~美樹さんの秘密~
ロン用の手作りご飯をいっしょに作ってから、美樹さんはよく家に遊びに来てくれるようになった。
美女の訪問に毎回お母さんとロンは大喜び。
もちろん私も。
一緒におしゃべりをしたり、料理を作ったり、買い物に出かけたり、ロンを連れて散歩に行ったり。
それに美樹さんは私に勉強も教えてくれた。
たまに兄も教えてくれたことはあったけど、私が間違うたびに言葉には出さないけど兄のイラッとした感情が伝わってくるので正直嫌だったけど、美樹さんは優しくて褒めて伸ばしてくれるタイプなので、私のような"根性なし"にはうれしい存在。
その日も勉強を教えてもらったあと美樹さんに散歩に誘われ、部屋の隅で退屈そうに、あくびをしていたロンが急にいきいきとしだす。
ロンを連れて散歩に行くのは楽しいのだけど、その日私はなぜか緊張した。
「美樹さんは大学四年生でしょう? もう卒業後の将来って考えているんですか?」
「そうねぇ……」
美樹さんが返事を返すまでのほんの少しの間に気が付いて少し不安になった。
何かわからないけれど、年下の私から何かあったのか聞くのは失礼な気がして、美樹さんの隣にならんでおとなしくしていた。
そうすれば美樹さんのほうからきっと打ち明けてくれる気がして。
お互いに何もしゃべらない時間があっても、ロンがいてくれるので気まずさはない。
ロンはコミュニケーションの橋渡し役として天才的な才能を持っている。
私たちの少し前を歩いていたロンが、ふと立ち止まったかと思うと急に美樹さんのほうに振り返って「ワン」と軽く吠えた。
美樹さんは「敵わないなあ~貴方たちには」と言って笑った。
『貴方たち?』私はロンと顔を見合わせた。
そして美樹さんは、私のほうに向き直って話を始めた。
「実は私、ニュージーランドの大学に留学することに決めたの」
「えっ……」
私は驚いて次の言葉が出ない。
「座りましょ」
美樹さんがベンチに腰かけたので、私も座った。
「前から行ければいいなって思っていたの。だから三年までに単位は全部取ったの。それでもいざ行こうと思うとなかなか決断できなくて……だってね、大学の友達や、せっかくお友達になった千春ちゃんやロンとも別れなければいけないんだから」
美樹さんの言葉の中には、美樹さんの最も離れたくない人の名前だけわざと隠されていることに気がついた。
「いつから行くんですか?」
「五月からよ」
「いつまで向こうの大学にいるんですか?」
「最低でも三年かな」
「じゃあ私が高校二年生になるころには帰ってくるんですね」
「……」
美樹さんは返事をしない。
「帰ってきて、また遊びに来てくれるのを私もロンも楽しみに待っていますからきっと帰ってきてください。それから兄には絶対浮気しないようにロンと私で監視していますから安心してください」
二人に別れてほしくなかった。
一緒に家族として暮らしたいと思った。
お姉さんが欲しかった。
美樹さんは遠くの空を見上げたまま
「ありがとう。きっと帰ってくる」と言った。
その声は、私たちにかけるというより。
自分自身に約束としてかけられた言葉のように思った。
美樹さんは高校の頃から動物が好きで、大学でも専攻は理学部生物学科。
大学に入学するまでは好きな動物のことを学んで、中学か高校の理科の先生になれればそれでいいと思っていて、四年生くらいのときにイギリスなんかにちょっと遊び程度に留学したいと思っていた。
ところが友達に誘われてラクロスのサークルにマネージャーとして入ってから徐々に考え方が変わった。
その原因が兄との出会いであり、私とロンとの出会いだった。
まずサークルに入った途端、兄に一目ぼれしてしまい我ながら単純すぎると思っていると、二年生の夏休みにサークル全員でキャンプに行ったとき、その一目ぼれの相手から入部したときから好きだったと告白された。
美樹さんが動物好きなこともあって、兄の話は私とロンのことが多くて、その話にすごく興味を持ち「会いたい」と思ってくれていた。
偶然花火の夜に私たちに会い、ロンが私を守っていたことを知り感動してくれた。
スキーのときも。
兄の話を聞いていたときから、遊びの留学ではなくてちゃんとした勉強のための留学ができたら良いなと思っていたけど、実際にロンと私を見るようになってから真剣に考えるようになり、そして我慢ができなくなった。
おもに学びたいのは動物と人との精神的な相互関係と動物ペットの福祉環境など。
こと、ペットの福祉環境に対して日本は断然遅れている。
美樹さんから、そのことを聞かされて『私たちって特別じゃないよね』とロンと私は目を見合わせて思っていると「そうそう。そういうところなの!」と笑われた。
「別に千春ちゃんとロンだけが特別だとは思わないの。犬が大好きな人間と、その飼い主が大好きな犬が出会えばどのカップルでも千春ちゃんとロンのような関係は築けると思うの。でも、それがなぜかが知りたいの。実は私、動物は好きでもペットを飼った経験がないから」
そんなことを美樹さんは話し、帰って行った。
今こうして部屋で勉強をしている。
私の椅子の後ろには当然のようにロンが退屈そうにしている。
ロンが家に来て、ロンと私にさまざまなことがあり、それを兄が美樹さんに話す。
ロンから始まった物語は、いつの間にかお互いを引き寄せ、そして美樹さんは去って行く。
私が後ろのロンを振り返ろうとしたとき、ロンは既に私の膝のところまで来ていて、お互い寂しそうな顔で見つめ合っていた。




