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俺解釈三国志  作者: じる
幕間13 寛政と猛政(中平六年/189)
187/211

4 共闘

 情報は慌ただしく城門に滑べり込んで来た露車《にぐるま》によりもたらされた。


「烏桓が!丘の向こうに集まってます!」


 田豫の部下は南に運ぶ荷物を捨て、慌てて戻って来たのである。


「無事でなによりだ」


 田豫はまずは部下を労った。生還してくれた上に情報まで持ち帰ってくれたのである。これで雍奴の城門を閉ざす貴重な時間ができた。


(敵情を見ねば!)


 田豫はきつい傾斜路を使って版築の城壁の土盛りの上に登った。既に壁上には劉備が立っていた。


「劉県尉!」


 劉備は南の地平を指した。田豫は身を乗り出す様にその方向を見た。滑べる壁上だったが関羽が帯を掴んで支えてくれた。


「百騎ちょいってとこだな」

「そんな事が判るんですか?」

「歩兵が居たらわからんが……まぁ居ねぇだろ」


 劉備は土煙だけで数が読めるようだ。成人男子は郡県の徭役で兵士を経験するが、騎兵の数を読むなど下級の兵士のよくするところではない。


(騎兵に詳しい?軍にでもいたのか?)


 疑問はさておき、県令代行と県尉代行が揃ったのである。急いで方針を決めねばならない。


「では籠城ですか」


 田豫の言を、劉備はきょとんと離れた両目で見つめ返して来た。


「いや、追い返すが?」

「どうやって?」


 劉備が連れている兵は三十人ほど。烏桓の騎兵百騎に対抗できる筈もない。


 その疑問に答える事無く、劉備は城内の地上に向かって叫んだ。


「益徳!行けるか?!」

 

 下で張飛が叫び返した。


「おうよ兄長《あにじゃ》!」


 張飛はその大きな体躯に官製のお仕着せの鎧をきつきつに着て、長く太い丸太を小脇に抱え、城門裏で待機していた。


 田豫はその姿を見て後悔した。


(武具ぐらい作ってやればよかった)


 雍奴は鉄の産地である。彼らに武器や防具を作ってやれない事はなかったのである。だが劉備の一党は雍奴の民に受け入れられているとは言い難い。武具防具の負担に快く協力してもらえるか疑問だった。


 田豫は、隣の関羽が下の張飛を睨んでいるのに気付いた。脇に降ろした両手が握って開いてを繰り返している。


「長生さん、気になりますか?」


 関羽は答えずにじっと下を眺めている。


「……話していいですよ」


 田豫の許可を得た関羽は、少し屈んで田豫の顔に近付くと、顎を張飛に向けしゃくって見せた。


「俺のが強いってのを、あのチビにわからせたい」


 関羽は分別臭そうな顔をしたまま、真剣な目でそう言った。


(子供か)


 二人に身長差はほとんどない。強いて言えば関羽は面長で張飛は横につぶれているので、印象として関羽がしゅっとはしているが。


 田豫はくすりと笑った。


(いや子供だったわ)


 分別臭そうなのは生来の顔付き。実のところまだ鬚も生えない未成年《はたちまえ》である。同じ年頃であろう張飛が気になったのであろう。田豫は自分も同じく未成年なのを棚上げにしてそう思った。


 劉備が手を一度上げ、外に向かって振り下ろす。足元でギギギと軋む音がした。田豫が下に目線を送る。


 城門が開いていく。うおおと雄叫びを上げながら丸太を小脇に張飛が飛び出して行く。劉備の部下達三十名あまりが後に着いて行く。簡雍の姿はない。


 関羽の顔が少し歪んでいた。狼狽、である。


「いいよ」


 田豫は言った。


「城壁の上に居る。ここは危なくないから」


 関羽がにこりとした。初めて見る表情だった。次の瞬間、関羽は城壁から外に向け、飛んだ。


 ふわり、という感じではない。どずん。そんな音を立てて関羽は落ちた。だが次の瞬間、張飛の背中に向かって駆け出していた。


 先頭で重い丸太を抱えて鈍足の張飛に向け、烏桓の騎兵が正面から迫る。


 烏桓兵は騎射の為に馬の速度を落し、手綱から手を離し、腰の弓を取り出した。弓を番える間もその馬はまっすぐに張飛に向かい続ける。


 馬上で武器を使うには両足の力で馬の腹を締めつける必要がある。だがそれもふんばりが効かず、剣では威力が出せない。必然騎兵が使うのは弓である。そして矢はこういった襲撃で使うには高価な武具であり、無駄遣いはできない。必然接近戦になる。


 烏桓兵が馬上で弓を引き絞り、必殺の距離で射撃しようとしたその時である。


 後ろから来た関羽が張飛を軽々と追い抜き、烏桓の右手側に回りこんだ。


 烏桓兵は関羽に気付いたが、両手は弓を番えるのに使っていて馬を御せない。右は弓の狙いにくい方向である。烏桓兵が対応に苦慮している間に関羽は腰の豎刀《ちょくとう》を抜いた。そして通り抜け際に刀をふるった。


 どさり、という音とともに烏桓の馬は何かを落していった。烏桓兵の右足の、膝から先の部分だった。


 馬上の烏桓兵はゆらりと左に倒れていく。馬の腹を挟むことができなくなったから。絶叫をあげて烏桓兵は地面に叩きつけられ、重荷を失った馬は軽やかに走り去った。


 関羽は斬り落した烏桓兵にも去りゆく馬にも目をくれず、張飛の方に振り向いた。後ろから近付く次の烏桓騎兵さえも無視して、張飛に向かって右手を上げた。その右手にはひとさし指が一本、立てられていた。


「なんだ?おめェ」


 怪訝な顔の張飛だが、関羽の背後に迫る後続の烏桓兵に気付き、関羽に警告する。


「おい!」

 

 関羽はくるりと体を回し、またも烏桓兵の足を斬り落した。


 関羽の手持ちは護衛用に誂えてもらった鉄の豎刀である。持ち運び易く切れ味は良いが、馬上の敵には長さが少々足りない。なのですれすれで足を狙う剣撃となる。


 だが関羽はその困難を顔に出さず……むしろ得意気に、今度は指を二本、張飛に向かって立てた。


「てめえ!!」


 挑発と理解した張飛が吠えた。その顔が怒りに染まった。


「やって!やろうじゃねぇか!」


 張飛は持っていた丸太の中央を左手で抱え、前上がりになるように均衡を取ると、右手を丸太の後ろ端に添えた。


 そして突入してきた烏桓騎兵に向け、先端を向けた。


「でりゃぁ!!」 


 張飛が気合一閃、右手の力で丸太を突き出すと、その先端は勢いよく跳ね上がり、馬上の烏桓兵の顔面に突き刺さった。烏桓兵は後ろに吹き飛ばされ、地面をごろごろと転がった後、ぴくりとも動かなくなった。


 右手一本で丸太をぶらさげながら、張飛は関羽に向け、左手の指を一本、立てて見せた。


 そこからはもう、乱戦である。


***


 城壁から離れた平原に戦いの渦が巻き起こっていた。


 関羽と張飛。いやでも目立つ巨漢の二人の回りを烏桓の騎兵がぐるぐると左旋回で回っている。


 張飛は長い丸太をぶんぶんと振り回し、関羽は近付きすぎた烏桓に斬りつける。他の配下三十人余りは烏桓が二人の背に回れないよう長い棒で援護に徹していた。

 時折、弓を引く方を優先した烏桓兵が進路を修正できず、丸太や豎刀の間合いに入ってしまい命を落した。

 烏桓は数に勝り、包囲もしているのに二人の遠近の圧力に軌道を狂わされ、速度を早めさせられ、うまく射撃ができないでいる。


「なんか凄いですね、あの二人」


 田豫は感心して劉備に話かけた。


 劉備は田豫に答えず、両手のひとさし指を口に突っ込んで指笛を鳴らした。


 ピーーーィイーーーー


 そしてすかさず叫んだ。


「益徳!!!!」


 大音声だった。叱責の声色だった。


 田豫は驚いて劉備を見た。劉備がぽつりとつぶやいた。


「のやろ、頭に血が回りやがって。相手が下馬したらどうする気だったんだ」


 そこで田豫も気付いた。烏桓達は騎射に拘っているから攻めあぐんでいるが、降りて安定した地面の上で狙えば、なにほどの事もなく三十人を全滅できる。少なくとも邪魔な二人を排除するのに矢の本数は必要としないだろう。


 だが、劉備の声で張飛の動きが変った。


***


 城から指笛が聞こえた後、張飛の動きが止まったのに関羽は気付いた。烏桓兵の頭めがけてぶんぶん丸太を振り回していたのをやめたのである。


 今のところ関羽の方が一人分多く倒している。その余裕で尋ねた。


「どうした?蝿叩きに疲れたか?」


 張飛はうなだれていた。


「うっかりしてた。言いつけを忘れてた……」


 そういって首を横に振った。


 張飛の回転運動が無くなった事を好機と見て、烏桓の騎兵が直線的に突っ込んでくる。張飛はそちらから目を逸らさずに言った。


「勝負は負けでいい!俺は兄長の言いつけ通りにする!」


 そう宣言し、張飛は丸太を脇に構えた。先程までと違い、両手共に丸太の端を掴んでいる。


 烏桓の騎兵は射てから離脱しても張飛の丸太の間合いに捕らえられないぎりぎりの進路を選び突っ込んできた。


 だが、張飛の対応は先程までと違っていた。丸太を大きく後ろに引くと、勢いよく振って前に放り投げたのである。


「りゃっ!」


 丸太はくるくると回りながら飛んだ。太い丸太が回る風切り音を加味するとごうごうと回りながら飛んだ、と言えるだろう。


 まだ丸太の間合いには入っていない。そう思っていた騎兵の意表を突いて丸太は大きく飛び、乗っている馬の前足を叩き折った。烏桓兵は弓を構えた姿勢のまま前に投げ出され、受身を取れずに頭から地面に落ちた。倒れた馬は悲痛な嘶きを上げながら、折れた前足をぶらぶらさせ、後ろ足で地面を蹴ってもがいている。


 そこへ張飛が突進した。暴れる馬の首に抱きつき、腰に差していた小さな刀を取り出すと首の動脈を切った。


 血の霧が真上に吹き上がった。


 返り血を浴び、真っ赤に染まった張飛が何かを叫んだ。


「□□□□□□□□□□□〜!」


 雄叫びではない。何か意味の有る言葉だった。だが関羽には何を言ったか理解できなかった。


 ただ、張飛の叫びを聞いた烏桓達は驚くほどの勢いで雍奴から去って行った。だから張飛の叫んだ言葉に理由があることは判った。


「お前、いったい何を言ったんだ?」


 張飛は顔の血を拭いながら答えた。


「……烏桓の言葉で『馬を殺すぞ』って言ったのさ。もったいないけどな」


 烏桓達にとって馬は大事な財産である。財産である以上、殺し殺された結果として馬を奪い奪われるのには慣れているし納得している。だが、馬を狙って殺す、つまり財産自体を毀損するぞという不条理な脅しに耐えられなかったのである。


 烏桓と付き合いのない関羽にはそれも理解できなかった。ただ、感嘆の目で言った。


「おまえ、烏桓の言葉ができるのか!「北の国境で育ったからな。数少ない特技よ」


 張飛が食い気味に答えたので関羽が「馬鹿にしか見えないのに」と続けようとしたのは幸いにも伝わらなかった。


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