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最初は遊びだった俺の催眠が、気づけば誰かを救う力になっていた  作者: non


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第4話 逃げないために


 ――逃げるわけにはいかない。


 そう決めたはずなのに、足は重かった。


 由奈がいるかもしれない場所へ向かうだけで、心臓が嫌な音を立てる。


 昼休み。


 人の少ない中庭のベンチに、由奈はいた。


 一人で、静かに座っている。


 目が合う。


「……っ」


 ほんの一瞬、肩が揺れた。


 それだけで分かる。


 ――怖がられている。


 当然だ。


 俺は、あいつを泣かせたんだから。


「……少し、いいか」


 距離を保ったまま、声をかける。


 逃げられてもおかしくない。


 でも、由奈は少し迷ってから、小さく頷いた。


「……うん」


 その一言に、少しだけ救われる。


 でも、それで許されたわけじゃない。


 ベンチの端に座る。間に、しっかりと距離を置く。


「……昨日は」


 喉が詰まる。


 でも、目を逸らさずに言う。


「ごめん」


 短く、はっきりと。


 言い訳はしない。


 できない。


「……」


 由奈は何も言わない。


 ただ、膝の上で手をぎゅっと握っている。


「助けるつもりだった」


 言葉を続ける。


「でも、結果は……ああなった」


 自分で言って、胸が痛くなる。


「だから、もう――」


 やめる、と言いかけて。


 言葉が止まった。


 本当に、それでいいのか?


 昨日、美咲から来たメッセージが頭をよぎる。


『少しだけ、楽になった』


 助けられた人もいる。


 でも、傷つけた人もいる。


 その両方があるのに、簡単に「やめる」と言っていいのか。


「……分からないんだ」


 正直に、言った。


「この力が、正しいのかどうか」


「……」


「使わない方がいいのかもしれない。でも――」


 拳を握る。


「見て見ぬふりも、できない」


 沈黙。


 風の音だけが通り過ぎる。


 しばらくして、由奈がぽつりと口を開いた。


「……昨日」


「……うん」


「変な感じだった」


 やっぱり、そうか。


「ぼーっとして、でも……はっきりしてるところもあって」


「……」


「“安心していい”って言われたとき」


 由奈の指が、少し震える。


「逆に、怖くなった」


「……」


「なんでか分からないけど……“今、危ないんだ”って思っちゃって」


 胸に、重く刺さる。


 俺の言葉が、逆効果になった。


「ごめん」


 もう一度、言う。


 今度は、さっきよりもずっと重い。


「……ううん」


 由奈は首を振った。


「助けようとしてくれたのは、分かるから」


「……」


「でも、怖かったのも、本当」


 はっきりと言われる。


 逃げ道はない。


「……ああ」


 それを、受け止める。


「じゃあさ」


 由奈が、少しだけ顔を上げる。


「もう一回、やるの?」


「……え?」


 予想していなかった言葉に、思わず聞き返す。


「だって、そのまま終わるの……なんか嫌でしょ」


「……」


「私も、怖いままなのは嫌」


 まっすぐな目だった。


 昨日とは違う。


 ちゃんと、自分の意思でここにいる目。


「だから――」


 一瞬、息を吸って。


「やるなら、ちゃんとやって」


「……ちゃんと?」


「勝手にやるんじゃなくて、どうするか、先に決めるの」


 なるほど。


 言われて、気づく。


 昨日の俺は、一方的だった。


 相手の状態も、気持ちも考えずに、ただ“やった”。


「……分かった」


 ゆっくりと頷く。


「じゃあ、まず――」


 言葉を選ぶ。


「怖くなったら、すぐ止める」


「うん」


「無理に何かを思い出させたりしない」


「うん」


「あと……」


 一番大事なこと。


「俺は、絶対に近づかない」


 由奈の肩が、少しだけ緩む。


「……それなら」


 小さく頷いた。


 立ち上がる。


 距離を保ったまま、正面に立つ。


 目が合う。


 今度は、逃げない目。


「……いくぞ」


「……うん」


 深呼吸。


 焦るな。


 支配じゃない。


 誘導だ。


 相手を、尊重する。


「……楽なことを考えていい」


 ゆっくりと言葉を置く。


「ここは安全だ」


 由奈の呼吸が、少しずつ落ち着く。


 そのタイミングで――


 パチン。


 指を鳴らす。


「……」


 静かな時間。


「……どう?」


「……さっきより、平気かも」


 小さな声。


 でも、確かに震えは少ない。


「じゃあ……」


 慎重に、言葉を選ぶ。


「嫌な記憶は、無理に消さなくていい」


「……うん」


「ただ、距離を置くイメージだけしてみて」


「……距離」


「近づいてきても、自分から離れられる感じ」


「……うん」


 由奈の眉が、少しだけ寄る。


 でも、パニックにはなっていない。


「……どう?」


「……さっきみたいに、近づいてこない」


 その言葉に、少しだけ息を吐く。


 成功……なのかは分からない。


 でも、少なくとも――


 悪化はしていない。


「……ありがとう」


 由奈が、ぽつりと言った。


「……いや」


 首を振る。


「まだ、何も解決してない」


「それでも」


 少しだけ笑う。


 昨日より、ちゃんとした笑顔。


「怖くなくなっただけで、全然違うから」


「……」


 その言葉が、胸に残る。


 完全に救うことなんて、できない。


 でも――


 少しだけ、軽くすることはできるかもしれない。


「……これからも」


 自然と口に出ていた。


「無理のない範囲で、やっていく」


 自分に言い聞かせるように。


「……うん」


 由奈が頷く。


 その目は、もう怯えていなかった。


 ――完璧じゃなくていい。


 全部救えなくてもいい。


 それでも。


 目の前の一人に、ちゃんと向き合う。


 それが、今の俺にできることだ。


 そして――


 それが、この力の使い方なんだと思った。

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