~秋子お姉ちゃんの知らせ1~
登場人物の紹介
二岡 朋美(二年生)
担当 クラリネット
吹奏楽部は好きだけど、あまり練習は好きではなく、自主練習には参加しない。
一年生の殆どが大会メンバーから外されたときに、二年生で上手ではない二岡先輩だって出るのにと、口の悪い子から陰口を言われたこともある。
自分でもわかっているけれど生活スタイルは譲れないタイプで、そのことに対して特に千春を恨んでいるわけでもなく、花火大会の日には偶然出会った千春を見て「可愛いな」と、褒めた。
体育祭が終わって三年生は引退した。
このころになると一年生の中でも練習を頑張ってきた子は、二年生と遜色がないくらいに演奏がうまくなっていた。
特に伸びてきたのがクラリネットの美緒とフルートの三村さん。
県大会前のたった二週間を毎朝の自主練習に出てきた成果が、ようやくこの時期に芽が出てきたのだと思った。
そういえば伊藤くんも見違えるように上達して、その実力は二年生にも劣らない。
だけど彼にはメンタルの弱さというか、気持ちが安定していない弱点がある。
小学校の鼓笛隊のときから気持ちがたかぶると音を外していたし、このまえの体育祭でも私のミニスカートがひらりと……いや私がミニスカートをひらりとさせるたびに音程をずらしていた。
そして今も私が目の前を通るたびに、譜面から目を離して私を見ている。
持田先生にも注意されたから、もうスカートひらりなんてしないのに、なにを期待しているんだか……。
ちょっとロンに似ていて可愛いけれど、気持ちがブレる奏者は信用できないから、たしかに上達したことは認めてあげるけど上手いとは言えない。
一年生で上手いのは、しゃくにさわるけどやっぱり江角くんかな。
その日、ミーティングで持田先生が十一月に行われる『さがみ風っ子文化祭』で演奏する曲を持ってきた。
曲は三曲あり、私たちはその曲を順番に聞いて『白鳥の湖』を選んだ。
私にとってこの曲が選ばれたことは、なによりもうれしい奇跡!
なんといってもこの『白鳥の湖』は、オーボエを私にくれた秋子お姉ちゃんが、私の初めての演奏用に楽譜を送ってくれたものなのだからもう曲が決まっただけで、早く演奏したくてたまらない。
パートごとの譜面が新しく部長になったチューバ担当の狩野さんから渡されたとき、「ソロあるよ」と、こっそり教えてくれた。
めっちゃ、ラッキー!
オーボエは私一人しかいないので、必然的にこのソロは私が担当することになる。
しかも吹奏楽部で最初の舞台!
絶対これ、お母さんにビデオに撮ってもらって、アメリカにいる秋子お姉ちゃんに見てもらおうと思った。
そのためにも、見てもらってガッカリさせないように、頑張らなければならない。
さっそく狩野部長に体育館での早朝練習の再開をお願いした。
狩野部長はまたコンクールのときみたいに厄介なことになるかもしれないと、ためらっていたけれど私は今回のことはコンクールのためとかではなくて、私個人のレベルアップのためだから私個人で頼みに行ってもいいかと聞いた。
狩野部長は水沢副部長と相談して、個人のレベルアップなら許可しようと、持田先生のところには一緒に頼みに行ってくれた。
先生は10月中旬になれば窓を閉めて七時半から練習できると言ったけど、私はそれまでの時間が惜しかった。
それに七時半から練習できるようになったとしても、それから授業開始までに演奏できる時間は四十五分しかない。
七時から演奏できるようになれば、ずっと一時間十五分練習できる。
十一月の『さがみっ子文化祭』まで六十日練習できるとすれば、このたった三十分の差は三十時間にも上る。
次の日に持田先生は許可してくれて、部内でも希望するものは早朝の個人練習で体育館を使っていいことが発表された。
今回放送室は放送部が使用するので使えない。
そこで金管とパーカッションは昼練を、これも個人練習として実施することを決めた。
もちろん私だって負けてはいられないから、自主的に昼練も行った。
今回は基本的に部員全員参加でイベントに臨む。
吹奏楽コンクールのとき一年生のほとんどは早々とメンバーから外れてしまい、正直言って江角くんが福田さんや二年生の木管担当者の練習に対する姿勢をとがめる以上に一年生の練習に対する姿勢は低かった。
それはやはり夏の暑さと体力的なものも大きかったとは思うけど、やはりメンバーに選ばれなかったことで目的意識がなくなったまま夏休みの練習に入ったことが大きかったのだと私は思う。
だけど今回は違った。
全員参加という目の前にある目標に、みな貪欲になり競い合うように練習に励んだ。
練習の成果はすぐには出ない場合が多いけど、勘のいい子はちょっとしたきっかけで変わってしまうこともある。
その日は三年生の進路に関する三者面談があるので、短縮授業で部活動もなかった。
久し振りに日の高いうちの帰宅。
「東山、上手くなったよな」
伊藤くん甲本くん美緒と私の四人でいつものようにいっしょに帰っていたとき、一年生の上手い子の話をしていたときに伊藤くんが言った。
東山とはサックス担当の東山早苗さん。
私と美緒は木管パートで練習しているから今まで気がつかなかったけれど、今日行われた全体練習で聴いて驚いた。
「いつから上手くなったの?」
「さあ……今日、かも」
「なによそれ!?」
楽器はどの楽器も、慣れが必要となる。
トランペットなど三つか四つしかないピストンで操作する金管楽器は、息のスピードと唇の締め具合で複数の高さを出す。
サックスはピストンではなくキーを押さえて演奏するから他の金管楽器よりも音は出しやすいけど、キーが多い上に様々な場所についていて覚えにくいという欠点がある。
さらにメロディーラインを追うことが多く素早い操作が必要だから運指を頭で考えている状態ではとても追いつかない。
だから楽譜と指を連動させるには練習して体にたたきこむ必要があり、それは一度上手くいけば忘れることはない。
きっと東山さんは、練習によって、それを手に入れたに違いない。




