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俺解釈三国志  作者: じる
十四話 洛陽の四日間(光喜元年八月/189)
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6 後日談

「こりゃ酷い」


 賈詡は嘆息した。丁原の残した兵の接収に来て、その士気の低さに驚いたのである。


 何進の私兵は洛陽近辺で募集された傭兵だった為、何進何苗の死は生活の困窮に直結していた。だから董卓の兵に編入させられる事を歓迎すらしたのだが、并州兵は勝手が違った。どの兵もどの兵も口々に并州への帰還を訴えてくるのだ。


 昨年の春。休屠胡が侵略し、白波賊も反乱し、刺史まで殺され、并州の治安は最悪のものとなった。そこで立ち上がったのが丁原である。


 丁原は自分の県から兵を出し、転戦を続けて各県で兵力を増やしながら、并州北部の平穏を勝ち取り、ついに刺史に追認された。


 だがその実態は力ずくでの徴発に続く徴発。多くの兵が一年以上故郷に帰っておらず、望郷の念、耕作放棄に対する危惧。そういった不満をただただ丁原が圧倒的な暴力で抑え込んできた、というのが実態らしい。


(丁原〜〜〜!!!)


 はっきり言ってこんな兵士達が役に立つとは思えない。帰してやりたいのはやまやまだが、一兵でも多く兵を編入せよ、というのが董卓の厳命である。


 これから宥めたり賺したり脅したりして兵をまとめねばならない。どう考えても呂布がすべき仕事だが、その呂布は董卓にべったりである。


 これからのいらない労力を考え、賈詡はげんなりしていた。


***


 新帝劉協の即位から二日後。永安宮を李儒が訪ねていた。


「つまり、あたしに死ねっていうのね」


 永安宮は洛陽城北宮の東北にある小さな宮。何太后は董卓の弾劾によりここに移されていた。豪華に飾られた永樂宮とは比べものにならないささやかな調度。身の回りの世話をする宦官が居ない為、疲れた顔の何太后の案の前には杯が置かれ、それは酒で満たされ、一枚の羽が浸っていた。酒精で抽出された酖毒酒である。


「そうすればあの子は助かるのね?」

「貴女が居る限り、弘農王の価値は残ります」


 何太后は生前に廃された廃皇后ではない。廃されたとはいえ、依然として最後の国母であり、弘農王劉辨の母である。誰かが彼女を強引に復位させれば、彼女は劉協の上に立つことができる。劉協の廃帝と劉辨の復位も可能になる。だが彼女が死ねば劉辨の価値は激減する。他の誰かにとっての価値とは、董卓にとっての危険を意味する。


「……わかった。あの子の為なら、あたし死んでもいい」


 そう言って毒杯を手に取った。だが口に持って行こうとしても手はぶるぶると震え、毒酒を巻き散らすばかり。


「あ、あは」


 体がそれを拒んだのである。死ぬ、と判っている事を進んでできる人間はそうはいないのだ。


 新たに燗された酒が運ばれて来た。そしてそれにも羽が浸された。


 何太后は引き吊った笑いを浮かべ、目からボロボロと涙を落しながら李儒に頼んだ。


「おねがい、無理矢理でいいの。それを飲ませて」


 李儒は無言で立ち上がった。



 翌日、彼女の死が百官に告げられた。


 董卓は劉協を城内の奉常亭で哭させた。皇太后を悼む事で劉協の帝としての正統性を誇示するためである。


 劉協にとって特に思い入れのない何太后だったが、劉協は空気を読んだのかほどほどに哭して董卓を安心させた。

 百官も白い喪服を着用したが、廃太后であった為に大喪の礼は行なわれなかった。実子の劉辨は軟禁状態のままで、人前には出されなかった。


***


 袁術の車列は都を離れ南に移動していた。


 車列は屈強な男達が護衛している。先日まで虎賁だった者たちが官を辞して傭兵に戻ったのである。ものものしい護衛が付いているのにはわけがある。車軸も折れんばかりに積まれた重い積荷を安全に運ぶためである。


 その車列の中央で、袁術は気楽に車に揺られていた。


(ま、潮時だったってことだ。俺はよくやったよ)


 虎賁を解任された事に未練は無かった。すでに宦官殲滅を果たしたし、丁原が殺されたことを考えると洛陽内で兵権を握り続けることは危険だった。董卓が無理押しで帝を挿げ替えようとしている以上、さらなる内乱が勃発する可能性もある。今は洛陽から避難し、雌伏すべき時だった。


(土産もあるし、な)


 袁術は腰の印綬をさすった。後将軍の印綬は有難く受け取ってある。この地位をどう使うか、袁術は車上で夢想していた。


 ぎしぎしと軋む車には大量の銭が載せられていた。霊帝が売官で貯めた萬金堂の銭を宦官殲滅の際にどさくさに紛れ盗みとったのである。


 郷里へ帰れば四世三公として蓄財した銭はあるが───


(銭はあればあるほど良い。銭に慣れていないものには判らんだろうがな)


 袁術はにやりと笑った。


***


「おかえりなさい」


 逃亡の旅から帰って来た曹操を、卞夫人はやさしく迎えた。それに応えず曹操は尋ねた。


「元讓」

「そんな事より奥方を労え」

 

 曹操は安心した。夏侯惇はうまくやってくれたらしい。


「ただいま」


 そういって曹操は卞夫人を抱き寄せた。


 袁術の刺客の為に、宦官殲滅、という暴挙の間、曹操は洛陽から離れて過ごす事になった。この件に関し、関与もしたくないし立場を表明したくもない、なにより袁紹と対立するのも嫌だった曹操としては願ってもない結果になったのかもしれない。

 

 だが問題は、事態の収拾を董卓が行なおうとしている事である。


「元讓」


 卞夫人の温もりを味わいながら曹操は命じた。

 

「荷物をまとめてくれ。乱が来るぞ。でかい奴が」


 本当に来るかは判らないが、準備はしておかねばならない。

 乱世の奸雄らしいところを見せなければ、評判倒れというものなのだから。


(了)



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