1 反感
洛陽北宮の徳陽殿。袁術と虎賁が荒らした跡がそこここに生々しく残るこの建物の中で、比較的ましな部屋を董卓は占有し、執務室としている。
部屋の一段高い場所には胡座が据えられている。霊帝が作らせたその豪華な胡座に董卓は一人ぽつんと座っていた。李儒も賈詡も多忙故に今ここには居ない。洛陽という巨大な都を支配しているというのに、董卓に傅く人もいない。
(困ったな)
董卓はここに来て行き詰まりを感じていた。洛陽へ入城し帝まですげ替えた。だが、絶大な力で洛陽を支配している、という実感が湧かない。
(このままでは駄目だ)
当り前の話である。董卓は自分が絶大な力など持っていない、という自己の状況をきちんと認識できていたからである。
何故なら洛陽を力で支配するには兵が不足している。自分の戦力三千。他勢力糾合してようやく五千。治安を維持できるどうか程度の力でしかなく、士大夫も洛陽の民もひれ伏す程ではない。
牛輔と賈詡に命じ、兵を城外に出しては再入城させ、という手で水増しを行なったが、水増しは水増しで真水ではない。
(方針を変えねばならん)
董卓は既に力での支配を諦めていた。
(帝だな。帝をもっと使うのだ)
帝は手中に置いている。政権の最上位をも手に入れた。
(そして味方を作らねばならん)
政権中枢に自分の支持者を集め、反対される事無く朝廷を壟断するのだ。
(だが……どうしてだ?士大夫というのは馬鹿なのか?)
帝劉辯を廃した事に対する風当たりが想定以上だったのである。董卓が立てた劉協を帝と認めない、という風潮まであるようだ。
(何進が強引に即位させた孺子と、俺が即位させた孺子と、いったいどれほど違うというんだ?)
邪魔な何太后を廃するには劉辯を廃する必要があった。実に簡単な理屈である。だから有能な士大夫には事情を理解してもらえると思っていた。ところが、である。士大夫は知的で政治的な生き物の筈なのに、ことこの件に関しては頑迷に儒教の建前を叫ぶのである。
京兆尹の蓋勲に至っては長安から糾弾の信書を送って来た。
「昔、伊尹・霍光は強権を発動して功を立てたが、それでも心寒くして過ごしたものだ。おまえのような小醜がそんな事をして無事に終われると思うのか?祝う者が門に居たからといって弔う者が廬にいないとは限らない。よくよく身を慎め!」
ほとんど脅迫の手紙である。
(俺は太尉だぞ?どうしてこうも強気になれる?)
聞きしに勝るおそろしい男である。こんな男が長安に居る。そして蓋勲の居る長安には皇甫嵩と三万の精兵も居る。
(もしかして、義真と結託しているのか?──いやいや)
どういうわけか皇甫嵩は無類の玉無しっぷりを発揮してくれている。
(だがこいつは自由にさせていてはいかん。少なくとも分断せねば)
董卓は蓋勲を洛陽に召喚することを決断した。
それにしても。
(やはり士大夫たちをなだめなければどうにもならん、か)
董卓は愚かではない。国を治め、運営して行くには官僚機構の助けが必要なのを理解していた。李儒と賈詡だけで洛陽を回せるわけがないのだ。
(ここまで来て儒者共の機嫌を取らねばならんとは!)
士大夫の支持が必要だった董卓は、あからさまに士大夫を尊重する姿勢を見せ始めた。
劉協即位から五日後の九月乙酉。董卓は自分が太尉に就任したことで役職が宙に浮いていた劉虞を大司馬に任命した。この時点で劉虞は幽州から帰還していないので、名誉職を与えて尊重を示した、ということになる。同日、太中大夫の楊彪を司空にした。
劉協が即位した際には董卓が独占していた三公を、高名な士大夫に分け与える事で士大夫への優遇を形にしてみせたのである。
董卓の士大夫優遇はそれだけに留まらなかった。
***
夜風の中に琴の音が漂う。
既に闇の帳が降りた後だが、わざわざ油を灯し、蔡邕は琴を弾いていた。この會稽に流れ着いて作った琴である。地元民が焼いていた桐材の焼ける音が聞き逃せず、拾いあげたものである。なので琴の尾には焦げた跡があった。
蔡邕が琴を弾いているのは、気持ちを鎮める為であった。
今朝の事である。會稽郡から、二度目の使者がやって来た。
内容は一回目と同じである。洛陽の太尉府が自分を辟している、というのである。答えは一度目と同じである。
「邕は病を得ていてその任に耐えませぬ、そうお伝えください」
中央官庁からの辟に対し、病と称して応じないのは士大夫の権利である。許由や巣父ではないが、官に興味を持たないという形で自身の清澄さを示し、自己の価値を高める処世術ですらあった。
ピン!
鋭い音を立てて切れた弦が宙に舞った。向こうから二つ目の弦である。強く弾き過ぎたらしい。
(心が乱れていたか)
今朝、蔡邕の謝絶を聞いた使者は引き下がらなかった。こう伝えたのである。
「太尉は『お前を族滅するのはわけないのだぞ、蔡邕が驕るなら反省する間などやらん』そうお怒りになったとのことです」
使者の目に真正の恐怖が宿っていたのを蔡邕は覚えている。
凶暴で道を外れた董卓の元に馳せ参じるか、それともここ江南より再び逃げ出して身を隠すか。蔡邕の心は揺れていたのである。
手を止めて考え込んでいた蔡邕の耳に、子供の小さな声が滑べりこんできた。
「だいにげん」
(?!)
隣室、寝床で寝ている筈の娘の声だった。まだ九つ。こちらに流浪してから出来た娘である。
蔡邕は疑いの目で隣室の方を見た。
そして一番奥の弦をつまむと今度はわざと断ち切った。
ビン!
少し鈍い音がして弦が舞った。
「だいいちげん」
子供の声がして、蔡邕は娘の才能を知った。そして決意した。
(都へ帰ろう。董卓がどんな男であろうと)
才有る娘をこの江南に埋もれさせたくなくなったのである。




