~文化祭3~
「はあ、疲れた」
「とんだアンコールのおかげで、ひどい目に遭っちゃったわね」と美緒が言った。
「うん……」
ほんとうにとんだアンコールだったけど、それは私たちの演奏が観客に認められたことなのだからうれしい。
けれども帰国前にせっかく観にきてくれたアンドリューさんや、叔母さんにあいさつもできなかったことを残念に思った。
もちろんステージから観客席にいる二人にはちゃんと手を振ったけど、それはあいさつではないので本当に失礼をしたと思った。
でもあいさつに行けば搬入や搬出作業を手伝うことができなくなり、他の部員だけでなく他の学校の生徒や観に来てくれた家族にも迷惑をかけてしまうし、施設を貸してくださっている市の方にも迷惑がかかる。
美緒の言う通り、本当にあのアンコールがなければ他の学校の演奏時間を押してしまうこともなかったし、私たちももっとゆっくり文化祭を楽しむことができた。
でも数ある音楽発表のなかで唯一アンコールを受けたことは栄誉なことだし、他の学校の先生もアンコールを受けることに賛成してくださったこともうれしかった。
私は、なんとなく人生の難しいところを知ってしまったような気がした。
私たちのバスとトラックが到着して、マリンバとかティンパニーなどの大型の楽器を積み込んで、バスに乗りいっしょに学校に戻り後片付けをした。
すべてを音楽室の倉庫にしまい終えたころには、もう夕焼けが出ていた。
「楽しい一日なんて、あっという間ね」と、美緒が言った。
ほんと、あっという間に一日が終わった。
いまごろアンドリューさんはアメリカに戻る飛行機の中で、叔母さんも杉並の家に戻っているのだろう。
もちろんお父さんやお母さんも。
いつものメンバーで家に戻っていたとき、伊藤くんが「今日は鮎沢、大活躍だったな」と言った。
たしかに私はただ一人のオーボエ奏者として冒頭のソロを担当したが、それほど活躍したとは思っていなかった。
ただ音楽のリズムとストーリーに注意して、慎重に演奏しただけ。
それよりも私は終曲のときのパーカッションがすごかったことを言った。
甲本くんのシンバルも素晴らしかったし、二年生の朝比川先輩のハープも素晴らしかった。
珍しく甲本くんは素直にありがとうと言ってくれたあと、低音も頑張ったし、特に鮎沢はクラリネットとフルートを頑張らせたなと言った。
「えっ、それって何?」
クラリネット担当の美緒が甲本くんに聞いた。
「美緒たち一年は分からないだろうけど、二年は大変だったと思うぜ。いまごろ悔しくて泣いているかもな」と言って苦笑いをした。
甲本くんが言っているのは第十三曲のように、オーボエとの合奏のことを言っていることはすぐに分かった。
今日の私は彼女たちを寄せ付けないほど、自分の音に集中してしまっていた。
それは秋子お姉ちゃんが使っていた楽器から、秋子お姉ちゃんの音を出そうと必死だったから。
パーカッションは冷静に全体の音を聞き分けることができなければつとまらない。
それは特にシンバルやスネア、ティンパニーやベルを担当する者にとって特に必要なことだから。
彼らの出す音は取り返しがつかない、もっとも失敗が許されない音なのだ。
そしてその音は必ず私たちの演奏に合わさなければならない。
意味深な甲本くんの発言について考える暇もなく、伊藤くんが「俺は?トランペットはほめないのか?」と言い出した。
美緒がそれに対して、今日は音を外さなかったことをほめて皆を笑わせた。
うん。
美緒の言う通り、今日の伊藤くんで一番よかった点と言えば、音を外さなかったことに尽きると私も思った。
そのことを三人で褒めると、伊藤くんは「初心者じゃねえぞ!」と笑って言った。
嫌がっているように見えても、これは伊藤くんにとって、いい成功体験になったのか間違いないと思った。
家に帰ると、ちょうどお父さんとお母さんも帰ってきたところだった。
羽田からの帰り道が渋滞していたうえに事故も起きていたそうだ。
横浜から電車で帰ってきた兄のほうは、もう家に帰ってシャワーも済ませていた。
「ねえ千春、あんたプロを目指さない?」
急にお母さんが言った。
なんでそうなるのかと聞くと、アンドリューさんからプロになることも視野に入れて検討してみてはどうかと相談されたそうで、叔母さんもそうしなさいと後押しをしてくれたらしい。
私は、ロンをなでながら、ならないと断った。
「どうして?せっかくプロの人からほめてもらったのに」
お母さんが残念そうに言うので、私は私がプロにならないちゃんとした理由を話した。
「ロンの世話は私が見るの。だからプロにはならないし、なれないと思うよ」
「どうしてなれないと思うの? サポートはお母さんとお父さんでちゃんとするよ」
「だって私にとって大切なのはもちろん秋子お姉ちゃんのオーボエもそうだけど、同じようにロンも大切だから。二つのことを両方できるほど器用ではないし、その二つを頑張っても今度は学校の勉強が大変になるわ」
私がそう言うと、お母さんも「そうねえ……」と、しぶしぶ分かってくれた。
ロンが、うれしそうに私のほっぺをなめたときに私は気づいてしまった。
“お母さん、いまの私の言葉で納得してどうするの!?”
その日は夕食の支度ができていなかったので、家族でお寿司を食べに行った。




