。いままで聞いたことの無い役職だった。つまり臨時にでっちあげた役職だ。


「つまり、あれだな。典軍校尉を償うやつだな」


 はしゃいだ風につぶやいた曹操の落胆を悟って夏侯惇は何も言えなかった。


 董卓に兵を吸収され西園軍は完全に消失した。なので典軍校尉は有名無実の役職である。追って職を解かれる筈である。有名無実な役職を別の有名無実な役職に振り替えて給与面での補償を与えるだけのもの、としか思えなかった。


(仲遠は俺を企みに加える気がないらしいな)


 辞令は尚書台からの使いがもたらしたもので、曹操は周毖の顔さえ拝めなかった。


「……はぁ」


 何回目かの落胆のため息を吐いた後、曹操は切替えた。そして夏侯惇と家族に決意を告げた。


「譙に帰る!準備を!」


 曹操の読みでは洛陽は戦場になる。そしてここに居たら曹操は董卓側の将をさせられかねない。譙に帰り、(親の金で)兵を養い、奔走の友が蜂起したら合流するのだ。


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