第9話 私は、あなたの声の代わりではありません
組合の調査人が、私に向かって尋ねた。
「それで、公爵閣下は、再生を望んでおられるのですか」
公爵は隣に座っていた。
私は思わず彼を見た。
手帳には、もう質問への返事が書かれている。
けれど調査人の視線は、私の顔から動かなかった。
録音を調べた日から二日。
公爵が求めた調査の相談に、職人組合から担当者が来ていた。四十ほどの、丁寧な言葉を使う人だった。
公爵の席へ最初に礼をしてくれたし、悪意があるとは思わなかった。
だから、私も慌てて強い声を出さないようにした。
「ご本人に、お聞きいただけますか」
調査人は目を瞬いた。
「もちろんです。ただ、説明にお手間をかけると」
言葉の途中で、公爵が手帳を机の中央へ置いた。
『再生は希望しています。今日、お願いしたいのは当日の作業記録の確認です』
整った文字だった。
調査人はそれを読み、居住まいを正した。
「承知しました、閣下」
それだけで、空気が少し変わった。
私は喉の奥に力が入っていたことに気づく。
公爵は私を見ず、次の行を書き始めた。
書く場所がある人の横顔は、私が勝手に気遣っていた時より、ずっと落ち着いていた。
*
私は修理師として、円盤の状態を説明した。
傷の位置。再生できた範囲。三つの確認音を聞き取れなかったこと。
録音の欠損だけでは、試験を省いたと断定できないことも添える。
調査人は、その部分に線を引いた。
「当日の装置を作ったのは、ヴァルデ家の工房ですね」
「私が持っている資料には、そうあります」
「あなたは、以前あちらに」
「はい。婚約者として出入りし、修理の仕事をしていました。この装置を担当した覚えはありません」
私は自分の帳面を開いた。
公爵の事故があった頃の頁には、贈答用の音楽時計と、温室の開閉器が載っている。
会場の装置の製作記録ではない。
関わっていない仕事まで、詳しいふりをして証明することはできなかった。
調査人は工房へ記録の照会を出すと言った。
組合に預けられた納品の控えも確認するという。
私は円盤の扱いについて、公爵の意向を尋ねるよう視線を送った。
今度は、調査人が本人を見た。
「現物は、こちらで保管してもよろしいでしょうか」
公爵は手帳へ二行書いた。
『調査中はこの店で保管してください。持ち出す時は、先に私へ知らせてください』
私は依頼帳にその条件を追記する。
公爵は調査を望んでいる。
だからといって、大切な物を、どこへでも持っていってよいわけではない。
やがて調査人が、今日の聞き取りを読み上げた。
公爵の言葉として、私が説明した円盤の所見まで入っていた。
私は鉛筆を止める。
「その部分は私の見立てです。公爵様のお話とは、分けていただけますか」
調査人は紙を見直し、書き直した。
公爵は手帳から該当の頁を丁寧に外した。自分の意思を示した原文として添えてほしい、と新しい頁へ書く。
紙が重ねられた時、彼は自分で署名した。
見送るところまで、ノエルさんは一言も代わりに答えなかった。
調査人が去ってから、ようやく息を吐く。
「私にも、同じことをしていただけますか」
公爵は少し目を丸くした。
「先に答えそうになった時です。あちらでお話が早く済むと、つい」
家令の声が小さくなる。
公爵は首を横に振り、何かを書いた。
『私も、急いでいる日に頼むことがあります。その時は、頼みます』
ノエルさんは、はい、とだけ言った。
待つことも、任せることも、そのつど決められる。
私は二人の間へ勝手に規則を置きかけていた自分に気づき、依頼帳を閉じた。
*
公爵が帰る支度をしながら、私へ手帳を向けた。
『今日は、ありがとう』
「お礼を言われるほどのことは」
言いかけて、やめた。
彼がそう思ってくれたのなら、受け取ってもいい。
「どういたしまして」
答えると、彼が少し笑った。
その顔を見た途端、工房の狭い椅子も、窓の埃も、妙に近く感じた。
私はこの人が笑うのを、待っている。
修理が終わった時だけではない。
今も、次にどんな文字を書くか、見たいと思っている。
「あの、お散歩のお返事です」
公爵の手が止まった。
「次の休みの日なら、店を気にせず歩けます。仕入れついでではなく」
最後の言葉は、言う必要がなかったかもしれない。
でも、ちゃんと区別したかった。
仕事の続きをするために、外へ出るのではないと。
公爵が頁を一枚めくった。
『私も、そうしたいです』
「では、お昼の鐘の少し前に」
約束を依頼帳へ書きかけ、私は手を止めた。代わりに引き出しから自分の小さな予定帳を出す。誰に見せるわけでもないのに、その頁を開くのは少し恥ずかしかった。
彼はうなずき、それからノエルさんを見た。
家令は手帳を読んでいないのに、何か察したらしかった。
「馬車は、通りの入口へ」
公爵が首を振る。
ノエルさんが黙る。
彼は私にだけ、次の文字を示した。
『迎えに来てもよいですか』
私は、はい、と答えた。
声が少し高くなった。
公爵には聞こえただろうけれど、気づかなかったふりをしてくれた。




