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砂漠の月  作者: ちあき
第四章 ウォーター・シスト
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不安定なセリー

ウォーター・シスト東部は海と隣接し、全体的にのどかな風景が広がっている。

エアクラフトが置かれたリバス護衛軍駐屯地から数キロ先の海辺には小さな村がいくつかあり、そこから更に海側へ行くと林が広がっている。

その林を奥に進むと小道が現れた。

小道の先にはまるで絵本に出てくるような、赤い屋根のこじんまりとした家が建てられていた。

目的地に辿り着いたアイトは、カズラから受け取った華奢な鍵で玄関扉を開いた。


「里帰りは久々なんじゃないか、カズラ」

「里帰りも何も、どうせもうここには誰も待つ奴なんかいないんだ。処分せんとと思ったが、何に役立つか分からんもんだな」


シュルナーゼはこの可愛らしい家とカズラを交互に見た。


「ここはカズラの家だったの?」

「ん?ああ、そうだ」

「…ここが?」

「おいおい、俺にだってシィみたいに小さくてかわいい時期はあったんだぜ?」


カズラは豪快に笑いながら窓という窓を開けて埃を逃した。

少し掃除は必要だったが、これでやっと人目を気にせず腰が落ち着ける。

何せただでさえ色合いも華やかで目立つアイトが、浮世離れした美しいセリーを連れているだけでも注目を集める。

加えてどこからどう見ても凶悪なカズラが、誘拐してきたのではと疑うほどの美少女を連れてるものだから向けられる視線も痛い痛い。


「シィ、そっちのカーテンも開けてくれ」

「うん」

「いい子だ。掃除が終わったら後で海へ連れて行ってやるぞ」

「ほんと!?」

「ああ」


シュルナーゼは目を輝かせると嬉しそうにお手伝いに取り掛かった。

その間にアイトはセリーを連れて先に二階の様子を確かめに行った。

ベッドには丁寧にカバーがかけられており、外せばすぐにでも使えそうだ。

埃を払い窓を開けると暖かいそよ風が通り抜けた。


「少し手を入れればこの部屋も大丈夫そうだ。今夜からセリーはこの部屋を使うといい」


窓辺から差し込む穏やかな日差し。

そよ風に揺れる白いレース。

セリーは懐かしい気持ちで部屋の中を眺めた。

昔暮らしていた場所も、確かこんな風に明るい部屋だった。

小窓の前の長椅子に腰掛けよく本を読んでいたのは優しくて強い最愛の人…。


「セリー?」


アイトは目を見張った。

セリーは見たことのない柔らかな微笑みを浮かべていたからだ。

それはいつもの強烈に人を惹きつける美とは違い、見る者の心を暖かいもので包んでしまう春のような秀麗さ。

目が離せないでいると、セリーが顔を上げた。


「…どうかしたの?」

「いや。この部屋が気に入ったみたいだね」

「そうね、昔暮らしていた部屋に少し似ているわ」

「セリーはどの辺りに住んでいたんだい?」

「それは…」


セリーは考える顔になった。

たわいない生活は断片的にでも思い出せるのに、どこに住んでいたのかがはっきりと思い出せない。

そんな事は、ないはずなのに…。


「確か、ユングロー山脈が見えていたわ」

「ユングロー山脈?あれのことか?」


アイトは廊下に出ると海と反対側の窓を開けた。

セリーは遠くに見える雄大な山脈に記憶が揺さぶられ、凍りついたように固まった。

重なって思い出したのは山脈を越えて現れた真っ黒な飛行機。

足元が震えふらつくと、アイトが後ろから支えた。


「あ…私…」

「気分が優れないのなら先に休もうか」

「いえ、いいえ。外へ行きたい。もっと、あの山がよく見える場所へ」

「外?でもそんな体であまり外へ出たら…」

「平気。お願い」

「…分かった。ただしすぐに戻れる所までにしよう」


セリーは何度も頷くと小さくなりまた震えた。

アイトに連れられ林を抜けると、ユングロー山脈を食い入るように見る。

支えてくれる腕にしがみつきながら、セリーは懸命に何かの記憶をたどった。


「…アイト」

「ん?」

「この国は、どうやって二つに割れたの?」

「え…」

「どうして私は今ここにいるの…」


後半はひとり言のようだ。

どうやらひどく混乱しているようだ。


「どうして…だって私はあの時死んだはずなのに。どうして…」


がたがたと震える薄い肩に、アイトは大きなケープをふわりと巻いた。


「もう戻ろう。君には休息が必要だ」


セリーの手を取ると、彼女を戒めるガラスのバングルが指先に触れた。

アイトは複雑な思いに眉を寄せた。

守ると言いながらも、結局セリーをここまで追い詰めているのは自分だ。

このままの状態が続けばいつかは取り返しのつかないことになるのではと思えてならない。

出来るだけゆっくりと歩き赤い屋根の家まで戻ると、玄関前に出ていたシュルナーゼが大きく手を振りかけてきた。


「セリー!!アイト!!」


アイトは笑顔を取り繕った。


「ただいま。家はもう使えそうかい?」

「うん!!あのね、この先に海にすぐ出られる抜け道があるんだよ!!」

「カズラに連れて行ってもらったのか?」

「うん!!夕日が落ちるのを見てたんだよ!!」


そのカズラが慌てて林から出てきた。


「おい、シィ!!勝手に先に行くなよっ!!って、なんだアイト。帰ってきたのか」

「鬼と呼ばれるお前がこんなに可愛い女の子と海の夕日を眺めに行ってたなんて、基地の奴らに話したら耳を疑われそうだな」

「うるさいわいっ」


アイトはくすくすと笑うシュルナーゼを促した。


「さぁ、もう中へ入ろう。家に灯りを入れておかないと真っ暗になる」

「うん!」


シュルナーゼはセリーの腕に絡みつくと一緒に家へ入った。

美しい海を見たことにすっかりうきうきとしていたが、ふとぼんやりとしたセリーの様子に気が付いた。


「セリー…?セリー、どうしたの?」

「シュルナーゼ…」


セリーは青い顔で少女を見下ろした。


「あなたは…どうやって生まれたの?」

「え…?」


シュルナーゼはぴたりと動きを止めた。

セリーは一人おぼつかない足取りで階段を登り二階へと行ってしまった。


「シィ?どうした?」


灯りを入れていたカズラ達が戻ってくると、シュルナーゼは今までにないくらい真剣な顔でアイトを見上げた。


「アイト。セリーに何か言った?」

「え?」


アイトは目を見張ると首を横に振った。


「いや、僕は何も。ただセリーはさっきからしきりに何かに不安がってはいたけれど…」

「セリーは昔のことを思い出しちゃいけないの。自分が眠っていたことすら知らないわ」

「眠っていた?」


アイトはまじまじとシュルナーゼを見つめると同じくらい真剣な顔をした。


「シュルナーゼ。僕にもう少し君達のことを教えては貰えないだろうか」

「え…」


シュルナーゼは戸惑いながらちらりと二階を見た。


「だ、ダメよ。そりゃ、カズラもアイトも悪い人じゃないけど…」


この数日で随分警戒心が解けたとはいえ二人は敵なのだ。

口籠っているとアイトはシュルナーゼの前で片膝をついた。


「君たちを拘束していることは本当に申し訳ないと思う。けれど僕たちの目的は砂漠を、それから砂漠の民や君たちを新都から守ることなんだ」

「…」

「あまりにも未知な君たちにこんな手段しか取れなかったことは僕たちの落ち度だ。だからせめて、砂漠へ帰るまでは僕もカズラも命をかけて君たちを守るつもりだ」


アイトは言い諭すようにゆっくりと続けた。


「けれど今のセリーはまるで壊れかけのガラス細工みたいだ。何とかしようにも今の僕ではあまりに彼女のことを知らなさすぎる。話が出来る範囲で構わない。セリーの為にも少しだけ教えてくれないか」


真摯な願いにシュルナーゼは戸惑った。

今セリーに何かあれば自分だけで対処することは出来ないだろう。

だが自分たちのことを勝手に他人に話すなど許されることではない。

こんな大変なことを、誰にも頼らず自分一人で判断しなければならないことは初めてだ。


「あの…」


アイトは急かすことなくシュルナーゼの返事を待っている。

カズラも同じだ。

シュルナーゼはかなりの時間をかけた後で、おずおずと言った。


「…明日。明日、教会の礼拝を見てみたいな」


アイトはその意味をくみ取ると顔をほころばせた。


「お相手は僕でいいのかな」


シュルナーゼは一つ頷くとカズラを見上げた。


「セリーを、お願いねカズラ」

「おぅ、行ってこい」


弱っているセリーは眠っている時間が長い。

いつも起きてくるのはだいぶ昼に近い時間になってからだ。

シュルナーゼがわざわざ早朝から始まる礼拝を選んだのは、よほどセリーに聞かせたくない話だからだろう。


「君は賢い子だねシュルナーゼ」

「かしこい?」

「うん、それにいい子だ」


アイトが真面目に言ったので、シュルナーゼは真っ赤になった。


「あの、私は…その…。セリーの様子を見てくる!」


狼狽えながら階段をかけていくシュルナーゼに、カズラはため息をついた。


「ああやってれば全くただの女の子にしか見えんのにな。…そっちはどうだ」

「食べられない上に情緒不安定。早くなんとか手を打たないと危険だ」

「よくないな」


二人は言葉にはしなかったが、同じ事を考えていた。

打ち解けることは必要だ。

だがこれ以上セリーとシュルナーゼに深入りをすることは、もしかしたら危険なのことなのかもしれない。


「まったく。なんて厄介な任務なんだ」


カズラはばりばりと頭をかくとポケットに入れていたべっこう飴をテーブルの上に放り投げた。

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