~吹奏楽部2~
「入部希望者で~す!」
伊藤くんが大声で叫ぶと、すぐに係の上級生が入部用紙を持ってきて書き方を説明してくれた。
記入用に机が置かれていて、既に何人かがそこに座って記入をしていた。
私たちも紙をもらい、机に着いて書き始めた。
美緒は前から中学生になったらクラリネットの演奏がしたいと言っていて希望楽器の欄にクラリネットと書き、私はオーボエと記入した。
「きみ、オーボエ吹けるの? 経験者?」
不意に声をかけられて顔を上げると、そこにいたのは部活紹介のときにいた隣のクラスの男子だった。
経験者と言われて少し困った。
たしかに去年の誕生日に秋子おねえさんのオーボエをもらって練習はしていたけれど、私がほぼ1年かけて練習していたのはリードに慣れる練習と息継ぎの練習が主体。
リードだけで同じ音を出す練習が、ちゃんとできるようになってから、やっとオーボエ本体にリードを着けてロングトーンで同じ練習をして、それができるようになってビブラートの練習をして、吐いて吸うブレスの練習をして年末くらいからやっと指を使ってスケールの練習をした程度。
小学校を卒業したあと中学入学までの長い休みの間に、ようやく白鳥の湖を吹かせてもらったくらいだから、経験者なんてえらそうに言えるはずもなく「未経験です」と小さく言った。
すると男の子は「なんだ、話しにならねえな」と言って、私の前を離れていった。
正直悔しかった。
リコーダーの演奏には自信があった。
だから5月の誕生日にオーボエをもらったときから、独学で演奏していたら経験者ですと胸を張って言えたかもしれなかった。
でも、秋子おねえさんのオーボエをもらったときに一つだけ約束したことがあった。
練習は秋子おねえさんの指示に従うこと。
そのためにお母さんは私の練習動画を秋子おねえさんにSNSで送ってもらい、その指示を受けてできていないところは修正して、クリアできれば次のステップに進んだ。
お母さんもクラリネットは演奏できるけどオーボエは演奏できないので教えてはくれなくて、私も下手だったからほぼ一年もかけてこのくらいしかできなかった。
唯一の救いは、いつもロンが私の練習を飽きもせずに楽しそうに聴いてくれていたこと。
それがなかったら、もうとっくにオーボエの演奏はあきらめていたことだろう。
入部用紙を出した次の日、担当と楽器の割り当てがあった。
美緒はクラリネット。
伊藤くんはトランペット。
甲本くんはパーカッション。
パーカッションの甲本くん以外は、音楽室の奥にある倉庫に案内されて学校が持っている楽器が貸し出された。
新入生で、なぜか私だけポツンとひとりで楽器を手にして喜んでいるみんなの姿を見ているだけだった。
ひょっとして、私の入部は却下されたのだろうか?
不安な気持ちになっていたとき、顧問の持田先生に呼ばれた。
話の内容は、学校に私が希望するオーボエがないということだった。
先生は自己責任で個人持ちのものを持って来てもかまわないことにはなっているのだけれど、オーボエは高価な楽器だから持っているなら一度それを見せてほしいということだった。
家に帰ってお母さんに先生に言われたことを話して、次の日に学校にオーボエを持って行った。
朝練のときに持田先生に楽器をあずけて練習の見学をした。
リコーダーからクラリネットに持ち替えた、美緒はもう音を出すことに成功していたし、伊藤くんも甲本くんも小学校の鼓笛隊で鍛えた腕前を披露していた。
みんなが楽しそうに演奏している姿を見て、音楽という文字の素晴らしさを感じながら音を楽しんでいた。
見学をしているときに、私を見ている人に気がついた。
誰なのかと思って見ると、それは隣のクラスのあの男子だった。
目が合うと「フン!」とでも言うように、彼は顔を背けたので私も同じように顔を背けてやった。
感じの悪い子だと思った。
放課後に先生に呼ばれた。
私が職員室に行くと、先生はノートパソコンを持って放送室に連れて行った。
先生はノートパソコンを広げていたが、その画面は向かい合って座っている私には見えない。
きっと秋子おねえさんのオーボエを検索していたのに違いない。
でも私には自信があった。
なにしろ秋子おねえさんは有名な音楽大学を卒業して、今は海外の楽団に所属しているくらいだから。
人が見て怪しい楽器や、壊れている楽器を送り付けてくるはずなんてない。
これで私も演奏デビュー!
そう思ったけど、話しはそううまくいかなかった。
「鮎沢さん、この楽器はお父さんかお母さんのものですか?」
持田先生は、私にやさしく聞いた。




