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最初は遊びだった俺の催眠が、気づけば誰かを救う力になっていた  作者: non


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第5話 初めて、届いた手



 ――完璧じゃなくていい。


 全部救えなくてもいい。


 それでも、目の前の一人に向き合う。


 そう決めた次の日だった。


 放課後、昇降口で声が聞こえた。


「だから、やめてって言ってるでしょ」


 小さな、でもはっきりした拒絶。


 思わず足を止める。


 視線の先。


 一人の女子が、男に腕を掴まれていた。


「いいじゃん、ちょっと話すだけだって」

「離して」


 嫌がっているのは明らかだった。


 でも、周りの生徒は見て見ぬふりをしている。


(……またか)


 胸の奥が、ざわつく。


 あの日の由奈が、頭をよぎる。


 気づけば、体が動いていた。


「――離せよ」


 自分でも驚くくらい、低い声が出た。


「……あ?」


 男が振り返る。


 面倒くさそうな顔。


「なんだよ、お前」

「嫌がってるだろ」


「関係ねえだろ」


 その言葉に、一瞬だけ言い返せなくなる。


 確かに、関係はない。


 でも――


「あるだろ」


 無理やり、言葉を押し出す。


「目の前でやってるなら」


 少しの沈黙。


 男は舌打ちして、女子の腕を離した。


「……チッ。めんどくせえな」


 睨みつけてから、そのまま去っていく。


 周囲の空気が、少しだけ緩む。


「……大丈夫か」


 女子に声をかける。


 肩が小さく震えている。


「……ありがとう」


 消えそうな声。


 目はまだ不安げに揺れている。


「……あいつ、前から?」


 こくり、と頷く。


「最近……ずっと」


 やっぱりか。


 少し迷う。


 ここで、どうする?


 また、あの力を使うのか。


 失敗したら――


 頭に浮かぶのは、第2話の光景。


『触らないで!!』


 胸が締め付けられる。


 でも。


(逃げないって、決めただろ)


 拳を握る。


「……一つ、聞いていいか」


「……なに?」


「少しだけ、楽になる方法がある」


 慎重に言葉を選ぶ。


「無理にとは言わない。でも――試してみるか?」


 女子は一瞬、驚いた顔をした。


 当然だ。


 怪しすぎる。


 それでも。


「……怖く、ない?」


 不安そうに聞いてくる。


「正直に言う」


 目を見て答える。


「怖い可能性もある」


「……」


「でも、ちゃんとやる。勝手にはやらない」


 少しの沈黙。


 女子は視線を落として、考える。


 そして――


「……お願い、してもいい?」


 小さく、でも確かな声だった。


「……分かった」


 深く息を吸う。


 距離を取る。


 近づかない。


 目を合わせる。


 逃げ道は残す。


(支配じゃない。誘導だ)


 頭の中で繰り返す。


「……リラックスして」


 ゆっくりとした声。


 女子の呼吸に合わせる。


「ここは安全だ」


 肩の力が、少し抜ける。


 タイミングを見て――


 パチン。


 指を鳴らす。


「……」


 静かな時間。


「……どう?」


「……ちょっと、ふわふわする」


 よし。


 落ち着いてる。


 焦るな。


「怖いものを消そうとしなくていい」


「……うん」


「ただ、“距離”だけを考えて」


「……距離」


「近づいてきても、自分から離れられる」


「……うん」


 女子の眉が、少し動く。


 でも、崩れない。


 続ける。


「もし来たら――」


 言葉を慎重に選ぶ。


「はっきり『やめて』って言っていい」


「……やめて」


 小さく、繰り返す。


「もっと強くてもいい」


「……やめて」


 少しだけ、声に力が入る。


「大丈夫。言っていい」


「やめて!」


 今度は、はっきりと。


 その瞬間。


 女子の目に、少しだけ光が戻る。


「……どう?」


「……さっきより、怖くない」


 その言葉に、胸の奥が熱くなる。


「近づいてきても……押し返せそうな感じ」


「……そっか」


 力が抜ける。


 でも、まだ終わりじゃない。


「これは、ずっと続くわけじゃない」


「……うん」


「だから、誰かに相談もしてほしい」


 現実から逃がさない。


 でも、一人にもさせない。


「……分かった」


 女子は小さく頷いた。


 そして――


「……ありがとう」


 今度は、はっきりとした声だった。


 涙が、少しだけ滲んでいる。


 でも、それはさっきまでの涙とは違う。


 崩れる涙じゃない。


 少しだけ、前を向くための涙。


「……いや」


 首を振る。


「俺一人じゃ無理だから」


 正直に言う。


 この力だけじゃ、何も解決しない。


 でも。


 きっかけには、なれる。


「それでも」


 女子は少し笑った。


「さっきより、全然違うから」


「……」


 その言葉が、胸に残る。


 ――届いた。


 初めて、ちゃんと。


 誰かに。


(これで、いいんだ)


 完璧じゃなくていい。


 全部救えなくてもいい。


 それでも。


 目の前の一人に、手を伸ばす。


 それが――


 今の俺にできる、唯一のことだ。

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