~二度目の大会2~
部員全員で挑む相模原支部大会。
五十人の大編成は、この支部大会では圧巻の人数となった。
時計係をする生徒も省いて、本当に全員で出たので、ほかの先生が時計をみてくれた。
すべてのパートを演奏できる技量のない子たちには、短い小節に区切って徹底的に練習させて、それをリレーすることで一つのパートとして組み立てた。
リレーを受けるほうは音と間合いを慎重に聴き分けて判断しなくてはならない。
実はこれも彼らにとっては、ものすごい勉強になっている。
音楽で有名な話のなかでよく取り上げられるのがモーリス・ラヴェルの「ボレロ」で、いちばん演奏が難しいのは何かという話。
そのなかで特に代表的なものが二つある。
ひとつは曲の最初から最後まで一定のリズムと音量で叩き続けなければならないスネアドラム。
もうひとつは曲の中盤まで全く出番のなかったトロンボーンが、出番になったとたんに勢いよくソロ演奏から始まるところ。
両者ともに、失敗がいっさい許されない状態だ。
つまりまだ楽器に不慣れな彼らは少ない小節を何度も練習しているだけでなく、ボレロのスネアドラムのように曲のタイミングを計り、しかも自分の番になったらその続きを演奏するというボレロのトロンボーン並みの緊張感とその第一音を、音程と音量を狂わせないで確実に演奏するという高度な技術を身につけなければならない。
このような機会は、そうそうめったにあるものではない。
正直言うと、私は代われるものなら代わってみたいと思えるほど、魅力的な試みだと思う。
このような機会を与えられた彼らをうらやましいと思った。
そして彼らは結果を残した。
もちろん私たちも。
「ただいま」
玄関のドアを開けると、いつものとおり夏でもモフモフの毛をたたえたロンが出迎えてくれた。
キッチンのほうから、お母さんの明るい「おかえり」という声も聞こえる。
私は靴を脱いだあと、いつものように玄関先で横になると、いつものようにロンが伏せている私の顔を掘り起こそうとして鼻先を潜らせてくる。
わざと手で隠しても、大切なものを探すように強引に私の顔を見つけ出そうとして、私が根負けして手を外すとまるで子どものような笑顔を見せてくれた。
ロンのこの笑顔は私にとって最高のいやし。
どんなに疲れていても、どんなに嫌なことがあっても、どんなに哀しいことがあっても、私の心を救ってくれる。
おそらくそれはロンだけではない。
ほかの犬もそうだろうし、猫もそうだろう。
植物だってそうだと思うし、おなじ人間だってそう。
おたがいに好きという気持ちがあって、それが通じ合えばどんな困難だって乗り越えられる!
“ねえ、そうでしょう、ロン……”
そう思ってロンを見上げたとき、ロンの真剣な眼が私をとらえていた。
ロンの前足はしっかりと私の肩を抑えていて、後ろ足は私を逃がさないようにまたいでいた。
“この体勢は……”
思う間もなく、ロンのぺろぺろ攻撃が始まった。
“やめてロン!私の顔はあなたの「おやつ」ではないのよ!”
激しくなめられて、声を出すこともできない。
中学二年になって、私の体重も四十キロを超えたから、たかが三十キロのロンなんて!
と、思って力を入れたけど、びくともしない。
けっきょく手で床をバンバン叩いて、お母さんに助けてもらった。
“ふう、死ぬかと思った”
はがされたロンは満足げにお水を飲んでいて、私は顔を洗って着替えを取りに行きシャワーを浴びた。
やっぱりロンの力には敵わない。
夜にロンと散歩に出たときに思った。
ロンが本気になって逃げようと思えば、私の持っているリードなんかあっと言う間に外されてしまうだろう。
それで飼い始めたばかりのころ、私はロンを放してしまい、ロンは事故に遭った。
二度とそう言うことがないように、ロンにはちゃんと散歩中に引かないように躾てある。
けれども、何かに驚いてしまえば急に走り出してしまうかもしれない。
だから私は、ロンが安心して散歩を楽しめるように、ロンに代わって周囲の状況にたえず目を光らせている。
もちろんロンが変なものを拾い食いしないかも。
こう見えても、呑気に散歩しているのではないのよ。
そう心の中でロンに言ったとき、ロンはほんの一瞬だけ振り向いて笑顔を見せた。
「あれ、分かったの??」
と、問いかけてもロンは返事をしてくれなくて、草むらに鼻先を突っ込んでクンクンと匂いを嗅ぐのに忙しそうだった。




