~花火の夜に3~
いよいよ相手の影が私たちの前で立ち止まり、私は持っている武器が相手によくわかるように顔の前に持ち上げた。
心臓の鼓動が早鐘を打ち、肩には雨だれのようなロンのよだれの滴……。
次の瞬間、目の前の影が言葉を発した。
「千春!」
思いがけず名前を呼ばれた私は身構えていた剣(焼き鳥の串だけど)を下げて影の正体をのぞいて驚いた。
「兄ちゃん?!」
そして兄の横には、兄と同じ年くらいの、私なんかよりもずっとずっとずーっときれいな女性。
しかも浴衣姿が色っぽい。
「どうした!?」
兄が私に聞いたが問われる意味がわからない。
「な・なにが?」
「さっき、ロンが吠えていただろ!」
兄は、大学のサークルの彼女といっしょに花火を見に来ていてロンの声に気がつき、なにかあったと思い、走ってきてくれた。
私が事情を話すと、兄が私の持っていた串を指さして「それで串か」と言って笑った。
兄に笑われた私が不貞腐れていると、兄の横にいたきれいな女の人が「千春ちゃんかわいいから夜中に一人じゃ危ないわ」と言ってくれたので私は少し機嫌を直したけど、そのあと「あなたが千春ちゃんを守ってあげたんだね『えらいえらい』」と彼女さんはロンをなでた。
なでられたロンはデレデレして女の人の白くて細い手に頭を押しつけていた。
『このエロ犬!』
ロンは、私がイライラしているのもおかまいなし。
すきとおるように白い顔にハッキリとした目鼻立ち、そして薄い唇に赤い口紅が自然で薄化粧でも、これでもか!と思わせるくらいの美人。
染めていない黒く長い髪を三つ編みにして頭にくるりと巻いた髪が王冠のように見える髪型は『Crown Twist Braid』と呼ばれ、気品高いお姫様みたいで、よく似合っている。
背の高い兄と並んでも決して小さくは見えなくて、背もスラーッと高くてまるでモデルさんみたいに見えるからロンがデレデレするのもよくわかる。
なによりも濃紺の生地に水色と薄紫でアサガオが描かれている浴衣は、女性の透明感を際立たせていて大人っぽくみせていた。
話し方もやさしいお姉さんのようで、うっとりするような落ちつきと気高ささえ感じてしまう。
兄と、彼女さんは里沙ちゃんたちが帰ってくるまで私のそばにいてくれて、その間ロンは彼女さんにデレデレしていた。
“フンッ!さっき私を助けてくれたことなんか忘れてやるんだから!”
と、私は意味もないライバル心を抱いて、やきもちをやいた。
花火が終わって、家に帰って、お風呂から上がり洗面所でパジャマに着替えて廊下に出ると、ロンは私と向かい合うようにきちんとお座りをして待っていた。
それはまるで『千春を守ってあげたえらい犬です』とほめてほしいのが、まるわかりだ。
「兄ちゃんの彼女さんにほめてもらえばいいじゃない」
私はロンの鼻先に指をあてて、二階に上がり勉強を始めると、ロンはがっかりしたような顔をしていた。
勉強が一段落して振り向くと、シュンと上目づかいに伏せをして私を見ていた。
「たかがロン相手に、やきもちなんてやいていないよ~だ!」
私は、そう言って伏せをしているロンをクシャクシャになでまわすと、ロンはすくっと立ち上がった。
ロンのふかふかの首を抱き
「今日は助けてくれてありがとう。マイダーリン!」
と言ってロンの鼻先にキスをすると、ふいに両肩にロンの前足が伸びてきて、次の瞬間私の体はあおむけに押し倒されてしまった。
目の前には、うれしそうなロンの顔。
「あっ!」
声を上げる間もなくロンが顔をなめてくる。
それでも今日助けてくれたことを思うと愛おしくなり『久しぶりね。おかえりなさい』私は愛情をこめてロンの頭に手を回しなでた。
『ロンが、もういいって言うまで彼女でいてあげるね』
……でも、結局ロンのなめなめ攻撃に息が途絶えて足をバタバタさせて助けを呼ぶ私だった。
バタバタする音を聞いた、お母さんがすぐに助けに来てくれた。
ん!兄は?
……その夜、兄は夜中の12時に帰ってきた。
“んっ!? 遅いぞ、お兄ちゃん!”




