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砂漠の月  作者: ちあき
第四章 ウォーター・シスト
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氷の仮面

リョウを捕らえた男は、このサンクラシクス大聖堂の最高権力者である大司教セガン・キーロ。

セガンは一昔前まではこのウォーター・シストの覇者と言われるほど力のある立場にいた。

だがその地位はオリーブを崇拝する信者の数に比例して高められたものだ。

当然オリーブとシエルが突然失踪してからは一気に地位は低くなる。

今回降って湧いたようなリョウの存在は願っても無い好機と言えた。

そのリョウを捕らえてから今日で一週間。

こちらがどれだけ好条件を示しても、リョウは相変わらず頑固に拒否をし続けていた。

セガンは夜も更ける時間に自室へ戻ると、部下のラズと専門医のクオリカを呼び寄せた。


「ラズ、シエル様の仲間はまだちゃんと捕らえているのだろうな」

「はい。今のところ大人しくしております」

「逃げ出したという二人は?」

「申し訳ありません。街に紛れてからは見つけられておりません」

「…まぁいい。その捕らえた一人だけは決して逃さぬようにしておけよ」

「はい」


かしこまるラズの隣でクオリカは恐る恐る顔を上げた。


「セガン様…。あのシエル様は、本当に本物なのでしょうか」


セガンは蛇のような目でクオリカを睨んだ。


「本物に決まっている」

「…」

「…いや、本物でなくてはいけないのだ。考えてもみよ。新都はいよいよ動き出した。一昔前ならいざ知らず、今の生気の欠けたサンクラシクス軍ではこのウォーター・シストを守ることも出来はしないだろう。士気を高めるためにもシエル様を必ず手に入れなければならないのだ。分かるな?」

「はい…」


話していると部屋の扉がコンコンとノックされた。

セガンが返事を返すと怪しげな男が二人入ってきた。

クオリカはその男たちが手に持つ、顔全体を覆う黒いマスクに気付くと青くなった。


「あ、あなた方は…」


セガンはその二人を従えるとラズには戻るように、そしてクオリカにはついてくるように指示した。


「お前は手を貸すのだ」

「私がですか?」

「あのシエル様は中々にして頑固でね。こっちが宥めようと脅そうと中々手に落ちない。時間もないことですし仕方がないので少々手荒な手段で手懐けることにした」

「手荒な手段…」

「さっきも言ったが、全てはウォーター・シストを守る為なのだ。あのシエル様に何としても頷かせる」


セガンはひんやりと冷たい笑みを浮かべると、青い顔をしているクオリカを連れて暗い廊下に出た。




リョウは与えられた食事に口もつけずにベッドに転がっていた。

時間は午後十時過ぎ。

考えることもままならずぼんやりとしていると、大司教が部屋に入ってきた。


「失礼致します」

「…こんな時間まで、何だよ」

「実は貴方に是非見せたいものがございまして」

「それって今じゃないとダメなの?すごい非常識じゃない?」

「いいからおいでなさい。貴方のお連れ様に会わせてさしあげますよ」

「え…!?」


リョウはがばりと体を起こした。

大司教の命令でクオリカがリョウの隣に付き連行をする。

怪しげな二人の男はリョウの真後ろだ。

何だか嫌な感じだが、リョウは大人しく大司教について歩いた。

だが地下まで階段を降りさせられるとさすがに黙ってはいられなくなった。


「ちょっと。おれを牢屋にでも入れるつもり?」

「まさか」


辛気臭い通路を真っ直ぐに進み、奥から三番目の鉄の扉が開かれる。


「どうぞ中へ」


リョウは心の底から入りたくなかったが、クオリカに背中をせっつかれ仕方なく中へ進んだ。

そこは大きな磨りガラスの窓が壁に一枚と簡易椅子が数個あるだけのおかしな部屋だった。

怪しげな男二人を廊下に残し、扉は音を立てて締められた。

大司教はリョウに椅子をすすめ、自分もその隣に腰掛けた。


「さて、こちらへおかけください」

「…いらない」

「どうですか、まだお考えは変わりませんか?」

「変わるわけないよ!!早くおれを解放してよ!!」

「ここにいる間は衣食住に困ることはありません。貴方はただ決められた時間にシエル様として振舞ってさえくださればいいのです。周りは貴方を崇め、ちやほやされながら生きていけるのですよ?」

「嫌だ!!何でおれがそんなことっ!!」

「困った方だ。それがこのウォーター・シストを救うことになるというのに…」

「そんなこと知らないよ!!」


どれだけ宥めすかしながら説得を重ねても、リョウはやはり頑として突っぱねた。

大司教は苦いため息を吐くとゆっくりと立ち上がった。


「…仕方ありませんね。あまりここまではしたくなかったのですが」


リョウは最大に警戒して壁際まで下がった。


「怯えることはありません。貴方には傷一つつける気はございませんから」


大司教はガラス窓の隣に設置されているボタンを押した。

すると真っ暗だった窓の向こう側に明かりが灯った。

磨りガラス越しにぼんやりとだけ白い部屋が見える。

ただ、その真ん中には人が転がっているようだった。

はっきりとは見えないが、その人は上半身裸にされた黒髪の若い男のようだった。

リョウは一瞬で青ざめた。


「ま、まさか…」

「貴方はまだ大人の世界というのを御存知ない。そこは一皮むけば無情で無慈悲なものです。私が口にしたことは、ただの脅しであるとお思いでしたか?」

「や…やめて!!やめてよ!!ねぇ、嘘でしょ!?」


ガラスの向こうに更に二人の男が現れる。

二人とも顔に黒いマスクをかぶり込んでいるが、どうやらさっきまでリョウの後ろにいた男たちのようだ。

その手に持っているのは、ぼやけていても間違いなく斧だと分かった。


「やめて!!やめさせて!!セオ…、は、早く!!早くやめさせろよ!!」

「もう遅い。これが貴方が意地を張り続けた結果だ」

「やめろおおぉぉ!!」


リョウは絶叫したが、次の瞬間躊躇なく斧が黒髪の男の首へと振り落とされた。


「…ッセオーー!!」


リョウはガラスに縋り付きバンバンと叩いた。


「セオ!!セオ!!嘘だ!!嘘だ嘘だ嘘だぁ!!」


白い部屋に毒々しい赤い色が広がっていく。

リョウは意識が吹っ飛びそうになった。

ガタガタと体は震え、立っていられずにその場にへたりこむ。


「せ、セオ…セオ、うそだ。だってそんな…おれのせいで。おれのせいで!!う…わあぁああぁぁああ!!」


狂ったように泣き叫ぶリョウを大司教は無情に掴み、クオリカへ押し付けた。


「シエル様を眠らせて部屋へお連れしろ。自害などせぬよう今夜はお前が見張っておけ」

「…は、はい」


クオリカは何故大司教がここに自分を連れてきたのかやっと理解した。

半狂乱に陥るリョウを押さえつけ、常備している鎮静剤を無理やり打つ。

リョウは力尽きるまで泣き叫んだ後、ぱたりと意識を手放した。


「…なんて、惨いことを」


クオリカはリョウをそっと抱きかかえると部屋まで丁寧に運んだ。

その後リョウは一晩中うなされ、何度も泣き叫んでは飛び起きた。

その度に薬を追加され眠りに落とされる。

朝になる頃には、ぐったりと憔悴し動けなくなっていた。

七時過ぎになると、きっちり身なりを整えたセガンが再びリョウの部屋へ現れた。


「おはようございます、シエル様。よく休まれましたかな?」


リョウは重い瞼を上げると呪いの言葉を発した。


「…ゆるさない」

「…」

「お前だけは、絶対に」


セガンはすっかり参っているリョウに口角をつりあげた。

それからクオリカに声をかけ、リョウを立たせた。


「そのままこちらへ」

「は、離せっ…」


もはや抵抗する力さえ残っていないリョウを、クオリカは出来るだけ慎重に支えながら二階へ降りた。

リョウが連れてこられたのは一階の身廊が見下ろせる通路だった。


「あそこを見なさい」

「え…」


リョウは目を疑った。

一階の壁際にもたれるように立つのは、間違いなくセオだった。


「せ、セオ!?どうして!!」

「おっと。大きな声を出さぬように」


セガンは再びリョウを連れて別室へと入った。


「どういう事だ!?どうしてセオが!!」

「昨日貴方にお見せしたのは別の男です。あぁ、気になさらずとも元々三人も人を殺し、死刑が確定してた男ですよ」

「な…!!どうしてそんなことを!!」


セガンは冷たく笑った。


「これは私からの最後の警告ということです」

「え…」

「次はありませんよ」

「!!」


リョウは完全に言葉を失った。

一晩かけて刷り込まれたあの恐怖が生々しく蘇る。

セガンはクローゼットから黒いローブを取り出した。


「さあ、選びなさい。自らの意思でこれを受け取り、しばらくはシエル様としてここに留まるのか、本当に友人を失くすまで意地を張り続けるのか!!」

「うぅ…」


リョウは青ざめながらまた震えだした。


「セガン様…!!」


クオリカは我慢できずに口を出した。


「あ、あんまりでございます!!いくらなんでもこれは酷すぎませんか!?」

「黙れクオリカ!!ではお前には他にこのサンクラシクス大聖堂を、いやウォーター・シストを救う手立てはあるというのか!?」


大喝されて反論を封じられる。

医者の立場として何とかもう一度リョウを庇おうとしたが、その時リョウに変化が起きた。

さっきまであんなに震えていたのに、気がつけばしゃんと立っている。

顔は真っ青なままだったが、その瞳には信じられないほど強い意志と、最近ではめっきり忘れていた冷めた光が浮かんでいた。


「…わかった。あんたの言う通り、しばらくはシエルになりきってやるよ」


リョウはセガンから黒いローブをひったくった。


「そのかわり今すぐセオ達を解放しろ。二度と手を出そうとするな」


大司教は恐ろしいほど落ち着いて言うリョウに僅かに気圧された。


「そ、それは、今すぐにというわけにはいかん。シエル様が完璧にご自分の役割を果たしてくだされば…」

「そんなもの、すぐに結果を出してやる。そのかわり誰もがおれをシエルだと認めれば即解放すると今ここで誓え」


クオリカは不遜に言い放たれた言葉にぎょっとした。

だがセガンは不敵な笑みを浮かべ頷いた。


「いいだろう。頼みましたよ、シエル様」

「…」


リョウは冷たい一瞥をくれるとさっさと部屋を出ようとした。


「待ちなさい。どこへ行くつもりか」

「三階の部屋だよ。そこがしばらくおれの部屋なんだろ」


リョウは慌てて後をついてくるクオリカを無視し、本当に自分の足で三階の部屋まで戻った。

扉にはまた鍵をかけられたが、そんなことはもうどうでもいい。

リョウはベッドに腰をかけるとじっと床を睨んでいた。

目を閉じれば、何度も何度も夢に見た冷たくなったセオが浮かんでしまう。

ずっと握っていた手を開くとじっとりと汗が滲んでいた。


「セオ…」


セオたちが解放されたら、自分も絶対に逃げ出そう。

シエルが再び失踪したと大騒ぎになっても知るものか。

大丈夫。

逃げるのは得意だ。

それから、嘘で自分を演じるのは…もっと得意だ。

リョウは目を閉じると新都にいた時のように心に氷の仮面をそっとかぶせた。

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