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俺解釈三国志  作者: じる
十五話 石を布く(永漢元年九月/189)
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2 避難

 春まきの麦を収穫していた夏侯淵の手が止まった。地面がびりびりと震動しはじめたからである。


 怪訝な顔で周囲を見回した夏侯淵は、畑を囲む林の間から、向こうの大道を進む荷車の列を見つけた。大きな荷を積んだ荷車が、次から次に東に向かっているのだ。相当の重量なのだろう。地面の震動はそれが原因と思えた。


(あれは……孟徳んちの?)


 車の周囲を警戒して歩いているのは見覚えのある曹嵩の配下の連中である。


 驚く程長い車列の中に、豪華な飾りの軒車が通った。これまた見覚えのある曹嵩の車である。


(やっぱり親父さんだ。どこへ行くんだろう?)


 曹操と親しいとはいえ、夏侯淵が口出しできる事ではない。長い長い車列が立ち去るまで、ただ見送るのみだった。


 翌朝。ある人物の訪問で曹嵩の行方がわかった。


「妙才。しばらくお別れだからよ。挨拶に来てやったぜ」


 曹仁《そうじん》は横着にも馬上のまま、夏侯淵を見下ろして言った。


 曹仁、字は子孝《しこう》。曹操のまたいとこにあたる。少年時代、曹操たちと決して仲がよい関係ではなかったので夏侯淵はほんの少し意外に思った。


「珍しいな、どういう風の吹き回しだ?」

「お前に話しとけば、孟徳にも伝わるだろ?」


 それはその通りである。曹操は定期的に夏侯淵の元へ使いを出し、近況を確認している。


「──何があった?昨日孟徳の親父さんがどっか行くのを見たぞ?」

「ここは俺らには居辛くなったってことさ」


 去年の事である。劉焉の進言で霊帝はいくつかの州の刺史を州牧に替える事にした。その結果豫州にやって来たのが黄琬である。


 バリバリの反宦官士大夫である黄琬の赴任で曹嵩はじめ沛国曹氏は緊張した。


 だが黄琬は循吏である。なんの根拠もなく曹嵩を弾圧するような人物ではない。時間と共に緊張は緩和されていった。


 話が変ったのが二日前である。


 洛陽からの竹簡が郵を伝って豫州牧に届いた。その経路上の郵で、賄賂をもらっている一人がその内容を曹嵩に報告したのである。


 「中官《かんがん》親属を捕らえよ」


 袁紹が出した、大将軍何進名義の指示である。黄琬に法的根拠ができた、というわけである。


 曹騰の得た費亭侯という爵位を継承している曹嵩は中官親属に他ならない。そして黄琬は鼻薬が効かない相手である。


 捕まればどうなるか判らない。そう判断した曹嵩の対応は早かった。銭と財宝を持って譙から脱出したのである。


「俺も念のため徐州にでも避難することにした」


 豫州沛国は東の徐州と隣接しており、州境さえ越えれば州牧の権力は及ばない。夏侯淵にもその気持ちは理解できた。十数年前の王吉の所業が脳裏に浮かんだ。


「孟徳の奴に帰って来ないように伝えといてやれ」


 それだけ言って曹仁は去った。


 曹嵩はその富で沛国曹氏の宗家となっている。だがそもそも曹嵩が曹騰の養子になったのは、宦官の家であることが嫌われて曹嵩しか養子になってくれなかったからである。


 宦官の宗家の曹操と、宦官の一族たるを恥じながら富を享受する家の曹仁。子供の頃は喧嘩ばかりしていたが、あれはあれで少なからず友誼を育んでいたんだな、と夏侯淵は今更ながら理解した。


 なお黄琬による中官親属追及は行なわれなかった。二日後の九月甲午に豫州牧の黄琬を司徒に召喚する辞令が董卓より発されたからである。だがそれは沛国で中官親属が取り締まられない、という意味ではなかった。


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