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最初は遊びだった俺の催眠が、気づけば誰かを救う力になっていた  作者: non


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第9話 触れない壁



 放課後の図書室は、静かだった。


 ページをめくる音だけが、時々聞こえる。


 その中で、一人だけ浮いている存在があった。


 窓際の席。


 ずっと同じページを開いたまま、動かない女子。


(……あの子)


 最近、よく見かける。


 でも、誰とも話していない。


 話しかけられても、反応が薄い。


 まるで――


 外の世界と、繋がっていないみたいに。


 少し迷う。


 また、踏み込みすぎるかもしれない。


 でも。


(見て見ぬふりは、しない)


 そう決めた。


 ゆっくりと近づく。


「……隣、いいか」


 声をかける。


 返事はない。


 でも、拒否もされない。


 それを肯定と受け取って、席に座る。


「……」


 沈黙。


 しばらく待つ。


 焦らない。


 無理に話させない。


「……いつも、ここにいるよな」


 ぽつりと話しかける。


 少しの間。


「……」


 やっぱり、返事はない。


 でも。


 ページが、わずかに揺れた。


 聞こえてはいる。


 それだけで、十分だった。


「……俺、ちょっと変なことやってるんだけどさ」


 苦笑しながら言う。


「人のこと、少しだけ楽にする方法っていうか」


 説明になっているかは分からない。


 でも、正直に言うしかない。


「……」


 沈黙。


 それでも、続ける。


「無理にはやらない」


「……」


「嫌なら、今すぐやめる」


 そこで、少しだけ間を置く。


「……でも」


 言葉を選ぶ。


「もし、少しでも楽になりたいって思うなら」


 静かに続ける。


「手伝えるかもしれない」


 長い沈黙。


 時計の音が、やけに大きく聞こえる。


 やがて――


 ページが、閉じられた。


「……少しだけ」


 小さな声。


 初めて聞いた。


「……いい」


 その一言だけで、十分だった。


「……分かった」


 立ち上がる。


 距離を取る。


 目を合わせる。


 反応は薄い。


 でも、逸らされない。


(焦るな)


 ゆっくりと呼吸を合わせる。


「……リラックスして」


 静かに言葉を置く。


 反応は、ほとんどない。


 それでも――


 パチン。


 指を鳴らす。


「……」


 変化が、ない。


(……効いてない?)


 いや、違う。


 呼吸は少しだけ浅くなっている。


 でも、それ以上は何も起きない。


「……どう?」


「……」


 返事がない。


 目も、さっきと変わらない。


 まるで、何も届いていないみたいに。


(なんでだ……)


 今までとは違う。


 反応が、極端に薄い。


「……」


 もう一度、試すか。


 いや――


(無理にやるな)


 止める。


 深呼吸。


 考える。


 この子は、何を抱えている?


 怖さ?


 ストレス?


 ――違う。


 もっと、深い。


(……閉じてるのか)


 外からの言葉を、受け取らないように。


 自分で、遮断している。


「……ごめん」


 小さく言う。


「今日は、やめる」


 そう告げて、距離を戻す。


「……」


 女子は、何も言わない。


 ただ、また本を開こうとする。


 その時。


「……無理に、開かなくていい」


 思わず、言っていた。


 手が、止まる。


「……」


「閉じててもいい」


 続ける。


「でも」


 少しだけ、間を置く。


「外に出たいって思ったときは」


 ゆっくりと言葉を置く。


「その時は、手伝う」


 静かな空間。


 風が、少しだけカーテンを揺らす。


 やがて。


「……」


 女子の手が、わずかに動く。


 本を閉じる。


 そして。


「……名前」


 小さな声。


「……え?」


「……名前、教えて」


 初めて、こっちを見た。


 ほんの少しだけ。


 でも、確かに。


「……ああ」


 少し驚きながら答える。


「――黒瀬 悠真」


 女子は、少しだけ頷く。


「……私は、紗月」


 それだけ言って、また視線を落とす。


 でも。


 さっきまでとは、違う。


(……開いた)


 ほんの少しだけ。


 完全じゃない。


 何も解決してない。


 催眠も、ほとんど効いていない。


 それでも。


 ゼロじゃない。


「……また来る」


 自然と口に出る。


「……」


 返事はない。


 でも。


 拒否も、ない。


 それだけで、十分だった。


 ――触れない壁がある。


 どれだけ手を伸ばしても、届かない場所。


 でも。


 叩き続ければ、ひびくらいは入るかもしれない。


 そのひびを、見逃さない。


 それが――


 今の俺にできることだと思った。

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