6 首(光喜元年八月庚午/ 189年9月22日)
「──つまりこれは、勝った、と言うことか?」
疑う表情の何進だが、頬はややほころんでいた。
「はい」
袁紹は満面の笑みだった。
何太后の命令で十常侍が職を解かれ洛陽宮から追放された。実際、悄然とした宦官達が宮殿から豪華な第宅に戻って行ったのも確認できた。何太后の身辺に宦官が居ないわけではないが、何進が選んだものだけになった。
陳蕃の死から二十余年。ようやく士大夫の悲願が叶ったのである。それだけではない。袁紹にとってこれは、自分の一族である汝南袁氏への意趣返しでもある。
「後は宦官どもを殺し尽くすのみ。宮殿から出た宦官を摘発するなど容易い事です」
それは司隷校尉である袁紹の領分だった。きちんと罪をあばき、逮捕し、棄市してやる。その決意だった。
だが宦官は袁紹の上を行っていた。その日からすぐ、何進の第宅に中常侍や小黄門達が続々と訪れた。これまでの謝罪と、これ以上の罰を与えないでほしい、との嘆願の為である。
袁紹としては見るのも嫌、第宅に入れるのも嫌、同じ空気を吸うのも嫌、という所だったが、何進は入れて応接した。門前払いにしようにも門に縋りつき、地面に平伏し続けて外聞が悪いのである。
何進は来た宦官らにこう諭した。
「天下が騒がしいのは諸君らが患いとなっているからだ。間もなく董卓がやって来る。急いで故郷へ帰るがいい」
そう言って追い帰した。
袁紹は不満だった。詰めが甘い、と思った。宦官をできれば殺したくないし、殺すにしても自分の責任ではなく董卓のせいにしよう、というのが見え見えだった。やはり何進は宦官には立身させてもらった恩を忘れられないのだ。
「将軍。この機会を逃してはなりません。連中が陛下の裾に縋れない今すぐ、宦官共を一掃するのです」
洛陽宮で宦官を殺すより洛陽市街の方が簡単で、犠牲も少ない。だが何進の合意は得られなかった。
「無力な、男でもない連中だ。可哀想じゃないか」
何進の顔には勝者の余裕があった。
袁紹は何進に内緒で偽りの命令書を作成し、全国の州郡に宦官の親族を逮捕するよう郵に伝達させた。
***
張讓は何進の第宅に行って何進に平伏したりはしなかった。気高かったからではない。張讓は自分の第宅に戻り、そして自分の息子の嫁に平伏したのである。
「お、義父さま?」
驚きは当然だった。雨に濡れて帰って来た義父が、帰るやいなや自分の前にひれ伏したのである。
長幼男女の節度を超え、一家の長が息子の嫁にひれ伏すなど有り得ない事である。彼女は驚いて義父を助け起こそうとした。しかし、張讓は血を吐かんばかりに慟哭した。
「老臣は罪を得て、新婦の居る私宅の門に帰ることになりました。累世の恩を受けた事を思いますと、今、宮殿を遠く離れ、懐かしさに恋々としております」
普段はしないかしこまった言い方だった。
「お義父さま……頭をおあげください」
困惑して嫁が近寄ると張讓は頭を床に叩き付けはじめた。嫁はまたも驚いて一歩、二歩と後ずさる。
「ひとたびでいいのです。お側に参上し、しばし皇太后陛下の顔色をお伺いすることさえできれば、そう願ってやみません。しかるのちであれば、私はどこでのたれ死にしても恨むものではありません!」
濡れたみじめな姿で涙ながら叫ぶ張讓の悲しみが胸に迫り、嫁ももらい泣きして言った。
「姉さんに伝えますから、どうか頭を、頭をおあげになって」
張讓の息子の嫁である彼女は、何進そして何太后の妹である。
彼女は姉の何太后と母舞陽君にこの事を訴えた。二人ももらい泣きし、張讓はひそかに宮中に戻ることができた。そして彼の手引で中常侍達もひそかに宮中に帰ったのである。
***
「中常侍達は全員罪があることが判ったので誅したい。あと、宦官の職務を三署の郎官に替らせようと思う。許可を頂きたい」
病を理由に外出を控えていた何進が永樂宮の何太后の元にやってきた。そして開口一番がこれである。
かつて竇武に対し竇太后は言った。宦官に罪が有るならば誅してよいと。何進は何太后に同じ決断を迫ったのである。追放した中常侍達を訴追することの言質を得ることで、今後も宦官達の罪をきちんと問う体制を構築するのである。
何太后は押し黙った。自分がひとこと兄に「諾」と言えば、彼らの命運は終わる。彼女は中常侍達に同情し、こっそり手元に戻している。懐の窮鳥を殺させるのは忍びなかった。だから黙るしかなかった。
重い沈黙の時間が続く。
その重苦しい空間から、静かに、誰の注意も引かないように、一人の下級宦官がすっと立ち去った。
その宦官は永樂宮の正殿を抜け出すと、さらに奥の間へと入り込んだ。そこには十常侍、と呼ばれる面々が無言で座っていた。宦官は正殿での二人の会話を十常侍に報告した。
「ご苦労」
張讓の配下であった。張讓らは、何進から隠れ下級宦官にこの会話を盗み聞きさせていたのである。
「病を称して喪にも葬にも出なかった大将軍が今更これだ。やはり竇武の事を起こそうというわけか」
十常侍達は頷いた。何進は敵であり、討ち倒さねばならない。新帝と皇太后の御親族である、などということは考慮する必要はない、と。彼らは手短に計画を立案した。
段珪と畢嵐が十数人づつ宦官を率いて小さな門を使い永樂宮の前庭に入り、そこに潜んだ。暗殺に大人数はいらない。それを知っていた。
「今日は出直す!少しは頭を冷せ!」
予想通り交渉は決裂し何進は退出した。正殿から前庭を通り退出する何進を段珪と畢嵐は襲わなかった。
(供回りが多すぎる)
何進を孤立させる機会を作るのだ。
永樂宮の正門、九龍門から出た何進は大きく伸びをした。その後ろで九龍門が静かに閉まる。久々の晴れ間で、前庭からの昼の光が門を通り門前を明るくしていたのが、門扉に遮られたことで門前がうっすらと暗くなる。
(妹が頑固で困る)
議論は並行線。何進が思うに、悪人はやはり罰するべきだし、士大夫ですむ業務は士大夫がするべきだ。たったそれだけのことなのに妹はどちらも嫌なようだ。
正直なところ、妹の同意を得ずに諸策を強行もできなくはないのだが、何進にそのつもりはない。
(帝の権威に傷を付けるのも、なあ?)
根気強く説得に来て、最後には認めさせるつもりだ。
車に乗ろうとして、気付いた。
(そうか、第宅に戻らなくてもいいのだった)
暗殺を恐れて要塞の様にした第宅に籠っていたが、もう大将軍府に戻っても差し支えない筈だ。なぜなら何進は勝利したのだから。
凱旋。
そんな言葉が浮かんだ。
その時である。後ろで再び九龍門が開いた。
振り返った何進の目を門からの光が刺す。眩しさに目を細めた何進の前に門から進み出た下級宦官が平伏し言上した。
「皇太后陛下が、ご家族としての話をしたい、と申されております。今ひとたびお戻りを願えませぬでしょうか?」
そう言って叩頭を始めた。何進は苦笑して周囲の供に
「ちと言いすぎたかもしれんな?少し機嫌を取って来る」
そう言って再び門内に戻った。
何進が入るとまた静かに九龍門は閉まり、門前は薄暗くなった。
前屈みで小走りする宦官に先導させ、何進は前庭を抜け、永樂宮の正殿の近くまでたどり着いた。そして突然前を数人の宦官に塞がれたのである。
「む?」
何進が振り向くと既に後ろも宦官が囲んでいる。
視線を前に戻すと
「何故お前がここに?!」
張讓が正殿の入口から出て来たのである。何進の驚きに張讓は声を張った。
「天下の乱れを我々だけのせいにしおって。先帝が皇太后を不快に思っておられたことがある。成敗すらお考えだった。それを涕泣し家財をはたいてお救いしたのは我々だぞ。それもただ卿の一族を救わんがためだったのに。それなのに我々を滅ぼそうとするのは、あまりではないか?卿は我々が穢濁だと言うが、公卿以下に忠清な者など誰がいるものか!」
間もなく死ぬ何進に聞かせる為ではない。共犯となる宦官達に聞かせる為である。
刀剣宝物を扱う尚方監の渠穆が進み出た。刀剣の扱いに馴れた宦官である。すらりと剣を抜いた。
***
門前で待つ供回り達の前で、再び九龍門が開いた。門の向こうの光を背に、宦官が進み出た。
その宦官は迷い無く門外の供回りの中、随行していた尚書に一枚の木片を渡した。詔板である。
「これを尚書台で清書し、公布するように」
尚書はとっさに直立不動の姿勢になり、それから頭を下げておずおずと詔板を受け取った。
畏れ多い事ながら、文面をちらりと見る。そこには「故太尉の樊陵を司隸校尉に除する。少府の許相を河南尹に除する」と書かれていた。
現在司隷校尉は袁紹であり、河南尹は王允である。どちらも宦官には危険な存在であり、洛陽とその周辺の監察権をも有している。それを罷免し、宦官に阿る人物に替える、という詔である。
尚書は何進の狙っている所を知っている。すぐにこの人事のおかしさに気付いた。
「どうか大将軍にお出ましいただき、いま一度議論を!」
そう宦官に問うた。宦官は答えず、後ろ、九龍門に振り返った。
九龍門の光の中に別の人影が立っていた。右手に何かをぶら提げていた。影はそれを大きく後ろに引くと放り投げた。
何かは重いらしく、浅い弓を描いてごつんと、地面に落ち、丸いらしく、ごっごっと鈍い音を立てて転がった。そして水溜りで止まった。
尚書が目を下ろすと、それも虚ろな目で尚書を見返した。何進の頭だった。
人影は言った。
「何進、謀反なり。既に誅に伏したわ」
(続く)




