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最初は遊びだった俺の催眠が、気づけば誰かを救う力になっていた  作者: non


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第11話 何も使わないで



 図書室。


 窓際の席。


 紗月は、今日もそこにいた。


 でも――


 前と同じようで、少しだけ違う。


 本は開いている。


 けれど、時々、視線が外に向いている。


(……変わってきてる)


 ほんの少しだけ。


 でも、確実に。


「……来た」


「……ああ」


 黒瀬は、静かに隣に座る。


 沈黙。


 でも、それはもう苦じゃない。


「……今日さ」


 紗月がぽつりと言う。


「ちょっとだけ、外見てた」


「……うん」


「なんか、変な感じだった」


「……どんな?」


「……怖いけど」


 少しだけ、考える。


「少しだけ、気になる」


「……そっか」


 それだけでいい。


 無理に進める必要はない。


「……なあ」


 黒瀬が口を開く。


「ちょっとだけ、歩いてみるか」


「……外?」


「廊下でいい」


 すぐに付け加える。


「無理ならやめる」


「……」


 紗月は少しだけ迷う。


 そして。


「……少しだけ」


 小さく頷いた。


「……分かった」


 立ち上がる。


 距離を保ったまま、歩き出す。


 紗月も、少し遅れて立ち上がる。


 一歩。


 また一歩。


 図書室の出口へ。


 扉の前で、足が止まる。


「……ここまででいい」


 黒瀬は言う。


「開けるかどうかは、紗月が決める」


「……」


 手が、扉に触れる。


 でも、動かない。


 数秒の沈黙。


 やがて――


 少しだけ、扉が開く。


 廊下の光が、差し込む。


「……」


 紗月の呼吸が、少しだけ乱れる。


「……戻ってもいい」


 黒瀬が言う。


「……ううん」


 首を振る。


「……大丈夫」


 小さな声。


 でも、確かに。


 扉が、もう少し開く。


 廊下に出る。


 人の気配。


 遠くの声。


 足音。


 全部が、一気に押し寄せる。


「……っ」


 紗月の肩が震える。


「……戻るか?」


「……まだ」


 ぎゅっと、手を握る。


「……大丈夫」


 無理はさせない。


 でも、止めもしない。


 そのまま、少しだけ歩く。


 一歩。


 また一歩。


「……」


 紗月の呼吸が、少しずつ落ち着いていく。


「……どう?」


「……思ったより、大丈夫」


 少し驚いたように言う。


「……そっか」


 それだけでいい。


 それ以上は、いらない。


 しばらくして。


「……戻る」


「……ああ」


 無理をさせない。


 二人で図書室に戻る。


 席に座る。


 少しの沈黙。


 そして。


「……変なの」


 紗月が、ぽつりと言う。


「……何が」


「……できた」


 少しだけ、笑う。


 前よりも、はっきりと。


「……ああ」


 黒瀬も、少しだけ笑う。


「ちゃんと、自分でやった」


「……うん」


 その一言が、すべてだった。


 ――催眠は、使っていない。


 何もしていない。


 ただ、一緒にいただけだ。


 それでも。


 確かに、一歩進んだ。


(……これでいい)


 無理に変えなくていい。


 無理に救わなくていい。


 ただ。


 隣にいるだけでも、できることがある。


「……なあ」


「……なに?」


「また、少しずつやるか」


「……うん」


 迷いはない。


 強くもない。


 でも。


 ちゃんと、自分の意思で頷いた。


 ――何も使わなくても、届くものがある。


 それはきっと。


 この力よりも、ずっと大事なものだった。

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