~中学最後の大会7(課題曲、マーチ「ブルー・スプリング」)~
川崎市の会場に到着すると、里沙が大きな施設に驚いてコンサートでも始まりそうと言ったので、私たちはここでコンクールというコンサートを始めるのだと言って二人で笑った。
笑った声が響きはしなかったと思って江角くんを見ると、江角くんもこっちを向いていて目が合った瞬間にそっぽを向かれた。
心なしか江角くんの顔が赤かった気がした。
『やっぱり……』
なんにも知らずに話を続けている里沙には悪いけれど、江角くんたら結構純情なんだと一人ニヤけてしまいそうになる。
開会式が行われて、それから各支部の予選を突破した学校がプログラムの順に演奏を始め、私たちは順番が来るまで指定された席でおとなしく聞いていた。
もちろん私の隣には里沙が座った。
演奏の練習は指定された順番で行われるので、それまではゆっくりしていられる。
さすがに県大会ともなると、どこの中学もものすごく練習してきているのが伝わってきて、聞いていて鳥肌が立つ。
私がよその中学の演奏を聴いて感動しているとき、二列斜め前の江角くんがこっちを向いていることに気がついた。
さては里沙が気になるのかなと、ほのぼのとした顔で受け止めた私とは対照的に江角くんは厳しい表情で左腕にかけていた腕時計を指さして見せた。
いよいよ本番前の最後の練習。
曲間に、みんなを誘導して会場の外に出て楽器を取る。
練習というより音合わせが主体で各自自由に音の確認をしたり苦手な場所の練習をしたりしながら次第に緊張が高まっていく。
というのも今回の大会に向けて自由曲に選んだ歌劇『サムソンとデリラ』より「バッカナール」で私は曲の始まりに一人でオーボエを独奏するという大役を担っている。
この曲が決まったとき、私は江角くんに抗議したら「人に合わせる必要はないから、鮎沢にはちょうどいいじゃないか」って、まるで私が人に合わせられない自分勝手な人間のように言われたので腹が立った。
しかし江角くんは、こうも付け加えた。
「幕が開いた途端に一人で演奏することは誰でも緊張するだろうけど、どんな所でも誰が見ていても逆に誰も見ていなくても、飼い犬の世話がしっかりできる鮎沢ならきちんとできるだろう?」って言われ納得した。
確かにロンの世話なら、どこでどんなに人が見ていようとも、誰も見ていないような所でもしっかりやり切る自信はあるし、事実やってきた。
でも、それをなんで江角くんが知っているの……?
「本番前です。移動してください!」
係の人から声をかけられて、会場へと機材を運ぶ。
助っ人の里沙も搬送を手伝ってくれていたけど、その里沙に指示をしているのが木乃美ちゃんというところが私の心をほっこりとさせてくれた。
正面で皆に指示を出して確認する私の後ろに幕があり、その向こう側には各校の代表と父兄たちがいる。
列の最後方トランペットとトロンボーンのさらに後ろに並ぶパーカッションのメンバーが準備完了の合図を送り、後ろから全体を見渡していた江角くんからOKの合図が出る。
私は一つ深呼吸をして、一歩一歩確かめるように自分の席に向かって歩く。
隣の二年生の子から私のオーボエが手渡され、丁寧にそれを受け取りしっかり手に持ちチューニングのための音を出す。
みんなが私の出す音に合うように音を整えていく。
全員のチューニングが終わると、急にまた静かになる。
座り直して背筋を伸ばし呼吸を整え、目を深く閉じる。
呼吸が整ったかことを確認して目を開けて、顔をゆっくりと上げ正面の指揮台に立つ先生に向けると『行くぞ』と目で合図され、私も『はい』と目で合図を返す。
後方の江角くんが、ひとつだけ咳払いをしてから「お願いします」と係の人に声を掛けた。
場内アナウンスが、私たちの中学校と曲名を紹介し幕が上がっていく。
拍手に迎えられているようだけど私には心の中で奏でるメトロノームのリズムしか聞こえなかった。
そして持田先生の手が動くのを合図に、私たちは課題曲「マーチ「ブルー・スプリング」」の演奏を始めた。




