表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最初は遊びだった俺の催眠が、気づけば誰かを救う力になっていた  作者: non


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/12

6話 触れられない場所



 ――“少しだけ、楽になる”。


 それが、この力の限界だ。


 それ以上は、できない。


 ……できないはずだった。


 放課後。


 俺は、美咲の家の前に立っていた。


 チャイムを押す指が、少し震える。


(来るべきじゃないかもしれない)


 そう思いながらも、押した。


 ピンポーン。


 数秒の沈黙。


 ドアが、ゆっくりと開く。


「……あ」


 出てきたのは、美咲だった。


 少し驚いた顔。


「どうしたの?」


「……ちょっと、話せるか」


 言うと、美咲は少しだけ迷ってから頷いた。


「……いいよ」


 中に入る。


 リビングは静かだった。


 でも――


 空気が、重い。


 何も音がないのに、どこか張り詰めている。


「親は?」


「……いない」


 短い答え。


 それだけで、色々察してしまう。


「……そっか」


 ソファに座る。


 美咲も、少し距離を空けて座った。


「昨日の……ありがとう」


「……いや」


 首を振る。


「俺は、何もしてない」


「そんなことないよ」


 小さく笑う。


 でも、その笑顔はやっぱり少し無理をしている。


「……なあ」


 言うべきか、迷う。


 でも、来た理由はそれだ。


「まだ……つらいか?」


 美咲の表情が、少しだけ止まる。


 そして、ゆっくりと視線を落とした。


「……うん」


 小さな声。


「夜とか、特に」


「……」


「音がすると、また始まるんじゃないかって思って」


 手が、膝の上でぎゅっと握られる。


「落ち着かないの」


 胸が締め付けられる。


(これを……)


 どうにかできるのか?


 催眠で。


 少しだけ楽にすることはできる。


 でも――


(それで、いいのか?)


 一瞬、迷う。


 また同じことになるかもしれない。


 でも。


「……やるか?」


 口に出していた。


「……え?」


「この前の、やつ」


 美咲は少し驚いた顔をして、すぐに苦笑した。


「……また?」


「嫌なら、やらない」


 すぐに付け加える。


「……ううん」


 首を振る。


「少しだけ、楽になるなら」


 その言葉が、重い。


 “少しだけ”。


 それが、どれだけの意味を持つか。


「……分かった」


 立ち上がる。


 距離を取る。


 目を合わせる。


「無理はしない」


「……うん」


「嫌になったら、すぐ言っていい」


「……うん」


 深呼吸。


 集中する。


 パチン。


 指を鳴らす。


「……」


 静かな時間。


「……どう?」


「……少し、楽」


 やっぱり、効く。


 でも、それだけだ。


「怖いことは、今は考えなくていい」


「……うん」


「ここは安全だ」


「……うん」


 表情が、少しだけ緩む。


 呼吸も落ち着いている。


(ここまでは、いい)


 問題は、この先だ。


 根本。


 家庭環境。


 それに触れない限り――


「……なあ、美咲」


「……なに?」


 言うか、迷う。


 でも、避けて通れない。


「このままじゃ、また戻る」


「……」


「家のこと、どうにかしないと」


 その瞬間。


 美咲の表情が、固まった。


「……無理だよ」


 即答だった。


「……」


「どうにもならないもん」


 視線を逸らす。


「大人のことだし」


「……」


「私が何か言っても、余計に悪くなるだけ」


 声が少し震えている。


「だから……」


 ぎゅっと、手を握る。


「考えない方が、楽なの」


 ――そこだ。


 これが、現実。


 催眠でどうこうできる問題じゃない。


(俺は……)


 ここまでしか、できないのか。


「……ごめん」


 思わず、言っていた。


「……なんで?」


「何も、解決できない」


 悔しさが滲む。


「……そんなことない」


 美咲は首を振った。


「今、楽だから」


「……」


「それだけでも、十分だよ」


 小さく笑う。


 でも、その笑顔の奥には――


 諦めがあった。


(それで、いいのか……?)


 胸の奥がざわつく。


 このまま“少し楽”を繰り返すだけで。


 本当にいいのか。


「……なあ」


 気づけば、口が動いていた。


「逃げる方法も、あるかもしれない」


「……え?」


「学校の先生とか、相談できる場所とか」


「……」


「一人で抱えなくていい」


 美咲はしばらく黙っていた。


 そして――


「……怖い」


 ぽつりと呟く。


「変わるのが、怖い」


「……」


「今より悪くなるかもしれないって思うと」


 それも、現実だ。


 簡単に“助けを求めろ”なんて言えない。


「……そっか」


 それ以上、強くは言えなかった。


 言っていい立場じゃない。


 俺は、ただの高校生だ。


 何かを変える力なんて、持っていない。


 ――催眠以外は。


(……それでも)


 それでも。


 何もできないわけじゃない。


「……無理に変えなくていい」


 静かに言う。


「でも、一人で抱える必要はない」


「……」


「俺は、ここにいる」


 それは、無責任な言葉かもしれない。


 でも――


 嘘じゃない。


「……うん」


 美咲が、小さく頷く。


 その目は、少しだけ潤んでいた。


 催眠が、ゆっくりと解けていく。


 表情が戻る。


 現実も戻る。


 何も変わっていない。


 でも。


「……ありがとう」


 その言葉だけが、残った。


 ――届かない場所がある。


 この力じゃ、触れられない場所が。


 それでも。


 触れられるところから、やるしかない。


 それが、今の俺にできることだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ