~修学旅行9(千春を待ちわびていたロン)~
千春がお父さんの車に乗って修学旅行に行ったあと、お母さんは洗い物をしに台所に立った。
「おや?」
いつもは着いてくるロンがついてこないので振り返って見ると、玄関の戸に向かったままじっとしている。
お洗濯のときも、お掃除のときもロンは少しだけついてくるけれどすぐに玄関に戻ってしまう。
お昼過ぎにお母さんは気になって玄関にいるロンの隣に腰掛けて言った。
「気持ちは分かるけど、いつもならまだふつうに中学校にいる時間だぞ!」って。
ロンの頭を優しくなでながら言うと、ロンは甘えるようにお母さんの膝に頭を乗せてきた。
次の日も、ロンは同じだった。
ウサギはさみしくなると死んでしまうと昔なにかで聞いたことがあったのを思い出して、心配になった。
夜遅く、お父さんが久しぶりにロンを散歩に連れ出すと、お母さんも慌てて戸締りをしてついて行った。
お父さんとお母さんは腕を組んで恋人同士みたいだ。
散歩の途中、ふとロンが立ち止まったのは、あのベンチのそばだった。
お父さんが引いても、ロンは動こうとしないので、お母さんはロンの耳元でどうしたのか聞いてみた。
するとロンはペロッとお母さんの頬をなめただけで、すぐに顔をもとに戻した。
見上げているロンに並ぶようにしてお母さんがロンと同じところを見上げた。
「まあ!きれいなお月さま!」
その声に、お父さんも夜空を見上げた。
「今ごろ、千春もこのお月さまを見上げているかしら」
お母さんが言うと、お父さんも言った。
「今ごろはお友だちとおしゃべりに夢中なんじゃないか」と。
ロンの気の済むまで二人はそこにいた。
次の日、お母さんはロンの態度がなにか違う気がした。
それはロンが、いつもどおりにすごしていること。
いつもどおりロンは楽しそうに台所にも、お洗濯にも、お掃除にも着いてくる。
ロンが元気になったのはうれしいけれど、昨日あれほど千春を待ち望んでいたのに、もう忘れてしまったのだろうかと考えると少しさみしい気もした。
夕方に帰って来たお父さんもすぐにロンが元気になったことに気が付いて喜んでいた。
でも、やはり散歩の途中、昨日のあの場所でロンは立ち止まって月を見ていた。
昨日よりも長い時間。
そしていよいよ三日目!
千春が戻ってくる日が来た。
お父さんが会社の帰りに車で駅から連れて帰ってくれるので、お母さんは急いで料理の支度をしていた。
ロンもいつもどおりついてくるので「今日はあなたの大好きな千春ちゃんが帰ってきますよぉ」と鼻をピンと指ではじくと照れたようにピンとされた箇所を舌でなめていた。
今日の料理は千春の好きなものばかり。
これでケーキがあれば、まるでお誕生会だ。
でも、ホールケーキはないものの冷蔵庫には千春の好きなショートケーキを買って来てある。
急にロンが玄関に走って行ったので、お母さんは慌ててガスを止めて元栓を閉め、玄関まで行った。
でも、お父さんの車の音も聞こえない。
しばらくして「気のせいかな……」
お母さんがそう言って玄関から立とうとしたときに、お父さんの車がガレージに入って来た。
「さすがに耳が良いのね」
お母さんがロンの頭をさするけど、ロンはまるでお母さんの言葉が聞こえないみたい。
やがて玄関のドアがガチャリと開くと、ロンは入って来た千春に飛びかかった。
千春のほうも、ロンが飛びかかってくることを知っていたかのように、ロンをしっかりと胸で受け止めていた。
ふたりはしばらく玄関から離れないでお互いを懐かしんでいた。




