~涙の卒業式3~
最後のHRが終わる頃には里沙も私もテンション低めだけど、普段に近い状態まで戻った。
あとはクラスごとに運動場に待機している下級生たちに見送られて帰るだけ。
今は、その準備と順番を待っている。
卒業文集を眺めていた私の前に隣のクラスの伊藤くんが来た。
「鮎沢。ちょっといい?」
「ん?! 」
見上げたとき、もう伊藤くんは教室を出て行くところだったので慌てて追いかけた。
教室では何か勘違いしているクラスメートが「ヒューヒュー!」と茶化していた。
伊藤くんは後ろも振り返らずに、スタスタと音楽室のほうに歩いて行く。
『何か忘れ物なのかな?』
ようやく追いついた時、振り返った伊藤くんの顔がいつになく真剣そうに見えた。
「これ、もらってくれる?」
目の前で、制服の第二ボタンが千切られた。
「えっ?」
「いや、深く考えないで、もらってほしい」
そう。
制服の第二ボタンって言えば、卒業式に学生服の第二ボタンをもらったり、あげたりするというのは大切な人への思い出のため。
そんなものを私がもらってしまっていいのか戸惑ってしまった。
「江角の手前、言えなかったけど、好きだった」
「えっ!」
「まあ……その……好きっていうのは大胆かもしれないけれど、小学校のころから気になっていたわけが吹奏楽部で三年間いっしょにやっているうちに初めて気付いたってとこかな。正直気付くのが遅すぎて俺自身笑ってしまったけれど」
「……」
「ごめん。鮎沢が、こういうこと苦手なの知っているし、俺のキャラもこういうのじゃないってことくらい分かっている。だけど、けじめとして伝えておきたかった。俺の気持ちを」
なにか言わなくてはと思いながら、何も言葉が出てこなくて伊藤くんにばかり話させている。
こんなときなんて言えばいいのか分からない。
でも何か話さなきゃ伊藤くんに恥をかかせてしまう。
「だ・大丈夫よ……」
「えっ!? 」
「いや、大丈夫っていうか、大丈夫じゃない?っていうか……その」
「はあ……?」
「私は鈍いからごめんなさい……だけど、きっと伝わると思うよ『思い』」
ロンのことを思い出しながら言っていた。
好きならお互いの気持ちが通じ合うこと。
もちろんそれは私と伊藤くんではないかもしれないけれど、思いを伝えるという気持ちがある限り、いずれは誰かに伝わるはず。
伊藤くんに、それが分かるか分からないか分からなかったけどきっと伝わると信じて話した。
「うん」
「ありがとう。でも本当に私なんかでいいの?」
ボタンを受け取りながら言うと、伊藤くんはニッコリと微笑みながら
「鮎沢でいい。っつうか鮎沢にもらってほしかった。……変なこと言っちゃうけど、正直、鮎沢なら別に俺のこと好きじゃなくてもずっと持ってくれていそうだから。ほらおばあちゃんなんかがブリキのお菓子の箱にいろんなものしまって見せてくれるだろ!」
「え~。おばあちゃんかぁ~。それ分かるけど、私まだおばあちゃんじゃないよ!」
伊藤くんは本当に場を明るくするのが得意だ。
私は伊藤くんからもらった第二ボタンをしっかり握りしめ、いつか私が本当のおばあちゃんになったとき、きっと昔を懐かしんで見るのだろうと思った。
「あの!」
教室に戻ろうとする伊藤くんに声をかけた。
「ん?」
「あの曲……」
「ああ、風笛?」
「そう。もしかして……」
誰が、あそこで演奏しようと言い出したのか知りたかった。
「俺じゃないよ。それに……少なくとも三年生は誰も知らないと思うよ」
「?」
「だって知っていて黙っていたら、あとで江角に怒られるじゃん」
なんで江角くんが怒るのだろう?と、不思議に思った。
教室に戻ると、その江角くんと目が合った。
だけどすぐに江角くんは目を離し、ほかの友達と話しだしてそれっきり目を合わせることはなかった。
私たちのクラスが運動場に出る順番が来た。
下級生の拍手に迎えられ、きれいな花飾りをつけられたアーチをくぐって行く。
去年まで私たちがその係りをした。
はればれとした顔でアーチを通る先輩たちをうらやましく思い、あこがれ色のまなざしで見送っていた。
そして、今年はそのアーチを自分がくぐる。
式典で泣いていた卒業生たちが笑顔になるのが不思議だったけど、このアーチをくぐってその理由が分かる気がした。
アーチの出口で吹奏楽部の部員たちが待ってくれていた。
新しい部長の今川さんと、副部長の宮崎くんが私に花束を持ってきてくれた。
「千春先輩。ご卒業おめでとうございます」
「ありがとう」
今川さんから花束を受け取るといい香りがした。
「それからぁ……」
宮崎くんが言いにくそうに話し始めたと思えば、急に大声で謝られた。
「す、すみませんでした。あ、あの曲!」
『風笛だ……』
「吹奏楽部に入ったときに、先輩が入部した理由も含めてすごくいいなと思っていて、僕たちで千春先輩のときにぜひ演奏しようって決めたんですが、まさか……その……」
「いいの。ありがとう。すごく感動して、あんなになっちゃったけれどうれしかったわ」
かなり心配していたのだろう、かたくなっていた部員たちの顔がパァーっと明るくなった。
「感動屋から、大感動屋に進化したかしらね?!」
私の下手な冗談に、みんなが笑ってくれた。
私もあの曲の理由が分かってほっとした。
校門を出るときに、一度振り返って校舎を見た。
そこには入学式で見たときの校舎と全く同じ校舎があった。
でも、校舎の色は入学したときの色とは、すこしだけ違って見えた。
それは、私がぬりかさねてきた分、色が変わったのだと思った。




