~卒部会は山小屋で4~
里沙を追ってみんなのところに戻ると、持田先生の子供を前にして固まっているロンがいた。
名前は健吾くん。
年齢は六歳。
先生の子供は初めて見る犬に興味津々でロンの首に抱きついてみたと思えば、口を開けようとしたり、その口の中をのぞきこんでみたり耳を引っ張ったり尻尾をつかんだり。
普段撫でてもらったりキャーキャー騒がれたりするのと違って、あっちこっち触られたり、のぞかれたりして、ロンはどう対応していいか分からないで困っている。
私が来たことに気が付いても、ロンはきちんとお座りして固まったまま、大きな目だけを私に向けて助けを求めている。
ロンが話せたなら、屹度こう言うだろう。
「誰か、この子をどこかに連れて行ってくれ」と。
フフン。女の子にのぼせた罰よ!
とはいっても、やっぱりロンが困っているのは可哀想だから近寄って男の子の相手をする。
相手をしながらでも、健吾くんはやっぱりロンが気になるらしくすぐにロンのほうに行こうとする。
ロンはロンで、直ぐに逃げれば良いものを自分が急に動いたら男の子が何をするか分からないと思って警戒したまま固まっていて、まさに蛇に睨まれたカエル状態。
男の子は私が何を言っても聞こうともしてくれないので、いい加減私も困ってきたところに江角くんと里沙が助け船を出してくれた。
「おれが、曲を聞かせてあげよう」
「お姉ちゃんと、ボール遊びしようよ」
ぶっきらぼうな江角くんVS可愛い里沙。
勝負は直ぐに決まり、健吾くんは里沙と手をつないで広場の向こうに走って行く。
私はそれを見ながら先生には悪いけれど、男の子はこんなに小さい時から女の子に釣られるんだなと思ってしまった。
だって普通少しは考えるでしょ?!
そして、やっと男の子から解放されたロンが私に甘えに来た。
『あなたも一緒よ!』コツンと軽くロンの頭を叩いた。
叩かれたロンは不思議そうな顔をして私の顔を見上げていた。
夕食の準備までは、まだ間があったので各自でソロの練習をしたり、デュエットの練習をしたり、本を読んだりと思い思いに過ごした。
私は、里沙と茂山さんとでロンの散歩を楽しんだ。
茂山さんは熊が出たときの用心棒!
いくら熊でも、茂山さんみたいに大きい人がいて、しかもロンに吠えられたら驚いて逃げてしまうに違いない。
登山道のような道を五分くらい上って行くと急に前が開け小高い丘の頂上に出た。
風が涼しくて遠くの山並みが見えて、それになによりも空が360度開けて気持ちが良かった。
しばらく四人で草の上に寝っ転がって空を見て過ごした。
現実主義者のロンは空なんて見ようともしなかったけど、そのかわり仰向けに寝転んだ私の胸に頭を乗せて甘えていた。
『やっぱりロンは、かわいい』
空を見上げていて、星も綺麗なんだろうなと思った。
そして、おそらくそう見えるであろうこの満天の星空を皆にも見せたいと思った。
丘の上の散歩から戻ると私は真っ直ぐに江角くんたちのバンガローに行った。
急に私が来たので、江角くんはいつになく戸惑っている様子で、その様子に気が付いてしまった私は急に忘れていた江角くんとの微妙な関係を思い出して江角くんが見せた倍以上の戸惑いを表してしまう。
「今更おかしいぞ!何も考えないで勢いよく来たのなら、その勢いのまま用件を言え!」
江角くんから指摘され、我に返って用件を言う。
「今夜、イベントの最後に丘の上で、星空を見ませんか?」
江角くんは五、六回咳払いをして、急に手元にあったたくさんの楽譜を整理し始めながら「別に構わないけど……」と言った。
急に江角くんの妙にギクシャクした態度に気が付いて、私は勘違いされていると思って言い直そうとした瞬間、さっきの自分の口から出た“足りない言葉”が大胆すぎたと気が付いてしまって、顔が真っ赤になっていくのが分かった。
「えっ……あっ……あのっ……そ、そんなんじゃなくて、そ、その……み、みんなで山に登って満天の星空……」
そこまで言うのが精いっぱいだった。
そしたら江角くんが、兄のように冷静に言った。
「わかっているって。鮎沢がそんな大胆なこと言いに来たんじゃないことくらい」と。
「だっ大胆だなんて……」
江角くんは、取り出した譜面を私に見せてニッコリと自信満々の態度を見せて言った。
「満天の星空を見上げながらムーンライト・セレナーデの生演奏なんて、どう?」
「そっ!それ!」
「じゃあ、これ三年生からのサプライズってことでいい?他の三年生には俺から伝えておくから。あっそれからあとで追加の楽譜もあげるから“浮かれていないで”しっかり練習しておくように!」
「はい」
素直に返事をして退散したものの『浮かれていないで』っていったい何?
それに、どうして里沙も江角くんも、まだ喋ってもいないのに私の言いたいことや気持ちが分かるんだろう?
『ひょっとして顔に書いてあるとか……』
私は洗面所の前にある鏡を覗き込んでみたけど、答えなんて書かれていないいつもの私の顔がそこにあった。




