~修学旅行6(二日目の自由行動で、おいてけぼり)~
大きく目を見開いて涙が零れるのを我慢しながら夕日を見ていたけど、とうとう一滴の涙が頬を伝って落ちていく。
「あーダメダメしっかりしなくちゃ!」と、上を見上げて二滴目が零れないようにしながら心の中でそう言った。
気がつくと隣にいたはずの里沙がいなかった。
それに同じ班の女の子たちも。
「男子は?」辺りを見回すと男子もいないばかりか、うちの中学の生徒もいない。
「置いてけぼり!?」それとも「迷子!?」慌てて走り出した途端、人とぶつかって転びそうになった。
転ばなかったのは、私がぶつかった人が支えてくれたから。
「すっ・すみません!!」
謝りながら顔を見上げて驚いて「きゃっ!」と小さく悲鳴を上げた。
「阿呆か、お前は!」
そう言う酷いことを平気な顔をして言ってきたのは江角くんだった。
「みんなは……?」
江角くんの顔をのぞきこむように言うと「重いんだけど」と私がたずねた内容の答えになっていない言葉を投げつけられた。
意味が分からず、ぽかんとしているだけの私に、江角くんはもう一度、今度は困った顔で言った。
「重いんだけど、その……離れてくれるかな」と。
言われて初めて気がついて、顔が真っ赤になるのが自分でも分かった。
私は、江角くんにぶつかってバランスを崩して転びそうになり、それを江角くんに支えられているまま。
つまり、抱きかかえている状態。
「ご・ごめんなさい!」
「まあ、構わないけど」
普通「大丈夫?」とか「どうしたの?」とか優しい言葉のひとつくらいかけてくれてもいいんじゃない?
それなのに江角くんは、それ以降なにも言わずに黙ってしまい、気まずい雰囲気が漂う。
「「あの」」
少し経ったとき江角くんと私が同時に同じ言葉を相手にかけた。
「「な・なに?」」
返す言葉もまた重なった。
「「ごめん」」
慌てて言った言葉まで……。
急におかしくなって笑いそうになると「なにが、おかしいんだよ」と、江角くんがふくれ面をして、さらにおかしくなって笑ってしまった。
江角くんは私が話すまで黙って待っていてくれた。
「みんなは?」
「先に行った」
「どうして、私たちだけここにいるの」
江角くんは少し戸惑ったあと、少しだけムキになるように言った。
「それは、鮎沢のせいだろ」
「私の!?……なんで?」
「立木が、そうしてあげろって」
『やっぱり、思った通り里沙ちゃんが何か企んでいた』
「里沙が、なんて言ったの?」
「えっ、ああ、まあ……なんだ、その……」
じれったいな。と思いながら、あの江角くんのたどたどしい受け応えが可笑しいし、いつもグズグズな私が結構はっきり聞いているのも妙に可笑しかった。
江角くんの話では、里沙が来て、鮎沢さんに悲しいことがあってしばらく一人で静かにさせてあげたいから先に帰ると言うから承諾したところ、女子だけ先に帰るのかと思ったら男子も全員連れて帰ってしまったらしい。
「それで私たちだけ残されたの」
「そうみたいだね」
なんとなく里沙ちゃんの気持ちが分かる。
大部分は私のせい。
里沙ちゃんたちと楽しい修学旅行なのに、いつまでもロンと離れ離れになった悲しみを引きずって楽しさを分かち合わない私のせいなのだ。
そこに里沙ちゃんの小悪魔的要素が加わって江角くんは、とばっちりを受けたのだ。
帰りに江角くんが「やっていかなくていいのか」と聞いてきたので、なんのことかわからなくてぽかんとしていると、音羽の滝のことだった。
音羽の滝は三本の滝に見立てた水が流れ落ちていて、向かって右から「長寿(健康)」「恋愛(美容)」「学力の向上(出世)」の願い事がかなう水と言われている。
欲張って二つも三つも、そして同じものでも何杯も飲むと、欲が深いと神様があきれてしまい願いごとはかなわない。
私は真ん中の水を飲みたかったのだけど、男子が見ている前でまさかそんな水を飲める度胸もなく、しぶしぶ目先の問題である学力の向上を願いながら一口飲んだ。
「帰りましょう」
「ああ」
ふたりでタクシーに乗り込んだ。
ふたりっきりなのに江角くんは班長席(助手席)に座り、里沙ちゃんが考えているほど江角くんは私のことなんて別に好きじゃないんだ。
そう思うとちょっぴり安心して、ほんのちょっぴりだけ寂しいかもって思った。
「鮎沢」
進行方向に顔を向けたままの江角くんが、ぶっきらぼうに私の名前を呼んだので私は慌てて「はい!」と先生から問題を当てられた生徒のように返事をする。
江角くんの見えない後ろ顔がすこし笑った気がした。
「悲しいことって……なんだ」
私はこたえることができなくて、江角くんも、それ以上なにも聞いてこなかった。




