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俺解釈三国志  作者: じる
幕間13 寛政と猛政(中平六年/189)
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2 無駄飯

「田大人。あの連中に飯を食わす必要、あるんですかい?」


 雍奴の住民からの苦情は何回目になるだろうか?田豫はため息をついた。


 張純と烏桓に虐殺された雍奴の衛兵達。その補充としてやって来たのが劉備とその手兵である。だがこの連中、とにかく評判が悪い。というのも怠惰なのである。周囲の警邏もしない。荷駄の護衛もしない。だらだらと、一日中遊んで暮らしている。


 彼らの費えは州からではなく雍奴から出ている。張純の乱で州の政庁が崩壊した状態だったからだ。鉄と塩で豊かとはいえ、住民の反感は厳しいものがあった。


(伯珪様に苦情を申し上げねばならないか?)


 ようやくお戻りになられたのに、苦情の申し入れは心苦しい。


 劉備は、雍奴を通過した公孫瓚が手配してくれた守兵である。しかし、公孫瓚が直接任命したわけでなく、公孫瓚が薊に置いた臨時政庁が派遣してくれた守兵、である。


 田豫は公孫瓚の強さと美しさを高く評価しているが、公孫瓚が再建した薊の政庁は全く評価していない。控え目に言っても無能の集団としか思えない。


(なんであんな無能な連中を……)


 公孫瓚には噂がある。公孫瓚は代々の名族である遼西公孫氏の出である。だが母の身分が卑しくて扱いが悪かったらしい。能力が有り、容姿が美しいのに、一族での扱いが悪い。


(そりゃあ不満だろうな)


 だが、それで名族を毛嫌いして役所に入れない、というのは少々どうかと思う。きちんとした教育を受けた名族がいなければ役所が機能しなくて当然である。


 新たに着任した幽州牧の劉虞は公孫瓚の役所を無視して別に政庁を置いた。こちらはきちんと機能していて幽州は張純の打撃から回復しつつある。


(けっ)


 だが田豫は劉虞を全く評価していない。自分は武人の公孫瓚よりは士大夫の劉虞の側の人間であると自覚しているが、劉虞の異民族政策は気に食わないのである。


 劉虞はかつて幽州刺史としてこの地に来て、東夷《いみんぞく》を徳化し朝貢までさせた人格者である。今回も烏桓達をたちまち手懐けてしまった。


(いくら恭順させても、居なくなったら反乱、じゃなぁ)


 劉虞の徳化は一時的に異民族を朝貢という利益で釣っているだけに過ぎない。刺史の時に東夷が徳化できていたなら、張純の扇動くらいで烏桓が蜂起する筈がないだろうに。


(烏桓を制するには武力でなくては駄目だ)


 烏桓の脅威に晒され続けている田豫の率直な感想である。


 だからこそ。


(劉備の件はなんとかしないと)


 そう決意したのである。



 城門の脇、かつて衛兵達の詰所だった小屋に劉備達は居を構えている。


 田豫が訪問した時、小屋の外には若い男がただ一人、太い丸太を携えて立っていた。いや、ただ立っていたのではない。丸太を持ち上げ、下ろし、振り回す、という動作をゆっくりと行なっていた。


(張……益徳、だったかな?)


 劉備の部下の中で強そうなのはこの張飛だけ。それは素人の田豫にもわかる。体の厚みが違うのである。張飛が外に居るのは鍛錬なのだろうが、この男には小屋の中が狭すぎるのかもしれない。そう思える太さである。その巨躯からは汗が滴り落ち、湯気まで上がっていた。

 張飛は小屋の門番をしている、と見えなくもない。入る前に一声くらい声を掛けるのが筋であろう。そう思って近付いた田豫の肩にがっしりした指が掛かった。後ろに居た関羽が掴んだのである。

 田豫は関羽の方を振り向いて意図を窺ったが、関羽は田豫ではなく張飛を睨み付けている。張飛も丸太を操る手を止め、睨み合いになった。田豫はどうやら自分が張飛の持つ丸太の「間合い」に入ろうとしたのだと気付いた。


「ありがとう長生さん。でも大丈夫です。彼らは私を害しませんよ」


 そう言うと、関羽の指の拘束が緩んだ。だが関羽の視線は張飛に注がれたまま。バチバチと睨み合う二人を残し、田豫は小屋に入った。


 小屋の戸を開けた瞬間から漂う酒の匂いと人いきれ。わいわいとやかましい中にじゃらじゃらと竹の転がる音がする。

 さほど広くもない小屋の中央で劉備と部下の一人が盤を挟んで対局していた。


(六博《りくはく》か)


 六博は箸《ちょ》と呼ばれる六本の竹の板を転がし、その表裏の出目によって盤上で棋《こま》を進める遊びである。運要素が強い。手製なのだろう、盤はでごぼこした板に炭で描いたものであり箸も長さが不揃い。盤の脇には小銭が積まれている。賭け金なのであろう。


 田豫が見ている前で劉備が箸を真剣な顔で投げた。転がる箸を皆がのぞき込む。


「あーーーーー」


 出目を見た周囲が落胆の声を上げる。田豫にだって心得はある。出目は最悪だった。対局していた部下がすかさず杯を差し出した。


「親分、また罰杯ですぜ」

「ありがとよ。喉が渇いてたんだ」


 劉備は杯を受け取り、飲み干した。


「勝負はこれからこれから」


 そう言って劉備は棋の一つを内周へ進める。また周囲が落胆のどよめきを上げる。田豫も眉を顰めた。


(なぜそんな悪手を……?)


 運も悪ければ腕も悪い。劉備は六博の打ち手としては「酷い」部類に入るだろう。


 周囲の野次馬からも声が掛かる。


「親分弱すぎですぜ」

「もう少し考えてくださいよ」

「一番負けてる奴を相手に選んでそれですかい……」

「……ここから巻き返すさ──さぁ、おめぇの番だぜ」


 対戦相手の子分は揉み手をした後、じゃらりと箸を転がす。周囲から喚声が沸いた。


(うーん……こっちも酷い)


 劉備の手も酷いが、この子分も相当である。どうやら今行なわれているのは劉備達の中で最も下手な打ち手を決める勝負らしい。


 そんな観察をしている田豫に、声を掛けたものがいる。


「小郎《ぼっちゃん》、玄徳は六博を打ちはじめたばっかりだ。しばらく掛かるから出直した方がいいと思うぞ」


 振り向くと、壁際で貧相な中年が寝そべったまま手の平をひらひらさせていた。一行の最年長、簡雍である。田豫はそれでここへ来た用件を思い出した。


「──憲和さん。あなたに用があって来ました」


 簡雍は顔全体で「へ?」と表現した。



「うぐぐぐぐ」


 小屋の外では張飛が唸っていた。関羽は顔を真っ赤にしていた。二人の間には一本の丸太。二人はそれぞれの右手でその両端を掴み力任せに捻りあっている。睨み合いはどういう訳か力比べに発展したらしい。


(平和でいいことだ)


 関羽が口喧嘩に持ち込まなかった、という事だろうから。関羽の口の悪さなら殺し合いになっててもおかしくない。


 思わず勝敗の行方に見入りそうになった田豫だが、


「で、わしに何を言いたいんだね?」


 簡雍の声で我に返った。


 さっきまでだらしなく寝そべっていた簡雍だが、外でもだらしさに変りはなかった。肩はだらんと落ち、背は曲がり、顎が出て、突き出た腹をぼりぼりと掻いている。


(もうちょっとしゃんと立てないものだろうか?)


 この人は容姿で他人に舐められる、という事に無頓着なのだろう、田豫はそう結論した。


(でも、油断はすまい)


 田豫は密かに決意してから切り出した。


「憲和さん、あなたにお願いがあってお呼び立ていたしました」

「わし?わしに小郎に貸せるだけの力があるとは思えないがなぁ」


 簡雍は困ったように、へらへらと笑って答えた。このまま簡雍にのらりくらりを許していても仕方が無い。田豫は本題を切り出すことにした。


「お願いとは他でもありません。劉県尉の事です」


 劉備は県令が公式に任官させた県尉ではないが、公の場ではそう扱われていた。他所者で、ゴロツキで、得体の知れない暴力的な連中なのだ。県の者からすれば失礼のない様にしてし過ぎる事はなかった。


「着任以来、県尉と皆様は警羅も護衛も何もせずに昼間から遊んでおいでです」

「まぁなあ」

「正直に言って、雍奴の民からの評判は散々です」

「そりゃそうだろうねぇ」


 のらりくらりとした受け答えに、田豫は本題を切り出すことにした。


「なので、働いている姿を見せ、体裁だけでも取り繕ってほしいんです」

「そういうのは直接本人に言いなさいな」

「県尉にこの話持ちかけても逃げられるんですよ。だから簡雍さんから劉県尉に命令していただけま」

「待って待って!」


 話を遮った簡雍は、顔をくしゃくしゃと情けなく歪めた。


「……なんでわしが玄徳に命令できると思えるの?」

「だって憲和さん、あなたが県尉の主でしょう?」

 

 田豫の知る簡雍は、劉備の前でも平気でだらしなく寝そべる男である。ぼりぼり腹を掻きながら放屁までする。とても一統の長に対する態度ではない。しかも劉備の部下はその簡雍の失礼さを咎めることもせず、当然と受け入れられている様だった。指揮官が劉備だとしても、簡雍が雇い主なのであろう。そう見当を付けていた。


「いや、まぁ、確かにあいつの主だった事はあるよ?でも力関係はとっくにひっくり返されてるよ」

「それでもあなたは県尉の部下には見えない」


 部下にしてもなんの得もなさそうなこの中年を連れ歩いているのだ。劉備にはなにかしら簡雍に対する遠慮があるに違いない。


 その思いが顔に出ていたらしい。困り顔で簡雍が言った。


「……まぁ、わしは玄徳の食客みたいなもんだ。鶏の鳴き真似ができるわけではないがね」


 田豫は簡雍に本心を見抜かれた事を恥じた。


「わしの仕事は玄徳の行く末を最後まで見守ること。それだけよ」


 田豫には簡雍の言葉の意味は判らなかった。問おうとした瞬間、バキン!と大きな音が横で起き、何かが田豫のほほをかすめて飛び去った。

 田豫が音の方向を見ると、関羽と張飛が丸太の切れ端を持ってよろめいていた。あの太い丸太が二人の膂力に負けて砕けたのだ。その驚きで田豫の疑問は言葉にならずに消えた。


***


 田豫の本来の生業は塩の商いである。塩を運ぶ露車を送り出す時に城門まで見送りに行く。

 城門には衛兵がきちんと居る。


「憲和さんにお願いしてよかった」


 無論、劉備の部下である。あの翌日から、城門には守衛が立つようになった。簡雍が劉備に口を利いてくれたのだろう。最低限の働きだが、この姿を見て雍奴の住民達からの苦情もなくなった。


 実の所、田豫は劉備達が働こうが働くまいが気にしていなかった。雍奴に対する脅威は激減していたからである。この周辺の烏桓は公孫瓚が東へ向かう際に一掃していってくれていた。その後は劉虞が烏桓の丘力居たちを帰順させた。そうそう烏桓が暴れる事はない筈だった。


 この状況なら劉備達がいなくてもいい様な気がするが、実際に守兵がいない、という状況になると今度は住民が安心できない。今回の要請は劉備という形式上の守兵の費用と存在価値に折り合いを付けさせる、という雍奴の民への内向きの働きかけが目的であった。


 その劉備は、といえば相も変らず小屋で博打をしている。最小限の部下を、守衛に出しているだけで、陣頭指揮を取るというわけではないらしい。

 

「ふう」


 その日、田豫は門の右の衛兵がため息をつくのを聞いた。


「おい、まだ番の間だぞ、気を抜くな。不手際があったら戻っても博打させてもらえないぞ」


 左の衛兵が注意した。田豫は興味を持ち、離れて様子を窺った。


「だってよぉ、俺の代わりに誰か馬鹿勝ちしてる奴がいると思うと、悔しいじゃねぇか」

「しょーがねーだろ。俺ら勝ち過ぎたんだからよ」

「でも勝ちすぎた罰、ってなんだよ。訳わかんねーよ」

「強い奴がいなくなりゃ自分が勝てると思ってんだよ。親分博打よえーからな」


 劉備は勝ちすぎた者を博打から遠ざけている。と言うことは。


(劉県尉、本当は博打が強いぞ)


 負けすぎた者が博打を続けられる様、種銭を供給する為に負けてやっているのだろう。

箸の目、という運要素の強い六博でそれが出来るのは、箸の出目の操作が出来るだけの腕前があるのだろう。

 

 田豫は劉備への認識を少し改めた。



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