~文化祭2~
全ての演奏が終わると、拍手をしてもらい、その中には泣いてくれている人たちもいた。
私たちはこの曲を演奏しただけでなく、この物語を伝えることができたのだと思い観客席を見ていると、アンドリューさんがオーバーに立って拍手を贈ってくれていてとてもうれしくて思わず小さく手を振ってしまった。
演奏を終えて幕が閉じはじめたとき、アンコールの拍手が起こった。
しかし他の学校の演奏時間もあるので、アンコールには答えられない。
いそいで片づけをはじめようとしたときに、次の学校の先生が飛んで来て少し待つように言い持田先生とホールの人と話をしていると、その後の学校の先生も加わり何かを話していた。
話しが終わったあと持田先生は楽譜なしで「海兵隊」を演奏できるかと私たちに聞き、私たちはみなできると答えて幕を開くことにした。
幕が開くと大きな拍手で迎えられた。
演奏が終わると私たちの搬出と次の中学の搬入が始まったが、それらをさらに次の学校の生徒たちが手伝ってくれた。
もちろん私たちも搬出が終わったあと遊びに行かないで同じように搬出と搬入を手伝い、そのリレーは最後の学校の演奏が片付くまでつづけられ、ほんの少しずつ縮まった時間によって文化祭の音楽発表会は予定通りの時間に終わることができた。
「よう、持田!」
「ああ、門倉先生。いらしてくれたんですね」
持田に声をかけたのは、高校時代の吹奏楽部の顧問で高校教師の門倉だった。
「門倉先生はたしか東京の私立高校で吹奏楽部の指導をしていたのではなかったのですか?」
「ああ、だが来年からこっちに来ることになった」
門倉は来年の赴任先が横浜市青葉区で、ここにある吹奏楽顧問として赴任することになったことを伝え、この地区の中学生の実力をみる目的でこの音楽発表会に来たことを話した。
「つまり、スカウトですか?」
「いや、そこまではしない……だけどあのオーボエの三年生は正直ノドから手が出るほど欲しい。あの感情表現は教えて取得できるようなものじゃないし、三本のクラリネットを相手にしてもいとも簡単に制圧して自らが主役であることを主張でき、最後には伴奏の中にありながらも他の伴奏者に影響を与え続け曲のストーリーを一本筋の通ったものに仕上げて見せたリーダーシップはとても中学生とは思えない圧巻の演奏だった」
門倉は曲を聞いた感想を、一気に熱のこもった声で話した。
そして教え子の持田に、あの子の進路は決まっているのかとまくし立てるように言った。
持田は慌てて門倉が言ったオーボエ担当者が三年生ではなく一年生であることを伝え、彼女が先日亡くなったロサンゼルス・フィルハーモニックのオーボエ奏者高倉秋子さんの従妹にあたることを伝えた。
門倉も高倉秋子は知っていた。
なにしろ彼女は国内のコンクールを総なめにしただけでなく、海外のコンクールでもその実力をいかんなく発揮して、大学在学中にすでにロサンゼルス・フィルハーモニックのメンバーに抜擢された逸話を持つ天才の中の天才だった。
「英才教育か?」
「いえ、それが……」
持田自身が信じがたかった事実を話すと、門倉も驚いていた。
「高倉秋子が病気で演奏できなくなった自身のオーボエを、あの子の誕生日に送るまで、あの子はリコーダーしか演奏したことがなかっただと!?」
そのリコーダーでも、コンクールなどには出ていたこともなく、ただ小学校の鼓笛隊の一部員として小学校生活を送っていたこと。
オーボエをもらって半年以上はリードだけの練習をしていて、実際に曲の演奏を始めたのは吹奏楽部に入る前のわずか二か月余りであること。
そしてその間の期間を高倉秋子のリモートによる指導の下で地道な練習を続けていて、今日初めて高倉秋子からもらったオーボエを演奏会で吹いたことを門倉に教えた。
門倉も確かにあの子の持っている楽器が、学校の備品で買うレベルのものでないことは分かっていたが、それにしてもすでにあの子の演奏レベルはその楽器にふさわしいと話した。
そして門倉は持田の肩をつかんで頼んだ。
あの子を褒めすぎず普通の子として育てることと、決して焦らず決して期待せず彼女が彼女らしく自然のままでいられるように育てることを。
持田はそのことを十分わかっていたが、自分の考えに自信が持てなくて自分より経験も音楽に関する知識も豊富な門倉に聞いてみた。
「それだと上達は遅れますが」と。
門倉は持田の真意を知りながら答えた。
人からちやほやされないまでも、意識されるだけで人は変わってしまうこと。
特にそれが音楽の場合はテクニックに走ったり、周囲とは溶け込みにくい我の強い雰囲気を身につけてしまったりしてしまう。
音楽だけがその人の人生のすべてではない以上、その子のためにもたとえ上達が遅くなろうとも普通の人として立派な人間に育てることが我々教師としての務めであることを。




