~告別式1~
さがみ風っ子文化祭を来週に控えた週末に、秋子お姉ちゃんの日本でのお別れ会が行われた。
遅くなったのは、秋子お姉ちゃんの旦那さんである、アンドリューさんの公演スケジュールの都合。
私もこの日は部活を休んで出席することになった。
私は誕生日に秋子お姉ちゃんにもらったとはいえ、いまは秋子お姉ちゃんの遺品となったオーボエをこのまま私が持っていていいのかどうか迷っていて、それを夫であるアンドリューさんに聞くために持って行くことにした。
会場は秋子お姉ちゃんが高校、大学と7年間すごした上野のキャンパスにある小ホール。
お葬式は小さい頃に一度行っただけで、それもあまり覚えてはいないけど、会場について普通のお葬式ではないことだけはすぐにわかった。
会場の小ホールは普通にテレビコマーシャルで見るようなものとは異なり、ひな壇みたいな観客席が奥についているだけで、ステージはなく体育館のような作り。
ひな壇の反対側には沢山の花が飾られていて、その中央に秋子お姉ちゃんの写真が置かれていた。
会場にいる人たちも秋子お姉ちゃんの同級生らしい人たちから、年配の人たちまで知らない人たちがたくさんいたが、その人たちは音楽関係者だということはその方面にくわしくない私でも雰囲気でなんとなくわかった。
高倉の叔母さんに連れられてアンドリューさんに会い楽器のことを話すと、秋子があなたに託したものだからぜひ持っていてほしいと言われた。
そして、せっかく持ってきてくれたのだからいちど生で聴かせてほしいと言われ小さな部屋に案内された。
中学から本格的に演奏を始めたばかりの私はレパートリーが少ないし、吹奏楽部で練習している曲はパートごとにわかれているので、ひとりで演奏してもひとつの曲にはならない。
かといって『白鳥の湖』と『風笛』はもう何度も聞いているはずだし、長い曲やお葬式という場所を考えていくつかある少ないレパートリーの中から私は『Berceuse de Jocelyn(ジョセリンの子守歌)』を演奏した。
演奏が終わるとアンドリューさんは私の手を引いてホールまで連れて行った。
どうしたのか分からないまま私は秋子お姉ちゃんの遺影とお骨分けが置いてあるところまで行くと、そこに飾ってあった秋子お姉ちゃんのもう一つのオーボエを手に取って私に渡して言った。
「このオーボエを使って、もう一度同じ曲を演奏して楽器の感想を聞かせてくれないか」と。
恥ずかしかったけれど、秋子お姉ちゃんの遺影やお骨の前で秋子お姉ちゃんが最後に使っていた楽器で演奏をすることで、生前に面と向かって言えなかった感謝の言葉を伝える機会を与えられたと思ってそのオーボエを手に取った。
見た目は学校から借りているものや、秋子お姉ちゃんからもらったものとは、まったくジョイントの位置がちがうところ。
リードに息を吹きこむと、私の息をまるで飲み込むように吸い取り、その勢いのままに音として強く吐き出した。
“魔笛!?”
私は、そう感じた。
まるで秋子お姉ちゃんが病気で吹けなかった間にお腹を空かしていたように、次々と私の息を吸い、次々に音を飛ばしていた。
そう。
この子は音を飛ばしている。
あの向こうに。
そしてその向こうに。
まるで弓兵の放つ矢のように、ビュンビュンと音が狙った所に弾け飛んでいるのがわかる。
その軌道はまるで長弓。
私はいつの間にか、夢中になってこのオーボエを吹いていた。
演奏が終わるときにいつの間にかピアノの伴奏が付いていたことに気づき、慌ててその方にお礼のお辞儀をすると、ピアノ奏者の方が私に拍手をしてくれて、その拍手が会場全体に広がった。
アンドリューさんも私に拍手をして、「Amazing!(素晴らしい)」と、言った。
そう。
Wonderfulでもなければ、Excellent(勝利)でもなく、Amazing(不思議なこと)なのだと私は思った。
アンドリューさんに楽器の感想を聞かれ、私は思ったとおりに言うとそのことにも褒められた。
そして彼は私に言った。
この楽器を使ってみたいかと。




