~(ある提案2)~
私が目を付けたのは、この相模原市の取り組みの一つである「小中一貫の日」を利用すること。
小中一貫の日は年に3回あって、これは小学校の先生と中学校の先生がお互いの学校をおとずれて授業をおこなったり、学校行事で小・中学校の交流の場をもうけたり、小・中学校の学生が合同で研究会を実施したりするプログラム。
私が提案したのは中学校の吹奏楽部が受け皿となって、小学校の生徒と音楽の研究をしたり、いっしょに練習をしたりするというもの。
つまり音楽に興味のある小学生がいれば、習い事をするように中学の吹奏楽部に来ていっしょに練習ができる環境をつくることが目的。
これがうまくいけば中学校に入る前にある程度の基礎は教えることができて、そうなれば初めての楽器の演奏に戸惑う期間も短縮でき、全体の力が上がる。
そしてその第2回目はこの夏休みが終わったあとの金曜日に行われる。
持田先生に相談すると、そういったことは学校としては積極的に推進することはできなく、あくまでもお互いの自主性に任せなければならないことと生徒の安全がおかされることがあれば大問題につながることを注意された。
放課後に小学生が自主的に中学に来たとしても、受け側の中学生の誰かが小学生に不快感を与える行為をすれば大きな問題になる。
吹奏楽部の部員がしっかりしていても、小学生が自由に入ってきて、来てから家に帰るまで管理はできないだろうと先生は言った。
たしかにそれはあるかもしれない。
そこでは私は我々が小学校に出張して、楽器の紹介や、いっしょに練習をするのはどうだろうと提案した。
すると持田先生は、それなら私個人としては許可してもかまわないが、結局その判断は受け側である小学校の先生たちが判断する問題だと言い今度の小・中一貫の日に先方の先生たちと話し合う場を設けるかどうか職員会議にかけてみてくれることになった。
そしてもう一つの提案は、市の施設や市の行事に吹奏楽部として参加させてもらうこと。
もちろん大掛かりな参加は費用がかかるので行えないが、手で安全に持ち運べる楽器であれば問題ないと思うことを伝えた。
持田先生からは具体的に話すように言われたので、私は考えていた計画を話した。
たとえば図書館では園児などを対象とした絵本の読み聞かせなどのイベントが行われることがある。
その時に木管楽器を使って、落ちついた雰囲気のメロディーを奏でたりするのも効果があるのではないだろうか?
あとは市の行事「さがみ風っ子文化祭」展示の部で場を借りて小規模な吹奏楽コンサートをおこなうなどして、とにかく日頃から演奏する機会があれば演奏させてもらい本番の度胸をつけたい旨を話した。
帰り際に持田先生に聞かれた。
なぜもうすぐ引退をするのに、そのようなことを言い出したのかと。
私は正直に答えた。
これは、あとからくる生徒たちに悔しい思いや後悔をさせたくないから。
そして相模原はだけではなく、このような取り組みが他にも増えれば吹奏楽としてもっとやりがいのある充実した活動ができるのではないかと。
一年に一回のコンクールだけのためではなく、音楽の輪がもっと広がる世界を見てみたいと。
体育祭も終わった九月最終の日に、私たちは持田先生に呼ばれて、提案した内容の結果を教えてもらった。
結果は私たちの提案は何一つかなわなかった。
生徒の安全や、生徒や親、それに地域とのトラブルを避けなければならない公共の機関として、私たちの掲げた革新的な案が即座に認められることは難しいことは覚悟していたが、持田先生から教えられた「できない理由」のなかに、他の学校との協調があったことは意外であり失望した。
協調とは、ある目標のために複数の人や団体が共に調整しながら、目的に向かって力を合わせることをいう。
つまりできない理由の中にこの「協調」という文字が含まれていたということは「やりたくない」という先生や学校があるということなのだろう。
もちろん学校である以上、いくら生徒の希望があったとしても、先生なしには実行できない。
先生もまた同じ学校内の先生たちの理解なしには実行できないし、公立学校である以上おなじ地域にある学校との意見交換や、地域の学校を統括する教育委員会の意見を無視して実行することもできない。
つまり、この広い集団の中に「やりたくない」という人がいれば、どのような提案であってもかなうことは難しくなる。
まして提案したのは一部の生徒。
社会的な地位を持つ親やOBを巻き込んで新聞に掲載されるような大きな活動でもしない限り、この保守的な教育現場の体制は変えられない。
ただその中で持田先生は言ってくれた。
すぐ近くの西小学校の先生は興味を示してくれてぜひやりたいと言ってくれたので、今年の「相模風っ子文化祭」では、何度か合同練習をしてみようと。
それから西小学校と私の母校の夢小学校の先生からは、後日練習日を教えてくれるそうなので、練習日には遊びに来てほしいと言ってもらえたことも。
私がその言葉に思わず歓声を上げると、持田先生は驚いて九月で引退する鮎沢が喜んでも、やるのは二年生たちなんだぞと言った。
だから私は、私は副部長としての役目が終わっただけで、新しい部長から許可をいただける限り吹奏楽部を引退する気持ちがないことを先生に伝え、十月から新しい部長となる今川さんと副部長になる宮崎くんの顔を見た。
二人ともニッコリとうなずいてくれて、これで私は卒業まで部に留まることになった。




