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砂漠の月  作者: ちあき
第四章 ウォーター・シスト
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神話と現実

翌日の早朝から出掛けたアイトとシュルナーゼは、とりあえず約束通り一番近い教会へ向かった。

外から礼拝の様子を覗き、そこから出てくる人々を見送る。


「アイト、皆教会から出てどこへ行くの?同じ方向へ向かってるみたいだわ」


アイトは勉強熱心な少女の為に地図を開いた。


「これが大体のウォーター・シストの地図だよ。この東西南北に四つの教会があるだろう?」


アイトの指を目で追いながらうんうんと頷く。


「サンクラシクス大聖堂はこの森に近い北西側にあって、信者たちはここから時計回りに巡礼している。だからあの者たちは次は北の教会に向かっているんだ」

「教会って神様を祀っているんでしょう?」

「そうだね…」


アイトは地図をたたむと意味深に少女を見た。


「なぁに?」

「いや、あの者たちが崇拝しているのは全生命の母、大地の神だ。それってつまり、君たちのことだなと思って」


シュルナーゼは目を瞬くと小首を傾げた。


「拝まれても私は何もできないわ。ウワカマスラの人たちがいなければ、ただの地をたゆうエネルギーだもの」

「ウワカマスラ…」

「あ、砂漠の民…て言えばアイトたちには分かりやすいのかな」


二人は爽やかに注ぐ朝の光を浴びながら緑豊かな小道を歩いていた。

アイトは途中で甘い果実ジュースを買い、シュルナーゼに渡した。


「君たちは本当に不思議だな。遥か昔に生まれたと言っていたが、それはどれくらいになるんだ?」

「はっきりいつとは分からないけれど、少なくてもアメットとセリーはフューズアイムが繁栄した時代にはもういたわ」

「フューズアイム…一千年前に消えたという幻の国か」

「うん」


出足からの壮絶な話だ。

シュルナーゼはどう話せばいいのか考えながら辿々しく言葉をつないだ。


「セリーはね、その当時人間になろうとしていたらしいの。どうしても側にいたい人が出来たからって。すごく揉めたらしいんだけど、最終的にはアメットも認めたらしいわ」

「アメット…」

「アメットは大地の意思の要。私もセリーもアメットの補助みたいなものなんだよ」


シュルナーゼはちらりとアイトを横目で見た。

こんな話をしたところで理解してもらえるのかと不安だったが、アイトは至って真面目に耳を傾けている。


「でも、セリーが人間になったのは大きな間違いだったの。フューズアイムは崩壊し、巻き込まれたセリーは身も心もずたずたに傷ついてしまって…」

「…」

「アメットは今にも生き絶えそうなセリーをすぐに連れ戻したわ。そのまま眠りに落とし、長い時間をかけて記憶を封じてセリーを元の赤い光に戻したのよ。その間にセリーの代わりに創られたのが私なんだけど…」


シュルナーゼは肩を落とした。


「その時にはもうウワカマスラの生き残りは殆どいなかったから、少ない血で創られた私はあまり力がないの。砂漠は穢れたサンドフローが溢れて、結局中途半端に記憶を残したセリーを起こさなければならなかったわ」

「…」

「それでも一番傷ついたことは忘れていたみたいだから、大丈夫だと思ってたんだけど…」


シュルナーゼの話はとても分かりやすいが、やはり到底すんなりと理解できるものではなかった。

まずスケールと次元が違いすぎる。

幻とまで言われたフューズアイムのことをごく当たり前のように話し、未だに原因不明であるその王国の崩壊の中をセリーは人として生きていたという。

アイトは改めて目の前の少女が人ではないのだと実感した。


「フューズアイム崩壊の時は何が起こったんだい?僕が知り得る中では天変地異に見舞われたと伝えられているが…」


シュルナーゼはきゅっとジュースを握った。


「国を最終的に沈めてしまったのは破滅の双子よ」

「破滅の双子?」

「黄金の月と蒼の地の双子。この二人はアメットよりずっとずっと何千年も前から存在する大地の祖、ルジュイナラハを呼び起こしてしまう。それは私たちのような意識はないんだけど、目覚めれば天と地をも巻き込み滅ぼす破壊神となると言われているわ」

「破壊神とは穏やかじゃないな」


神話を聞かされている気分にはなったが、シュルナーゼは青みがかった浮かない顔で続けた。


「フューズアイム崩壊後、生き残った一握りのウワカマスラ達は長年砂漠に身を隠してきたけれど、その間も何度か月と地の双子が生まれる事はあったの。破壊神が再び目覚めることを恐れた母親はその度に片方を残し、もう片方を連れて南に下るようになった。その先が…」

「まさか、このウォーター・シスト?」


シュルナーゼが頷くとアイトは唸るように腕を組んだ。

ウォーター・シストで今だに砂漠の民の存在が根付いていることを考えると全く矛盾がない。

急に話が現実に近くなったことで、シュルナーゼの話が限りなく真実なのだと確信が持てた。

それにしてもこれは思った以上の貴重な情報だ。


「アイト…?」


シュルナーゼが消えそうな声でそっと呼ぶと、無表情になっていたアイトはいつもの穏やかな笑顔に戻った。


「シュルナーゼは意外としっかりしてるんだな。こんなに色々聞けるなんて思わなかったよ」

「アイトには信じられない話だったかもしれないけど…」

「シュルナーゼが勇気をだして話してくれたんだ。信じないわけないだろ」


シュルナーゼはずっと握っていた果実ジュースに口を付けた。


「美味しい…」


嬉しそうにジュースを飲み干すシュルナーゼは、もう何処にでもいるその辺の女の子と変わりない。

アイトは飲み終えたジュースのカップを受け取ると家に戻るための道へと戻った。

林を抜け赤い屋根が見えてくるとシュルナーゼは真剣に念を押してきた。


「アイト、セリーには何も言わないでね」

「分かってる。今日は朝からありがとうシュルナーゼ。疲れただろう」

「ううん。あの…、私を信じてくれてありがとう」


晴れやかに言うと少女はそのまま先に玄関の扉をくぐって行った。

その疑いなき笑顔にアイトは苦笑した。


「あまり純粋に言われると流石に心苦しいな」


とはいえ突きつけられた問題は予想の遥か上をいくものだ。

アイトは空を見上げると一人でしばらく考え込んでいた。

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