~吹奏楽部3~
「従妹の秋子おねえさんからもらったものです」
「秋子おねえさん?」
「高岡秋子と言います」
先生は秋子おねえさんのことを知っているのか「ああ、あの高岡さんの……」と驚いた顔をして言った。
先生は預けていた楽器を私に戻して言った。
「この楽器は学校に持ってこないでください」と。
どういうこと?
思いもかけない先生の言葉に一瞬目の前が真っ暗になった。
戸惑っている私の様子に持田先生は少し慌てて優しく付け加えた。
「この楽器はとてもいい楽器で、これに何かあって壊れたら大変です。高校であれば私も許可しますが、お友だちはまだ小学校をでたばかり。物の価値とか値段とか、鮎沢さんはわかりますか?」
私は「いいえ」と正直に答えるしかなかった。
先生からいい楽器と言ってもらったのはうれしいけれど、アルトリコーダーが3000円くらいで買えるということは知っていても、オーボエの値段がいくらくらいするのかは分からない。
「他の楽器は嫌ですか? クラリネットはもう学校ものはないですが、フルートならまだ1本ありますよ。あとはホルンも」
「嫌です」
失礼かと思った。
いつもは優柔不断なほうだと自覚しているけれど、なぜかこのオーボエ以外を演奏する気にはなれなかった。
秋子おねえさんがくれたもの。
そしてロンが好きな音色。
ロンといっしょに練習したことを振り出しに戻すことが嫌だった。
「吹けますか?」
「吹けます!」
先生の言葉に、ためらうことなく即答した。
「では、吹いてみてください」
そう言われて私はオーボエを組み立てながら考えていた。
一応お母さんに譜面を渡されて練習したのは『白鳥の湖』だったけど、実は私にはロンしか知らない密かに練習していた曲があった。
その曲は『風笛』
もともとは、お母さんが好きだった曲。
私もそれで好きになった。
そして、この曲を演奏したいとリコーダーで何度も挑戦したけれど、おなじ音は出せなかった。
おそらくそのことをお母さんが秋子おねえさんに話したから、六年生になったときにオーボエを送ってくれたのだと思う。
河原にロンといっしょに行って、こっそり練習していた風笛は、一年間練習したことがすべて無駄ではなかったことを証明してみせた。
だから私は風笛を演奏した。
これでも駄目と言われるのであれば、吹奏楽部はあきらめて他の部活にも入らずに独学で練習する。
ほかの楽器を演奏する自分を想像できなかったから。
演奏を終えると、持田先生は分かりましたと言った。
先生が何を分かって、それで私がどうなるのかは分からなかった。
先生は楽器の用意は手をつくしてみますから、少し待ってほしいと言い、そのあいだは部活動に来なくていいから家で練習を進めるように言ってくれた。
そして私の演奏が、とても素晴らしかったと褒めてくれ、秋子おねえさんの楽器も大切にして家ではぜひこの楽器で練習をするように言ってくれた。
私はうれしくて家に帰ってそのことをお母さんに伝えると、お母さんはなぜか涙を流して「よかったね」と私を優しく抱いてくれた。
私もよく感動して涙を流すことがあって、意地の悪い男子から「感動屋」だなんて仇名をつけられたけど、これってお母さんからの遺伝だったのかなってそのときは思っていた。
もちろんロンにも同じことを報告すると、こっちはお母さんとは逆にとても喜んでくれた。
それからは吹奏楽部に顔を出さずに、家でロンに聞いてもらいながらオーボエの練習をした。
一週間経ったころ、持田先生から吹奏楽部でオーボエの用意ができたので出てきてほしいと言ってもらえた。
放課後に放送室で渡されたそのケースを開けると、黒いボディーに銀色のボタンがついた素敵な楽器が、まるで演奏されることを待ちわびているかのようにきらきらと輝いて見えた。
「吹いてみても、いいですか」
「どうぞ」
手に渡されたオーボエを持ったとき、たしかにこの子が演奏をしてもらいたがっていることを感じた。
私はこの子のためにいい息を送り出してあげるために、持ってきたリードを挿した。
そして静かに息をこの子の体に送り込むと、オーボエは巣の中から飛び立つ小鳥のように空いっぱいに届けるような元気で明るい声を上げた。
「おかえり」と美緒が言ってくれた。
「おめでとう鮎沢!」
少し離れたところからトランペットの練習をしていた伊藤くんが大きな声をかけてくれて少し恥ずかしかったけど、小さく手を上げてペコリと頭を下げた。
するとトランペットの音が半音上がってしまい、よけいに恥ずかしかった。
「ありがとう。お調子者の伊藤くん」




